第2話 声なき会話、手旗。

”もし私が何が欲しいと問うたならば、人々はもっと早い馬が欲しいと言っただろう。”確か、ヘンリー・フォードの言葉だったか。


 クレイグの話を聞いているとそんな言葉を思い出す。


 なんでも昔、クレイグは冒険者だったとのことだ。それで、ある時ダンジョンを探索中仲間の一人が深手を負ってしまった。しかし、仲間の魔術師は応急処置しかできず、傷を治してやれなかったそうだ。急いでダンジョンから出て街に戻るも高度の治癒魔術を使用できる医師は往診で出払っており、何とか帰ってきたところを急いで仲間の元に連れて来た時にはもうこと切れていた。そういう顛末だったそうだ。それから、もっと自分が早く連れ帰ることが出来れば、と悔いていたそうだ。


 自分にあるアルフォンス・リュシオールとしての記憶の中には魔法であるとか、そういったモノがあったがクレイグの口ぶりからするとおとぎ話とかでは無くしっかりと現実に存在するモノのようだ。と、そんなことは今はどうでも良いことだ。


 クレイグの仲間は医者が居なかったことで落命をしてしまった。これは間違いない。無理があるが医者が冒険に同行していれば間違いなく助かってはいる。あるいは街に医者が居ればおそらくは間に合って一命をとりとめる事だってできたはず。


 しかし、同行していなかったという事については兎も角、言ってしまえばことによりなされなかったことではないか?……もしも、なんでもいい。出先の医者にあらかじめ戻っておいてくれるように連絡する術があれば街にたどり着いた時にはスタンバイ状態で待機していてくれたはず。それこそ前世の世界のように電話……それも携帯電話さえあれば。


 これはもう、ピンハネがどうとかカンニングがどうとかそういう問題じゃあ無い。俺が持てる物を出さなきゃならないのではないか?


 ……やるしかない、か。こうやって前世の知識を取り戻して、その知識を活用する機会がある。もしも、これがこの世界で名誉に与るはずだった誰かの手柄を褫奪するものだったならば……その十字架は一生背負っていこう。それが俺に課せられた義務なのだろう。おそらくは。


「……ねえ、クレイグ。もしも、もしも僕が昔のクレイグみたいな思いをしなくてもいいような方法を思いつている、と言ったら信じる?」

「坊ちゃんが、ですか?そうですね。私はこの家に使える執事ですから。信じるのが筋、でしょう。」

「貴族の三男坊とか、執事とか、そういうのを抜きにして、さ。」


 俺はあくまで真剣にクレイグの両眼を見つめて言う。こんなことを言い出す子供の事なんてふつうは信じない。けど、信じて貰えるよう想いを乗せながら。


 しばしの沈黙の後、クレイグは口を開いた。


「信じてみましょう。……何というか、坊ちゃんからは何かを感じましたから。」

「ありがとう。クレイグ。」


 ひとまずは信じて貰えた。けど、これから俺が言う事次第でそれはどうにでもひっくり返ってしまう。信じて貰えていることにあぐらをかかずに説得力のあるプランを示さねば。


「して、その方法とは何でしょう?」

「うん。口で説明すると長くなるんだけどね……。」


 俺はひとまず、この世界の技術水準でも可能な所、という事で手旗通信を基にした通信ネットワークについて説明した。両手に2本の手旗を持ってその指し示す方向と動きの組み合わせで文字を表し通信内容を送信する方式だ。遠距離の場合は中継所を置いて伝言をつなぐ形でやる。かつての日本を始めこの方式は前世の世界でも実際に運用されていた方式だ。技術革新ですたれた方式ではあるが、この世界でもうまく最適化すれば充分運用できるだろう。


「なるほど。確かにそれなら人間が手で手紙を運ぶなどするより早く内容伝達が出来そうですね。しかし、そんなこと可能なのでしょうか?」

「とりあえず文字の対応表を作って送受信実験を繰り返していくしか無いとは思うけどね。クレイグ、手伝ってくれる?」

「勿論でございます。」


 よし。クレイグが協力してくれるというなら実際の運用に向けてやっていけそうだ。いくら現代知識チートとは言っても協力してくれる人が居なければどうやったって実現しない。言ってしまえばどんな知識よりも、どんな能力よりも、人と人のつながりを上回る力などあろうはずも無いのだから。


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 諸々の準備に数日ばかりかけて、今日は実験の一回目だ。ちなみにあの後しばらくして医者が来て見て貰ったが何ともないというお墨付きを頂いた。まったくもって良かった。記憶を取り戻して早速死んでしまうなんて事態になったら死んでも死にきれない。最もこうやって転生した以上既に俺は一回死んでいる訳だが。


「じゃあ行くよ?クレイグ!」

「こちらは準備万端です!いつでもどうぞ!」


 屋敷の中庭でお互いに距離を取って向かい合う。そして俺はあらかじめ作っておいた対応表を基に文章を送信する。前世ではボーイスカウトをやっていて、その中で手旗の練習もしていたこともあったが、それがこんなところで活きて来るとは思わなかった。


「読み上げます!コ・サ・ニ・ム・ワ・ク・レ・イ・グ……合ってますか!?」

「いや、今送ったのは”コンニチワクレイグ”だから間違い!」

「申し訳ありません!」

「気にしないで!練習していこ!」


 始めたばかりだからか失敗か。まあこの分なら練習次第で何とかなりそうだ。


 しばらく練習を続けて簡単な文章なら送受信ができるようになった。


「これで先ずは第1段階クリアって感じかな。」

「左様ですか。して、次はどのような手を打たれますか?」

「そうだね……。これからやることはお金と人手が必要だから……その両方の工面をしないとだね。僕が自由にできるお金なんてお小遣い位だからそれで何とかなるわけもないしね。」

「となると……出資を募る、ということですか?」

「そのとおり。と、言ってもいきなり知らない人から資金をどうにかするわけじゃないよ。僕の父上に事業プランを説明して出資を引き出す。そのためにも空想なんかじゃない事を示すためにもクレイグに協力して貰った、というわけさ。……どこまで僕のお話を聞いてくれるか未知数だけどね。」


 そうだ。ここが俺のプランのネックだ。俺がこんな話を聞いても子供の話と思ってまともには取り合わないだろう。まともな大人ならそういう反応をする。間違いない。さて、どうした物か。

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