第3話 発足、2人だけのスタートアップ

 見た目は子供、頭脳は大人。日本一有名な名探偵がそうであったように子供の見た目と言うのは得することもあるが中身が大人の場合、苦労することの方が多かろう。特に他人の信頼を勝ち取ろうなんて時には。


「坊ちゃん、本当にこれでよろしいのでしょうか?」


 俺の隣のクレイグが問う。


「うん。これが今の僕たちにできる最善手だ。」


 それでも、俺は俺のやれることをやるだけだ。準備はした。……さあ、この世界での頭脳戦初陣と行こうじゃないか!


 普段、領地運営の会議なんかで使われる屋敷の一部屋で、俺の現在の父親であるリュシオール伯爵家の当主ユリウス・ド・カーディナル=リュシオールを待つ。ユリウスは堅物とまではいかないがそう簡単に交渉が成立するような相手でもない。もとより説得力と言う面に関して劣る子供の姿かたちをしているのだからそれを上回るようなプレゼンという物をしなければならない。


 ガチャリと音を立てて扉が開く。そこにはユリウスが居た。長身で壮年ながら引き締まった肉体を持った威厳のある姿でそこに立っていた。


「待たせたな。アルフォンス。話とは何だ?」


 長テーブルの前に置かれていた椅子に腰かけてユリウスは言う。


「はい。お父様。僕が考えた新事業についてお父様の評価を頂きたく時間を作っていただきました。」

「ほう。考えたのはお前ひとりか?」

「いえ、多くはそこのクレイグにも手伝って貰っています。」


 俺はクレイグに目配せをする。それにクレイグはただ一つ頷いて答えた。


「ふむ。どうやらママゴトという訳でも無さそうだな。よし、説明してみろ。」


 よし来た。早速今までの準備の成果を見せる時だ。


「それでは、諸々の説明は後でするとして、先ずは何をするのかを今からお見せします。クレイグ!」

「ええ。坊ちゃん。」


 俺たちは向き合って手旗を両手に持ち、少し離れて向き合った。


「お父様、クレイグに耳打ちで何か簡単な文章を。その通りにクレイグが両手に持った手旗の動きで僕に声を使わずそのまま伝えます。」

「ああ。わかった。」


 ユリウスが立ち上がり、クレイグに歩み寄って耳打ちをする。聞き終わったクレイグは今まで練習したとおりに手旗で送信を始めた。それを俺は注意深く読み取る。


「えっと……”何よりも鋭い剣は鍛え上げられた肉体である”ですか?」


 俺がクレイグの送ってきた文章を読み上げると、少し驚いたような表情を見せてユリウスは口を開いた。


「すごいな。一切声は聞こえてなかったはずだろう?それを手旗の位置と動きで表現したわけか。」


 感心したようにユリウスは言う。


「ええ。これで声が届かないような遠くであっても声、つまりは情報の伝達ができる。そういう手法を考えたという訳です。」

「なるほど。しかし、だ。お前とクレイグの二人だけではどうにもなるまい。そこはどうするつもりだ?」

「はい。僕とクレイグの他にこの技術を使える人間を増やし、望遠鏡を備えた中継所を置くなりして長距離をつなごうと思います。僕の計算では素早くやれば早馬に文書を乗せるよりも早いスピードで情報を伝えられるはずです。」

「しかし、だ。それでは確かに速さは稼げそうだ。中継所の距離次第ではな。だが通信の中身は傍で見ていたらバレてしまうのではないか?すぐには読まれないかもしれないがずっと観察されると解読される危険もはらんでいると思うが。」

「ええ。そこも対策は考えています。まだもう少し考えなければいけないとは思いますが少なくとも事業発足までには準備は整うかと。」

「そうか。そう言うなら信じてみよう。それで、だ。新事業の話と言いわざわざ私を呼び出しこんな話をするということは……出資を望むのだな?」


 よしきた。こっちから出資の話を持ち掛ける気でいたが、これなら願ったり叶ったりだ。


「その通りのございます、お父様。」

「して、いくら必要だ?」

「ざっと……初期投資で金貨が200枚でなんとかなると。」


 金貨一枚はおおむね、前世の新人サラリーマン半月弱分の給料位だ。このくらいの金銭であればユリウスの財布からでもすぐに動かせるはずだ。この面に関しては貴族に転生して良かった。そうでなければこのアテすら見つからなかったはずだから。


「なるほど。そのくらいの金額か。私なら出せない事も無い金額だ。しかし、お前のような子供には到底預けられる金額ではない。お前にいつも与えている小遣いとはわけが違うのだぞ?」


 予想通りと言うべきか、やはりこうなるか。……よし、ならばあらかじめ想定していたとおりの返しをするっきゃないか。


「そこは勿論存じております。ですのでお金の管理や事業の本格的な交渉事はクレイグに担ってもらおうかと考えております。また、出資した父に権益なども預け僕は内部で運営と開発だけをやろうかなと思っています。僕は今のところは子供ですし。」


 実際中身はそうでなくとも見た目と社会的立場が子供である以上こうするほかあるまい。クレイグともあらかじめ決めていたことだ。


「ほう……。アルフォンスの言っていることは本当なのか?クレイグ?」

「ええ。間違いありません。旦那様。」


 打ち合わせ通りにクレイグは答える。これで良い。別に俺は金儲けの為にこの事業を始めたいわけでは無い。無論金儲けができればそれはそれでいいがそれ以上に俺の目的がクレイグの過去のようなことを起こらなくしたいというだけの事だから。


「よし。わかった。やってみろアルフォンス。ただし、すぐには出資できない。もっと具体的な事業計画をまとめて私のところに持ってきなさい。できると判断した時にお前の言う通りの金額を出資しよう。まとめるのに必要な金銭であればいくらか融通する。クレイグづてにでも私に伝えなさい。」


 そう、うまくはいかないか。しかし、言質は取れた。大収穫ってところだ。


「はい。有難うございます。お父様。早速取り掛かります。」

「ああ。楽しみにしているぞ。」


 ユリウスの硬い表情が少し和らぎ、笑みを見せた。


「では、この辺りで失礼する。アルフォンス、クレイグ。よろしく頼むぞ。」


 そう言ってユリウスは颯爽と部屋を後にしていった。それを見た俺は崩れるように椅子に座り込んだ。


「ふぅ……。やっぱり疲れるね。こういうのは。これ、やったんだよねクレイグ?」

「ええ。坊ちゃん。旦那様に仕えて私は長いのですが、旦那様がああ言う時は本当にやる気がある時だけですから。少なくとも子供に合わせて冗談とか嘘を言うような方ではありませんし。」

「それは良かった。これで僕に合わせて付き合っていただけでしたとかだったらどうしようかと。」


 それも懸念の一つではあったのだ。後からそのつもりは無かったの一言で全てが瓦解してしまうし。


「さて、まだまだやる事はあろうと思いますが次は何をされますかな?」

「そうだね。事業開始に向けて一歩前進したのを記念して、そうだね……事業を執り行う僕たちの商会の名前でも決めたいね。」

「ええ。では僭越ながら私も色々アイデアをお出ししましょう。」

「お願いね。じゃあ、僕からは……。」


 クレイグと俺で色々と意見を出し合う。事業の内容がすぐに伝わり、覚えやすく、それでいて様になるような。そんな無理があるようなものをなんとかかんとか通そうとし、一つのアイデアが浮かび上がった。


「A&C遠隔郵便商会……こんなところ、かな。」

「ええ。坊っちゃん。私も良いと思います。しかし、宜しいので?私の名前のイニシャルを入れるなんて。」

「もちろん。クレイグには色々と手伝って貰ったし、何よりこれからこの事業の中核になってもらうもの。名前を入れない方がおかしな話だよ。」

「そうですか。では私もその恩に応え、全力を成さねばなりませんな。」

「うん。よろしく。クレイグ。僕もクレイグに負けないぐらい全力を出すよ。」


 俺とクレイグ。両者の手が互いに何を言うでもなく差し出されあい、そしてそのままがっちりと組まれ握手と相成った。この世界でたった2人だけで始まる、スタートアップの発足の瞬間だ。


 俺がもたらす現代地球の知識、それはこの世界の人間にとってどう思われるのか。神の福音か悪魔の囁きか。それは俺にはわからないことだ。


 だが、俺はこの世界を豊かにする一助を成すため力を尽くしたい。ただ、自分を信じて進む。ただそれだけだ。

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