異世界通信事業者~転生者、スタートアップを立ち上げ情報通信革命を起こさんとす。~

緑川 湖

第1章 胎動編

第1話 ハローアナザーワールド

 俺は思い出した。かつての自分の名前、職業、母校その他もろもろ。そして気が付いた。


「……異世界転生してるじゃん、俺。今どきベタというかなんというか……。」


 そう。今、俺が生きているこの世界は前世で暮らしていた日本、それどころか惑星、何だったら宇宙、ユニバースとでも言ったか。それとは違う世界なのだ。


「しっかし頭がまだズキズキするなあ。脳出血とか起こしてなけりゃいいんだけど。」


 記憶を取り戻したきっかけと言えば階段でふざけて遊んでいたら案の定転げ落ちてしまった、と言うところだ。死ななかったのは幸運だった。幼子は目を離せばすぐに死んでしまう物だから。


 ここで俺の現状のステータスを確認してみよう。……といって『ステータス・オープン』と唱えた所でウインドウが出て来るなんて言う便利な魔法は存在しない。最も魔法に類するモノは記憶を探ってみると存在するようだが。


 整理するとこんな所だろうか


氏名:アルフォンス・リュシオール

年齢:6

職業:中堅貴族の三男坊

スキル:なし


 ステータスオープンがあればこんな感じの表示にはなるといったところか。ガチャで言えば少なくともSSRと言っても差し支えないステータスってところだ。この世界のこの国は政情も安定していて戦争は遠く経済の水準もそこそこと言ったところ。その中で貴族なのだから申し分などあろうはずがない。数が少なく、またそれなりに公助もあるとはいえ貧民窟みたいなモノもあるこの国であるし、残念なことに政情不安定な国や戦争中の国もあるのだから。


「アルフォンス坊ちゃん!ご無事ですか!」


 この屋敷に勤めている執事、記憶を取り戻す前の俺はじいやと呼んでいた、クレイグだ。


「大丈夫。心配してくれてありがとう。クレイグ。」

「そ、そうですか……ですが念のため医者を呼んでまいります。坊ちゃんはお部屋で安静に。」


 そう言ってクレイグは駆け足で去っていった。


 俺も一応自分の部屋に戻り、ベッドにばさりと倒れ込んでみる。一応自分の主観としては何ともない。まあ、念のため動き回ったりとかは今はしないでおこう。


 そして横になりながら色々と思いを巡らせる。何故か、恐らくは理由など無いのだろうが俺はこの世界で日本人としての記憶を取り戻し、保有している。その中にはこの世界にとっては非常に先進的で画期的な発明だって自分の物として発表してしまえる状況にある。無論、俺は天才エンジニアでもなければ熟練の職人などでは無いからそう簡単にはいかないだろうが。それでも”アイデア”だけでも発表するだけで歴史に名だって残せるようなものだってあるだろう。……それらはどうするべきなのだろうか。死ぬまで内に秘めたままにしておくか、それとも。


「坊ちゃん、失礼します。」


 クレイグが扉を開け、俺に一礼する。


「今、部下の使用人に医者を呼びに走らせました。今しばらくお待ちください。」

「どうもありがとう。……お医者様が来るまでどれくらいかかるかな?」

「そうですね……。いつもですと1時間ほどかと。」

「随分時間がかかるみたいだね。」

「ええ。直接呼びに行くしかないですから。今しばらく辛抱を。」


 そうか。前世の日本なら電話なりで呼べるから片道分の時間はかからないけれど、そういったものが無いこの世界はそうもいかないから時間は往復分かかってしまう訳か。


 ……もしかして、これは俺の持つ現代知識を利用できる余地があるのではないか?通信、情報のやり取りを高速で行えるようになれば社会は発展するのではないか。なにより……ここに一儲けのタネがありそうな気がする。


 しかし、そんなことに前世の知識を使っていいのか?という思いもある。言ってしまえばこれはカンニングみたいなズルだ。この世界でだれにも頼らず情報通信のイノベーションを起こすはずだった誰かの名誉と上前を撥ねてるも同然の行いだ。


「坊ちゃん、どうかしました?」

「いや、なんでも。ちょっと考え事してただけ。」

「左様ですか。しかし、私が見た所大丈夫そうですね。」

「まあね。正直お医者様に診て貰う必要は無い気もするよ。」

「いえ、そういう訳にはまいりません念のため診てもらわなければ。」

「それもそうだね。」


 この文明レベルではどこまでの診察や治療をしてもらえるかは分からないが確かに診て貰うというのは大事な事ではある。


「でも……。いちいち来てもらわなければならないのは面倒と言えば面倒だよね。なんというか、遠くに居ながらでも診て貰える、それこそ魔法でもあればいいのにね。」

「……全くです。もし、そういう物があればどれ程助けになることでしょう。それさえあれば。」


 どことなく、言葉と表情に憂いを感じる。……過去に何かあったのだろうか?


「……もしかして、昔何かあったの?」


 問われたクレイグは少し驚いた表情をした後、しばしの間をおいて語りだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る