第6話 第1回チキチキ経営会議
「ええーっと……本日は
例によって我が父上ユリウスの屋敷の一角の会議室。そこにある俺はこんな事を考えていた。どうしてこうなった。俺はリュシオール家当主ユリウスに説明するつもりで今日の日取りを抑えて貰っていたはずだが何故……何故リュシオール家の重鎮が勢ぞろいしているんだ?
正直……バックレぶっこきてえ!!緊張で口ん中カラッカラだ!!手のひらも手汗がヤベー!!ていうか6歳の幼子相手に何本気出してんだ!!本物の子供だったら泣き出すぞこんなん!!
前世のサラリーマン時代もプレゼンとかやった事無いわけじゃないが取締役が勢ぞろいしているようなとこでやったことは無い。こんな経験は初めてだ。前世分の経験がそこまで生きるわけじゃあない以上本当に自分の知識と経験と何より胆力がモノいうのは間違いあるまい。……気合入れてくぞ!!
「まず、最初に申し上げますのはこの事業の意味です。この事業により情報の高速伝達を図り、現状の早馬などを使用した通信よりも迅速性を向上させ、利便性の向上により従来の通信と比較し付加価値の付与を図るもので……。」
取り合えず、この切り口だ。俺用に合わせて用意されたお立ち台の上から全体に語り掛けるよう言葉を発する。ここから見える重鎮たちの表情は真剣そのものだ。間違っても稚児の遊びに付き合っているような表情などではない。……少なくとも子供だからとかそんなことを言って軽く扱う気も無ければ甘く扱う気も無い。そう言う事だろう。中身が良い歳した大人の俺にとっては願ったり叶ったりだが。
「この事業はまずわがリュシオール伯爵領の中で完結させるところから開始する、スモールスタートの方針を取ろうと考えています。ですが将来的には他の貴族領及び国王陛下の御領にも通信線の構築を行い王国全体で事業を行う事が最終目標です。」
事業を始めるにあたって、最初から大きくやろうとするとうまくいかない事の方が多いらしい。であればこういう風に手堅く確立させてから規模を押し広げる方がよいだろう。
「また、民生向けの通信事業を想定した事業計画が皆さんにお見せしている物ですが、場合によっては国家事業としての秘密通信を請け負う事ができるようにシステムづくりを行う予定ですがこちらは国王陛下のご意向も関わってくることではございますので、今は単なる想定であること、ご留意ください。」
ここに居る面々は真剣な表情で見つめて来る。俺はそれらから目をそらさずに現状の展望を真摯にごまかさずに話していく。それしか有効打は無いのだ。
「ええ……それではここまでで皆さんの中に質問はございませんか?些末な物でも構いません。」
一人、挙手をする。俺にとっての現状のラスボス、ユリウスだ。まぁ、別に敵だとは思っていないしヘマをしたとて
「アルフォンス、まずは誉めてやろう。よくやった。資料にしろ調査内容にしろよく出来ている。クレイグの助けもあるのだろうが、ここまでしっかりとしているのはお前の努力の賜物であろう。しかし、だ。どんな事業も盤石な準備を行ったとて失敗することもある。私も今でこそこの地位があり、伯爵家を維持できるほどの力を得ている。だがそれ相応に失敗を繰り返して来たし、場合によってはお前が想像もできないほどのどん底も見てきたこともある。」
苦労知らずの”お貴族様”なんかじゃないってことか。よく居る貴族のような傲慢さをユリウスからは感じることが無かったがそう言う事も関係している。そういうことだろう。
「もし、お前がこの事業を本気で始めたいと望むなら、その覚悟をしなければならない。私はお前の家族で親であるから何かあったら助ける気でいる。しかしそれすら叶わずお前は借金に潰され死ぬ、あるいは使っている人間を路頭に迷わせ恨みを買い無惨に殺される。そういう可能性だってある。」
……多額の金が絡めば起こる事と言うのは世界が違えど変わらず、か。人間の性かな。悲しいことだ。
「お前にその覚悟はあるか?」
最後の問はいたって完結だった。余計な修飾すら省かれた質問から感じる重みは前世を含んでも早々感じたことが無い。……正直逃げ出したくなってくる。とてつもない金銭を扱う事が現実味を帯びて来てそのプレッシャーをこの上なく感じる。だが。
「はい。その覚悟なしに皆さん、そしてなによりお父様の前でこのような話は致しません。」
俺の答えもシンプルなものだ。覚悟を示すのに必要な物は言葉を重ねる事じゃない。本気で答えることだ。それ以外に俺はやり方を知らない。
「……ふむ。どうやらやる気でいるのは口先だけでは無いらしいな。よかろう!!やってみろ!!」
「……では、出資していただけるのですね?」
「ああ。しかと出資しよう。所望の金貨200枚はあとでクレイグに預ける。それで良いな?」
「はい!ありがとうございます!!お父様!!」
よし!!よし!!よし!!やったぞ!!
こういうプレゼンがうまくというのは何度やっても嬉しい物だ。とにかく良かった。ここで事業が認められないとなると野望が足踏みしてしまうところだった。
「それと、私以外にも出資を望むものは居ないか?」
ユリウスは周りを見回しながら重鎮たちに問うた。するといくつか手が挙がった。
「私は金貨150枚出そう。」
口火を切ったのはユリウスの弟、ルシウス・リュシオール子爵だった。一応クレイグからリュシオール家の重要人物について会議の前に聞いていたがははあ。こういう人物だったか。ユリウスとは結構似ているがルシウスよりかは穏やかそうな人物だ。
と、そんなことはどうでもよい。理外の追加の出資だ!!
「私も金貨100枚出そう。」
「こちらも金貨80枚だ。」
続々と出資の申し出がさらに積み重なる。これはすごい……!!
その後も幾人かが出資を申し出て来た。まさかこれほどとは。流石に誰が誰なのかは把握しきれない。あとでクレイグにどういう人物なのか教えて貰おう。
出資の希望者をとりまとめ、今後の説明等々をして、会議は成功裏に終わった。
「ではこれにて。皆様お忙しい中、誠にありがとうございました。」
最後に俺は全員に向け頭を下げる。いわゆるボウアンドスクレープと呼ばれるやつだ。俺の言葉を聞いた重鎮たちは会議室から一人、また一人と後にしていく。俺は彼らに丁寧に礼をしてお見送りをしていく。
最後の一人を見送り、ほっと一息してから、持って来た資料を手に持ち会議室を出る。
「坊ちゃん、随分かかりましたが結果は……?」
会議室のすぐ外で待機していたクレイグが俺に声を掛ける。同じように待機していたマリーも不安そうな表情を浮かべている。
「結果?それは……大成功!!」
俺はVサインをして見せる。とにかくやった。想定以上の大成功だった。そうすると二人の表情に安堵が見えた。
「それは良きことです。これで坊ちゃんは本格的に事業の……いや、私たちのリーダー、でございますね。」
「仰々しいよ。クレイグ。それにリーダー役は僕だけじゃないさ。クレイグもそうだよ。クレイグが僕に変わって色々とやってくれなければこの結果は得られなかったから。」
少なくとも、今まででも自分たち以外に人を使ったりというのは少数ながらあったのだ。でも子供には普通誰も従わない。でもクレイグが色々大人の立場をとってリーダーシップを発揮していてくれなければここにはたどり着けていない。
「ここからは僕たちだけじゃない。本当に色んな人たちが関わっていく。そのためにも僕だけじゃなく……クレイグやマリーにもリーダー役であってほしい。……お願いできるかな?」
「無論ですとも。不肖クレイグ、全力を尽くさせて頂きます。」
「私も……私の力や経験がどれほど役に立つかは分かりませんが、やらせて下さい。」
「……ありがとう。クレイグ、マリー。」
これで、ついに第一歩を踏み出した。まさか転生してスタートアップそれもまさか社長、あるいは代表取締役、そういった役目を負うとは思わなかった。けれど、俺はやってやる、そんな気持ちで満ちている。
今後はどうなるかは分からない。それこそユリウスが言うように全てを失ってどん底を味わうかもしれない。ひょっとするとクレイグもマリーも失うことになるかもしれない。
それでも俺は挑戦していきたい。一度死んだことある身で言えば、破滅を恐れて何もしないのはおそらく破滅するより怖い事。そんな気がするのだ。
これからは数多の困難が待ち受けている。それは間違いない。けれど俺には仲間が居る。前世の経験というものさえ与えられている。これらを武器に立ち向かっていく。それが俺の使命であり……権利でもあるのだろう。
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