第10話 進む準備
「では皆さん、僕と同じ動きを真似てください。あ、僕とは鏡にならないようにですよ!!まずは”1”の手旗から!!」
俺は今、クレイグに集めて貰った我が事業の従業員達に手旗を教えている。クレイグもなかなか気が利くようで、俺が指定した手先が器用な目の良い人、ただそれだけでは無くこちらを子供と見て侮ったりしないような者たちを連れて来たのは有難いことだ。侮るようであれば知恵比べでもやって力の差を見せつけて従わせるプランも考えていたがその必要は無いようだ。
但し、15人は流石に集められなかったようで12人のみであった。最も、足りなくなるのがイヤだったから多めに手配をしていただけで事業には多分支障は出ないだろうが。あぶれたりしたらこの事業のサポート役として事務仕事を俺たちの下でやってもらうつもりではあったし。
現状、取引先を獲得できたとは言ってもそれは事業開始したらという条件の下でだ。となると当然ながらお金はまだ入ってこない。早急に通信員の育成を終わらせて事業を開始できなければ資金ショートで即アウトだ。貴族の子弟である俺であれば出資金の金貨合計610枚はなんとか返せない金額でもないだろうが、それでも借金を返すために一生働かなければならない可能性だってある。そうならないためにもさっさとこのあたり、解決せねば。
一つ、また一つと手旗を教えていく。全員飲み込みが早く、2時間強も見せて、それを真似させるという事を繰り返しているとぎこちないながらも手旗が出来るようになっていた。読み取りも送信もまだまだだが中継所の竣工までには仕上がりそうだ。
「さて、そろそろ休憩にします。皆さんお疲れ様でした!!1時間の休憩の後、訓練を再開しますのでこの中庭に時間までに集合してください!!」
全体に声を掛けて俺の方は屋敷へと戻る。俺も一息つきたいがそうも言ってられない。自室に入るとクレイグが待っていた。俺が話したいことがあって呼び出していたのだ。
「坊ちゃん、指導お疲れ様でした。では早速始めましょうか。」
「うん。よろしく。」
俺はクレイグが持ってきてくれた資料に目を通す。中継所の整備に関してどこまで進んでいるかの報告だ。フェンの街での交渉以来、そこからはなんとか他の街や村での交渉もうまくいって計10か所に及ぶ中継所の整備については目途が立ち、現在は改築、新築の進捗についての把握をしている。
「とりあえず、この分だと問題なく進みそうだね。丁度通信員たちの手旗の習得が終わるころかな?」
「左様ですか。それは何よりです。」
何かしらの事情で後れを出してしまったら、後々まで響く。最終的には事業が総崩れにだってなりうる。それが無いのであれば何とかなりそうだ。
「ところで、マリー様よりお伺いしましたが、冒険者になられたそうですね?」
「まぁね。そのことだけど、父上には秘密にしておいてくれるかな?心配かけさせたくないからさ。」
「ええ。そうしましよう。坊っちゃんは危ない事をする方でもありませんし。それなのにわざわざ知らせるほどでもないでしょう。」
信頼をしてくれているのは有難い。本当のところ、クレイグの立場で言えばユリウスに報告しなければならないのだろうが。まぁ、無謀にも討伐とかは今のところ受けなければ良いだけだ。最も、俺が依頼を受領しようとすれば係員は止めるだろうが。
「懐かしいですね。私もかつては冒険者をしておりましたから。」
「そういえば、前に言っていたね。」
そうだ。かつてのクレイグのような苦しい思いをしなくていい様に、それが俺が天才児のフリまでしてこの世界で現代知識チートをやっている理由だ。最終的な俺の思い描いている理想にたどり着くまでどれほどかかるかは分からんが……。
「ええ。冒険者時代は無鉄砲で、顧みずで、あの頃の私は若かったです。それが仲間を失う原因にもなりましたし、自分も何度も死にかけました。無謀と勇気は違う。思い知らされましたよ。」
「そんな経験を……大変だったね。」
「ですが……あのころの経験というものは私の財産となっている。そう信じています。」
「財産、かぁ。……今度で良いからさ、冒険者をしていた頃の話、聞かせてよ。」
「お安い御用です。私でよければ。」
クレイグがどんな経験をしてきたのか、どんな思いでいたのか、気になるとこではある。今は仕事中だから暇なときにでも改めて聞くことにするが。
「さて、話を戻させて頂きますが、こちらの確認もお願いします。」
クレイグはいくつかの封筒を差し出して来た。想定には無かったな……。中継所の進捗確認で終わりかと思っていたが。
「これは……?」
「僭越ながら……通信員になってくれる方を探していた折、他の貴族様に坊ちゃんの事業についてご説明する機会がございまして、坊ちゃんから事業について説明して欲しいことがあるとのことです。差し出がましいことをして申し訳ありません。」
「いや、ありがたいよ。僕の事業を利用するなり、協力するなりしてくれる人は居ればいるだけいいもの。どうもありがとう。クレイグ。」
「恐縮でございます。」
早速、ロウで封がなされた封筒を開いて中の手紙を確認していく。4枚便せんがあったが、その内容についてはいずれも事業の展望と自分の領地、あるいは居住地に通信ラインを引けないか、という問い合わせだった。内容についてはクレイグとも共有した。隠す事でもない。
「して、いかがいたしましょうか?」
「とりあえず、色よい返事はしたいね。ただ、まだ事業開始に向けて大きく動いている最中でまだ始まっても居ない事なので正式は約束はしないけどね。早速返事を書くから、それぞれの先方に届ける手配をお願い。」
「承知いたしました。ご用意いたします。」
「うん。それにしても……こういうのこそ僕らの事業で伝えられたらいいのに。ままならないね。」
「ふふっ、全くですね。私もここから手旗を振るうだけなら楽だったのですが。」
俺とクレイグで冗談を交わす。こういう冗談が言える関係というのはやっぱりスタートアップとか、そういう物に限らず何かに向けて取り組むときには重要だ。俺はそう思っている。
早速4通内容にしっかりと気を配りながら自分の手で書き上げる。クレイグは自分が代筆しようかと尋ねて来たが、こういうのは自分で書く方が良いような気がして断った。一応この世界の文字は読み書きは出来るから問題ない。クレイグにも確認して貰っているから読めないという事はないはずだ。
クレイグに便せんを手渡し、封筒に入れて封をしてからそれぞれの宛先に届けて貰うことにした。手紙を受け取ったクレイグは俺の部屋を後にしていった。この国にはまだ全国共通の郵便制度はまだない。届くのはまだ先になるだろう。不便だがこれが本来普通なのだ。その解決に俺たちは挑んでいるわけだが。
さて、そろそろいい塩梅か。休憩から通信員も戻ってくるころだ。俺も戻って手旗指導の続きだ。まだまだバリバリやるぞ。
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