第25話 ある頼み

 出入りしているメンバーともだいたい顔見知りになってきたローランの研究所。そこでクレイグとマリー共々俺はローランのレクチャーを受けていた。その内容は……。


「……であるからして、これが腕木通信の機構の概略、という訳だ。」


 以前にローランにお願いしていた、セマフォア……腕木通信の開発、その初期段階の概略だ。


「私にはよく解りませんが……ローラン殿が言うにはこれで通信の信頼性は向上する、という事でしょうか?」


 クレイグが首をひねる。


「ええ。現在アルフォンス君がやっているような方式だと、手旗なのでいささかスピードであったりとか確実性は抑えられてしまっているかと思いますが、大型化、機械化を行う事でそれらが多少は解決しているかと。」

「なるほど……解ったような解らなかったような……。アルフォンス坊ちゃんならご理解されているのでしょうが。」

「もちろん。」


 アイデアを出したのは俺であるからな。……厳密に言えば違うけど。クロード・シャップとアブラアム=ルイ・ブレゲの二人が18世紀のフランスで考えたけど。


「これはもう実現できるものなのですか?」


 マリーが問う。


「資材と資金さえあればね。そのあたりは……アルフォンス君なら解決できるのだろう?」

「ええ。早速やらせてもらいたいです。一応使えそうな資材とかは見繕って僕たちのところで保管してありますので今からここに持ってくるようにうちの従業員に伝えます。」


 そのためにローランに技術開発をお願いしていたのだ。そして俺は資金を手配する。役割分担である。


「それは有難い。ここの工房はそこそこ大きめだから最終的な組立の前まではここで出来ると思うから、それまでは任せておいてもらっても構わないよ。」

「ありがとうございます。では、完成の暁にはすぐ試験に移れるよう準備はしますので。その時はご連絡を。」

「承知した。」


 これで技術革新に動き出した。あとは積雪との闘いだな。施設の配備は来年の春まで待つことになりそうではあるが使えるものであることを証明するのは雪が降る前にはカタを付けておきたいところだ。証明さえできればローランのところで部品を作って積み上げていたうえで春と同時に一気に整備をしてしまいたい。出資から1年ぐらいのタイミングで配当を出したいところであるからそれまでに収益を上げられる体制を盤石にする必要性は高いからな。現状の手旗でも収益は上がっているが、そこから飛躍はさせたい。そのためにも施設増強は不可欠だ。


 この新技術が事業や運用になじむかはまだわからないが……。うまくいくと信じよう。今までもそうであったように。


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・1学年ケラウノス組担任ジャンヌ・グランノール先生、混合魔術で論文発表

 王立魔術院主催の全国魔術学会にて、グランノール先生が混合魔術の理論について論文を発表した。発表内容によると、混合魔術の発動に関して最適化する方法の一部を発見したとのことである。取材に対しグランノール先生は「今回の研究はどちらかと言うと地味な物であるが今後の学問の発展にとって重要な基礎的な部分の研究であり、学生諸君にはその重要性をぜひ解ってもらいたい。」としている。


・ミズガルズ王国王立学校代表団到着、親善訪問のため

 昨日、ミズガルズ王国王立学校から代表団が到着した。先日合意が締結された交換留学の実施に先駆けた親善交流が目的であり、今日から3日間にわたって当学院内の見学の他、王都視察及び明日夕刻に歓迎レセプションの開催が行われる。代表団団長ジークフリート・フォン・ファルケンブルク男爵以下団員10名はベルナール・グランノール公爵の王都屋敷に逗留される。


・明日、終日大講堂の使用不可

 上記のレセプションに関連し、大講堂で開催されるため大講堂は終日使用不可となる。学生は急を要する場合を除き立ち入らぬこと。またレセプションに歓迎されている者はこの限りではない。



 そして今日も今日とて俺は学生として新聞づくりに精を出す。ローランに頼んだことはそんなにすぐ仕上がる物でもない。ならば俺としてはこっちに注力しておくわけだ。最も今回は割と俺の方が忙しかったから他の連中に記事を書いてもらったが。その代わり張り出し作業は買って出た。何から何までやって貰うのは流石に居心地悪い。


 規定の場所全てに張り出しを終えた俺は部室へと戻る。部室には珍しく誰も居なかった。いつもならマティアスの子分のセルジュとエリックの二人のどっちかが居るのだが。


 それならそれで新聞記事の執筆にでも取りかかることにしよう。今日は特に事業の方に顔を出す用事は無いからな。さて、どんな記事を書くか。そんなにそんなにネタが転がっている訳じゃないから割と悩む。確かこの学校の誰かが次の叙勲に決まってるとかいう噂をマティアスから聞いているが……裏どりでもしてみるかな。事実なら取材だな。


 と、試案を巡らせているとこの部室を訪れる者が居た。


「アルフォンス、ちょいと良いかの?」


 ジャンヌだ。


「ええ。丁度暇していましたから。何か人手が必要ですか?」

「いや、人手と言うかはお主が必要なのじゃ。」

「……僕が?」


 どういう風の吹き回しだろう。


「端的に言うと急じゃがの、明日のレセプションに出て欲しいのじゃ。」

「それは、随分と唐突ですね……。どうしても出ないとダメですか?」

「話すと長くなるがの。要点だけ言うとこっち側の経済界の要人が都合付かなくなってしまっての。それでその代わりと言うと語弊があるが……お主に出て貰いたい、という訳じゃ。」

「僕で良いんですか……?僕はいいとこ一代の成金みたいなものですよ?」


 もっと重鎮みたいなのは探せばいるだろうに……。


「無論他にも色々あるが、お主に出て貰えると都合が色々と良いという訳じゃ。……あんまり上品な話でもないうえ不躾なお願いじゃがの。」

「いえ、何かとは言いませんが僕たちのような貴族の社会なんてそんなもんだと思ってますから。ジャンヌ先生が色々考えることじゃないですから。」

「……そう言ってもらえるとありがたいの。わしも結構大変でな……。」


 ジャンヌの目の奥に少しばかりやつれた色が見える。公爵令嬢なんぞ好き勝手出来るもんだと前世で読んだ小説のイメージから何となく考えていたが現実はそう甘くはなさそうだ。


「変な言い方ですがジャンヌ先生の顔を立てるためにも出席、させてもらいますよ。」

「それは有難い。恩に着るぞアルフォンス。」


 ジャンヌの顔が安堵の色に染まった。しゃーない。色々といつもお世話になっている恩を返すと思えばいい。流石の俺もレセプションのような友好的な場とは言え外交のフロントラインあるいは鉄火場に飛び込むなんてできればしたくはないがまぁ変な事しなければ良いだけの話だ。


 ついでに記事のネタを拾えるし一石二鳥ってことで。

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