第4話 旅は道連れ世は情け
リュシオール伯爵家当主、ユリウスとの約束を受け、早速実地での調査と研究に乗り出した俺とクレイグであったが……。
「流石に屋敷の中庭で練習していたようには行かないですね、坊っちゃん。」
「うん。まったくだね。本格的に始める前で良かった。問題が洗い出されないまま資金を浪費して失敗に終わるなんてことになったら、最悪だったからね。」
まずは手旗信号の通信ラインの構築のために領内を回ってみて、中継所を置けそうな箇所に仮設の櫓を組んでみて手旗信号を望遠鏡を覗きながらやりとりをする実験に俺たちは取り組んでいた。
リュシオール伯爵領は案外広い。伯爵家と聞いて爵位のヒエラルキー的にも上から3番目だからそうでもないと思っていたがどうやらユリウスはリュシオール伯爵領の存在するわが2カ国めの祖国、グランデール王国の国王陛下の覚えが良くこの国でもなかなかの立場を取っているそうだ。そのためか伯爵家ではあるが相当に広く豊かな領地を持っている、ということだ。
中堅貴族とばかり思っていたがそうでもなかったようだ。ユリウスに関しては接していた時から只者ではないと感じていたがこれほどとは。
「ところで、ここはリュシオール伯爵領の境界線近くの街ですが……中継所の終点はここに置かれるのですかな?」
「そうだね。ゆくゆくはここから街道の伸びた先にある王都まで中継所を置きたいけど国王陛下のご意向とかも関わってくるからね。とりあえずはここが終点だね。」
最初はあまり欲張らず小さくスタートする。俺としてはそっちの方が上手くいく気がしている。それにリュシオール領内であればやらなきゃいけない折衝も減らせる。
「ここまで来るのにあちこちで検証をしつつとは言え七日ですか。旦那様の領地は広いのですが、実際こうして歩いてみると実感します。」
「その距離を早ければ事業が完成すれば大体1時間もかからず伝達ができるはずだよ。それだけ情報が伝わるのが早ければ色んな人の助けになる。僕はそう思うんだ。」
そう、情報の伝達、コミュニケーションだ。それが円滑にできれば社会も大きく発展する。知見を共有し、情報を交換し、それぞれの問題を解決する一助となる。そのはずである。
かつてのクレイグの仲間も情報伝達能力の乏しさで助けを得られなかった。この方式ではまだまだそういった悲劇は防ぐのは難しかろうが、それでも俺ができる限り発展改良をさせていこう。
「そろそろ実地調査を終えて帰ることにしようか?クレイグ。これ以上家を空けると父上も母上も心配するだろうからさ。もう調べたいことはあらかた終わったからあとは屋敷で調べたことをまとめるだけだし。」
「そうですね。私もあまり坊ちゃんを連れまわしていると旦那様に怒られてしまいますから。」
はははと笑いながら軽快に冗談をクレイグは言う。ここ数日一緒に過ごしてみて分かったがクレイグはただ真面目なだけではなく、ユーモアのある人物のようだ。また様々な経験をして来て執事に落ち着いているせいか色んなことに造詣が深く優秀な人物だ。完全に初見のはずの手旗を短期間でほぼ完ぺきに習得できたのもやはり本人の能力の高さからくるものだのだろう。
と、なると戦闘に関してもやはり能力が高いということか?この道中、盗賊にも魔物にも遭遇しなかった。そのためクレイグは今、妙に良さげな手入れの行き届いている剣を腰に吊っているがそれを使っている所はまだ見ていない。ちょっとクレイグが戦っている所を見てみたい気もするがさすがに危ない目に遭うのは御免だ。
そんな事を考えていると、フラグなのか何なのか、自分たちに直接では無いとは言え危機を引き寄せてしまった。
「誰か!」
何者かの悲痛な叫び声、すぐ近く!
「クレイグ!」
「ええ!坊ちゃん!」
何も言わずとも俺たちがどうすべきか、そんなものは解る。
俺は素早くクレイグの背中に飛び乗って、それを確認したクレイグは俺を背負って駆け出す。すべての景色が後ろに流れていくようだった。普通の人間の速さなんか比べ物にならないほどの速さなのだろう。
クレイグの背中から俺も辺りを警戒する。声の大きさからしてそう遠くは無いはず。
視線を張り巡らせていると、視界に何者かが狼型の魔物に追い詰められている様が目に入った。
「左に真っ直ぐの方向!!」
「了解!坊っちゃん!!」
素早く方向を転換し、魔物のもとへ一直線に駆ける。
「坊っちゃん!!一旦手を離します!!しっかり掴まっていてください!!」
「わかった!!」
クレイグはそのまま腰の剣を抜き、そして目にも留まらぬ疾さで狼と何者かの間を駆け抜けつつ剣を振るった。すると、狼は自らが絶命したということを気が付かなかったのか、一刀両断されたまま歩み、そのまま崩れ落ちてただの肉片へと成り果てた。
……なんという強さであろうか。過去に冒険者をやっていたと言うのは既に聞いていたがこれ程までとは。最早ヘルクレスもかくや、だ。
「すごいね、クレイグ……。」
「お褒めに預かり光栄です。」
俺を背負ったままクレイグは返す。息切れ一つせず剣を一振りして血を払って納刀をする。その所作には気品すら感じる。
「あの……危ない所を助けて頂きありがとうございます。あなたたちは……?」
マントを羽織り、腰には剣を携えた冒険者風の恰好をした女性が俺たちに声を掛ける。
「僕はリュシオール伯爵家当主、ユリウス・ド・カーディナル=リュシオールが三男、アルフォンス・リュシオール。よろしくお願いします。」
「私はそのリュシオール伯爵家に仕えておりますクレイグと申します。どうぞお見知りおきを。」
俺たちはご挨拶をする。それをみた女性はわたわたと挨拶を返して来た。
「えっと……私は、マリー・サイサリス。冒険者をしています。危ない所をありがとうございました。」
「礼など必要ございません。当然の事をしたまでです。」
ひとつ、お辞儀をクレイグはしてみせる。
「しかし……。私としてはお二方に何かして差し上げたいと。恩を受けたまでは居られませんから……。」
「左様でございますか。では坊っちゃん、如何致しましょうか?この方をお助けできたのは坊っちゃんが居てこそですから。坊っちゃんにもどうするか決める権利があるかと。」
唐突にどうすればよいか振られる。どうしたものだろうか?
「僕が助けたわけじゃないからどうこうしろとかは言えないけれど……。そうだね、マリーさんが良ければだけど僕の野望に付き合ってくれるならついて来て欲しいかな。それがクレイグへの恩返しになるならだけど。」
「……ええ。そうさせて頂きます。何とぞよろしくお願いします。」
俺たちが貴族であると観て相応の礼儀作法で相対すべきと思ったのか、マリーはマントの裾をつまんでカーテシーのようなお辞儀をして見せた。
それにしても、こんな所で新たに仲間ができるとは思わなかった。しかし、俺のやろうとしている事は幾らでも信頼できる仲間というのは必要だ。ここで得られたのは僥倖と言えよう。
何がともあれ、おかげで俺の野望は少しとはいえ前進させられた。後は一度帰途について事業計画のまとめだ。気合を入れていこう。
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