第29話 幼馴染み

「むぅ。マティアスとそんなことが……。」


 あれから、夕食を終えた後。俺はジャンヌの部屋に足を運び事の顛末を、そしてマティアスがどうも俺とジャンヌとも間柄に何かしら思うところがあるらしいと感じたことを話した。それを聞いたジャンヌの表情は特に動揺とかは見られなかった。しかし、何かしら物思いにふけっている表情にも見えた。


「ジャンヌ先生、失礼を承知で伺うのですがマティアスと何かしらの喧嘩別れをしたわけでは無いんですよね?」

「それは無論じゃ。むしろ今でも仲良くやらせてもらっていると思うとるのじゃ。」


 それはそうか。普段の学院の様子を思い返しても別に仲が悪そうな雰囲気なんぞ感じなかったからな。


「……アルフォンス、わしとマティアスが幼馴染みであるとは前に話したから知ってはおるよな?」

「ええ。勿論。そう直接お聞きしています。」

「……そろそろ、お主にも話して良いかもしれぬな。わしと彼のことについて……。なんとなく、わしが話しておきたいでな。」


 ジャンヌはゆっくりと、語り出した。


--------


 わしが天才じゃというのは良くも悪くも見ればわかると思うが、7歳の時……丁度いまのお主の同い年の時じゃな。その歳でわしは貴族学院に入学したのじゃ。優秀であれば1年か2年は繰り上げて入学するというのはそこそこある。さりとて、わしやアルフォンスのように6年も繰り上げるのは相当まれのようじゃがの。


 まぁ、そんな細かい話は脇に置いておこう。本題はそことは違うからの。で、わしとて自分よりはるかに年上の学友たちとうまくやれるかと色々と心配になるわけじゃ。わしも人の子じゃ。神童などと呼ばれようとわし自身はいたって普通の感性しか持たぬ少女でな。変な話に聞こえるかもしれぬが。


 そんな訳でな、わしはそんな事を入学する前のある時マティアスに吐露したわけじゃ。……実を言うとマティアスの実家のエスカーダ伯爵家とわしの実家のグランノール公爵家は当主同士が仲が良くてな家族ぐるみで付き合いがあったのじゃ。貴族社会ではなかなか珍しい気もするがの。会って話をする機会は割と多くてな。またマティアスは幼いころのわしの良き遊び相手でもあったわけじゃな。


 そこでな、マティアスは言ってくれたわけじゃ。『それだったらさ、俺頑張って勉強してジャンヌに追いつくよ。そうしたら頼れる人が出来るだろ?』ってな。わしはそれがどうにも嬉しくてな。……それがとても多難な道であることは解っておったがわしはそれでも待っていた。


 ……本当に嬉しかったのじゃ。周りからはとても期待されていて、優秀になってほしいと願われて、それ自体は有難い事であったし、期待に応えようとわしも奮起していた。けど……それでもわしは親元にありたかったし、まだ甘えたかった。……少しばかり恥ずかしい話じゃが。だからマティアスがわしの力になってくれると思うとわしも気が楽になったのを覚えておる。


 でも、なかなかそう上手くは事は運ばないようじゃの。世の中と言うのは。……マティアスも優秀なんじゃがな、ただ……わしらのように飛び級出来るほどの才は無かったようじゃ。充分優秀で、これからのエスカーダ家、ひいてはグランデール王国に無くてはならない人物になるであろうことはわしとしては間違いない。そう思っている。しかし、彼にとってはそれは慰めにしかならないのかもしれないの……。一番やりたかった、わしにとって頼りになる人物になる。それはもう叶わぬのだから。わしが足早に学院を卒業してしまったせいでな。


 マティアスもまた、努力はしていたそうじゃ。周りが多少心配になるぐらいには。伝え聞いた話ではな。けれどそれだけではどうにもならないこともあった、という事じゃな。わしにとって彼は一歳年上と言うのもあって兄のようにも思っていたのじゃが、もう……頼ることも無くなってしまったという訳じゃな。教師と生徒の関係性になってしまった事での。


 それで、マティアスはお主に思うところがあるのかもしれぬな。自分に出来ぬ事を軽々しているようにも映っているのかもしれぬ。しかして、どちらかと言えばお主はわしに助けられているようにも見えているのかもな。かつて自分がしたかったこととは逆のように。妹分の面倒を見てやりたかった自分がそれをできず、それが出来るだけの力を持った者が逆に弟分のように振る舞っているのは見ていて色々な感情があるのじゃろう。


--------


「……まぁ、長々と話したがの、色々複雑な思いをマティアスは抱えておる、という事じゃな。多分、嫉妬とか……そういう悪感情は無かろうが……。」


 話し終えたジャンヌは脇に置いてあった水差しからグラスに水を注いだ後、そのままグッと喉に流し込んだ。


「……なんとなく合点がいきました。今までの態度とか、その理由が。」


 マティアスは色々と気負うタイプなのかもしれない。それが態度に出てしまうのかもな。何とか肩の力を抜けるようになってくれればいいのだが。


「ジャンヌ先生、僕は……もう少し自重した方が良いのでしょうか?」

「……お主がそういうことを気にする必要は無い。いつものように、他の教師と同じように頼ってくれれば良い。それとも齢12の教師では不満かの?」

「いえ、そんなことは。」


 ジャンヌは他の教師に引けを取らないほどの教師だ。それは普段教え子として教室に居る立場からしてもそれは疑いようもないことだ。


「むしろわしとしてはもっと頼ってくれても構わぬのじゃ。わしとて色々と学生であった時は大変じゃったからの。であればお主も同様じゃろうて。……初めてお主たちの前に現れた時言ったように、わしの事を姉と思って接しても良いのじゃぞ……?」

「……解りました、先生。今後も何かあれば相談させて頂きます。」

「うむ、それで良い。」


 ジャンヌは少しだけ優しそうな表情をする。これに似た表情には覚えがある。ユリウスやクレイグ、それにマリーがこんな表情をしている時があった。きっと、俺の事を大事に思い、見守ろう。そういう表情だ。


「それじゃあ、先生。そろそろお暇させて頂きます。お話を聞いていただき、ありがとうございました。」

「こちらこそありがとう。それじゃあ、また明日。」


 俺はジャンヌの部屋を後にした。少しばかり冷え込む廊下を歩きながら、俺は一人今日あったことをぼんやりと思い出していた。やはり、マティアスは色々とややこしい男だ。


 それにしても……思ったよりジャンヌとマティアスの関係性というのが見えて来た。なんというか、単なる幼馴染みというだけではない親密さを感じる。俺は……それを形容できるだけの言葉は持たないが。


 まぁ、折角ここで一緒に居られる時間も取れるんだ。あんまり野暮な邪魔をしないでいよう。せめて合宿の間は他の生徒やらを気にしないで仲良くしてもらいたい。俺個人としても、一生徒としてもその願いで居る。

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