第15話 初めての魔術

「魔術に関してはわしが直々にお前たちに教えて進ぜよう。予め教本で予習している者も居るとは思うが、まず魔術と言うのは……。」


 魔術専用の演習場に集められた俺たち、その前でジャンヌが魔術とは何たるかを解説していく。随分と変わり者とは思っていたが授業そのものはいたって真面目に進めている。また、どうすればその内容についてわかりやすく伝えられるのか、その工夫もよく伝わってくる。教師としては優秀かつ勤勉のようだ。


 みんなジャンヌのような教師であれば学生も幸せなのであるが世の中そううまくはいかないものだ。


「と、まぁ習うより慣れろじゃな。アルフォンス、こっちに来い。お主、やってみろ。詠唱はわしが説明するからその通りよると良い。」


 ジャンヌに促され、前へと出る。


「まずは、そうじゃな……。お主からは水系統の才覚を感じるからの。水の初級術をやってみると良い。それじゃ、詠唱は、と……。」


 水の初級術……確か昨夜教本で予習したはずだな。確か……


「天より舞い降りし恵みの水よ、我が掌に集え。水球ウォーターボール!!」


 手を前へと出し、10メートルほど先の的に狙いを定め、暗記しておいた詠唱を唱えると、何かが体の中を流れるような感覚があった後に手のひらの前に野球のボールくらいの大きさの水の球体が生成され、そのまま前へと飛んで行き、的に当たり、そのまま水球は爆ぜた。


「おお、やるのぉ!!」


 ひゅうと口笛を吹いてジャンヌは言った。


「まあ、それぞれアルフォンスのようにやってみると良い。適当に並んで一人ずつやってみるがよい。それ、次はアンリ、お前じゃ。」


 ジャンヌに促され、次々と魔術を学生たちが放っていく。割とすぐに撃てる子もいれば手間取ってしまってなかなか撃てない子もいる。そんな中、ある男が前へと出ていく。先日俺に絡んできたマティアスだ。


「なかなかにやる気の表情じゃの。じゃあ早速……。」


 ジャンヌが魔法を撃つように促す前に、マティアスは魔法を放った。……詠唱をしないで。威力も大きさのなかなかのもの。なるほど。これならプライドを持っているのも頷ける。


「見たか!!アルフォンス!!これが俺の実力だ!!ちょっと魔法が上手いからと言っていい気になるなよ!!」


 随分と勝ち誇ってくるなぁ。こういうのって勝ち負けでは無いような気もするが……。


「マティアス、確かに無詠唱は本来熟練者しかできないことだからの。凄い事じゃし、自慢したいのは解る。じゃが……。」


 そう言うとジャンヌは、手に持っていたジャンヌ本人ほどの長さのある杖の先を的の方に向け、少しの時間を置くと、今まで俺たちが放っていた魔術とは比べ物にならない速度と大きさの水球が放たれ、ぶち当たった的は後ろの壁ごと吹き飛んでしまった。


「これぐらいは出来るようになってから自慢してほしいのう。」


 ジャンヌはこともなげに言う。翻って吹き飛ばされた場所に目を向けてみると……うん、強烈。その一言である。


 マティアスもひきつった顔をしている。当たり前か。こんなモノを見せつけられては。俺だって他人から見たら同じような表情をしているであろうし……。


「ま、別にマティアス、お前を腐すわけでは無い。しかし、道半ばで誇るようでは進歩が止まってしまうでな。それを解ってほしかっただけじゃ。」

「き、肝に銘じておきます!!」


 す、素直で何よりである……。まあ、あんなモノを見せつけられた後ではさもありなんだ。


 その後、様々な魔法の使い方、心得などをジャンヌは俺はたちに教え、授業は終わった。なお、ジャンヌが派手に吹っ飛ばした演習場は魔術が掛けられているらしく、時間経過で修復されるらしい。便利な魔術である。


 実例も見て感じたことだが魔術というのは何でもかんでも出来る万能な物ではない。さりとて上手く使えば様々な事に活用できるし、使い方次第では科学文明と同等のことが出来そうだ。俺の事業に活用できそうなモノが無いか、色々検討してみよう。


--------


 それにしても、魔術とは面白い。今日の授業がすべて終わった後、自室に戻り、自主学習を図書室から借りて来た本で自主学習をしてみているが、非常に奥が深い。今日の所触れていなかったが魔方陣や魔道具なんてのもあるようだ。以前クレイグが王国軍では魔導暗号機が使われているとかなんとか言っていた気がするが、魔道具はそれに類するものであろうか。


 うむ。これはいけるかもしれない。科学力の乏しさで諦めていたいくつかのアイデアもこれで解決が出来るかもしれない。あと、ローランの力を借りて科学と魔術を組み合せたシステムづくりと言うのも悪くない。


 これだけの事が学べるとは、やはりここにきて良かった。やはり”学び”というのは確かに重要なものである。再認識させられる。


 いっそCEOやりながら大魔導士を目指してみるか。俺が前世の記憶を思い出さないまま生きていればそんな夢を追いかけていた可能性だってある。ならば今の俺がそんな夢を追ってみたってバチは当たるまい。


 と、根を詰めていたせいか、少々くたびれて来た。ちょいと一息つくことにしようか。学内や寮で一息つけるところと言えば……やはり飯、食堂って感じか。飯時にはまだ少しばかり早いが軽食か飲み物でも出してくれるだろうし。


 そんなわけで食堂の方へ向かっていると道中、ばったりとジャンヌに出くわした。


「おお。アルフォンス。景気はどうかの?」

「これはどうも。グランノール先生。ごきげんよう。」

「グランノール先生なんて呼ばれるのはどうにもこそばゆいの。ジャンヌと呼んでくれんかの?」

「え、ええ。承知しました。ジャンヌ先生。」

「うむ。それで良い。」


 なかなかにご満悦そうな表情である。やはり同年代から距離のある言動をされるのは好きじゃないのだろうか?


「話題は変わるんじゃがな、お主の事業に関してなんじゃが……どうやら国王陛下の耳にも入って興味をもたれたとのことじゃ。」


 国と商売したいと考えてはいたが遂にここまで来ていたとは。しかし何故だろうか?


「……それは確かなんですか?」

「うむ。確かな筋じゃ。わしの父……グランノール公爵じゃからな。」

「お父様からでしたか。」


 なるほど。そのルートからか。公爵ともなれば国王とやり取りをする機会もあろう。どこからという疑問は解決した。しかし、俺の事業に興味を持った理由については解らんな。国王から見たら伯爵の子弟がやっていることなんて対して興味を惹かれる物でも無いだろうに。


「まあ、それだけ一応伝えておきたかっただけじゃ。それじゃあの。」

「ええ。それでは。ジャンヌ先生。」


 ジャンヌはローブをなびかせて颯爽と去っていった。その姿は何だか格好が良い。


 それにしても、国王陛下が興味とな。まだまだ小さな事業だが何か光る物でも見出したのだろうか?最も、一国の元首ともなれば情報というものがどれほど重要であるかなんて解っていない方がおかしいという物であるが。


 ……難しいことは後で考えれば良いか。今は魔術の学習だ。途中だったが一息食堂でお茶でもしてからまた自主学習を再開するとしよう。我が事業関係なしにこっちも全力でやろうじゃないか。魔術が使いこなせて損をすることは無いだろうしな。

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