第2章 黎明編

第7話 アルフォンス・リュシオールCEO

 見事投資を勝ち取り、事業が本格スタートすることになった。しかし、ユリウス以外にも出資したいという者が居たというのは少々驚きだ。親子の情とかだけで投資を決めた、という訳でもないのだろうか。まあ投資をしてもらった以上さっさと収益が出るように頑張らないと。さすがに身内からだけのものだから失敗してどこかに奴隷として売り飛ばされるとかは無いだろう。俺を売り飛ばしたところで出資分は回収できんだろうし、そもそもこの国では奴隷の売買なんぞご法度だ。売買に関われば縛り首にだってなりうる。そんなマネするアホがあの中に居るわけない。


 数日前、決戦を勝ち抜いた件の会議室で俺、クレイグ、マリーのいつもの3人で今後の方針について決めるために集まっていた。マリーの方はここ数日は冒険者ギルドの方で依頼をこなしていたようで久しぶりに顔を見ている。


「さて、アルフォンス坊ちゃん、何から取り掛かりますかな?」

「そうだね。まずはこのお金を使って人を集める。これからやることは僕とクレイグ、それにマリーだけでは到底リソースが足りない。大量に人の力が必要になってくる。」

「良い考えだと思います。何をするにしても仲間というのは大切ですから。」

「そのためにもとりあえず集まったお金を整理をしよう。どれにどれ程使えるのか割り出さないとだからね。」


 とりあえず、整理して書きだしてみると以下のようになった。


金貨200枚:ユリウス・ド・カーディナル=リュシオール伯爵(父親/リュシオール家当主)

金貨150枚:ルシウス・ベル=リュシオール子爵(叔父/ユリウスの弟)

金貨100枚:シモン・リュシオール子爵(従兄/ユリウスの兄の長男)

金貨80枚:アルジャーノン・リュシオール男爵(兄/ユリウスの長男)

金貨80枚:ジャン・リュシオール男爵(従兄/ルシウスの長男)


 整理してみると、出資者は5名。合計出資額は金貨610枚であった。……金貨1枚あれば庶民1人が1か月暮らせると聞くとこの金額の凄さというものを実感する。とはいえあの会議に集まっていたのは10人を超えていた。全員から出資を募ることが出来なかったという点はいささか残念ではある。高望みし過ぎなのかもしれないが。


「こうしてみると、本当にとんでもない金額だよ。僕のお小遣い何万年分なのやら。」

「さすがに万年では無いかと。坊ちゃんに旦那様がお与えになっている金額はそう多くないとはいえ。」

「もののたとえ、もののたとえ。でも僕にとっては途方もない金額だよ。」


 正直デカい金額すぎて適切な使い道が分からなくなりかけている。でもそれだけ取りうる選択肢が多いという事でもある。そう考えるとこの金額はお有難いというほかない。


「金貨610枚、これをどう使うか……。僕としてはまずは早速中継所の整備と通信員の育成に取り掛かりたい。クレイグ、人材の手配をお願いできるかな?」

「ええ。勿論。早速取り掛かります。ちなみにどういう人材が必要であるかのご希望はございますか?」

「そうだね……。とりあえず手先が器用な人。でもって一応目が良い人かな。中継所では望遠鏡を使うとは言っても遠くを見る関係上目が良いに越したことは無いからね。それ以外では特に無いよ。」

「かしこまりました。人数とご予算はどうしましょう?」

「事業の第一段階、リュシオール伯爵領の中心であるリエルの街から王領との関所があるマフェーレの街までの経路だから……交代要員入れて15人、優秀な人を雇いたいから相場の2倍の月給金貨3枚で雇って。」

「かしこまりました。ご希望通りの人材をご用意できるよう全力を尽くします。」

「お願い。期待しているよ。」


 よし。まずは人材はどうにかなった。次は設備の方だ。


「設備の方は途中にある街の教会とかを改築させてもらうとかでどうにかできないかと思ているけど……マリー、一緒に交渉に行ってくれないかな?」

「私でよければ。ご同行します。アルフォンス様。」


 マリーはうやうやしく返す。自分は子供なのだから相応の扱いで良いと俺は言っているが、マリーの方は身分が違うのだからそれこそ相応の態度で接させてもらうと聞かなかった。案外真面目で強情な一面を見た気がする。


「ありがとう、それじゃあ善は急げってことで準備ができ次第出発したいけど、大丈夫?」

「私の方は。」

「分かった。じゃあ僕の方も直ぐに準備するから、待っててね。」


--------


 伯爵家の屋敷を出発してから幾日かかけて、中継所を設置するため例の二つの街の間にある街を回り、事業の意義を説いて協力をお願いし、事業が軌道に乗った暁には謝礼も出すと約束するなりして協力を取り付けていく道中であったが……。


「僕のような幼子と、失礼を承知で言うけれどマリーみたいな女性では交渉もなかなか進まないね。」

「いえ、事実ですから。アルフォンス様。」


 やっぱりこのナリでは信用を得るのは難しいか。これまでも色んな相手のところで交渉をしていたが感触が良くとも確答を後程と言われたり、そもそも交渉のテーブルに着けなかったりと色々あった。当然と言えば当然ではあるが。前世のサラリーマン時代は基本営業もしたことはあるが相手先は得意先が多かったし基本法人が多かったからこういう新規での営業というのは実際のところこれが初めてに近い。分からないことだらけだ。


 しかし、自分の中に営業の方法論が無いわけじゃない。前世で培った経験が消えてなくなっていないのだ。信用を得るために何をすべきか、一応少しは解っているつもりだ。


「まあ、突破する方法が無いわけじゃないはずだからね。こういうのは必勝法も何もない。けど人と人なんだ。最後は本気でぶつかっていけばうまくいく。そう僕は信じているよ。これからの交渉もね。」


 今回もアポイントを取っていた相手の所に訪問して、今度は相手の待っている所に通してもらい、今回の交渉を始める。


「伯爵様の所から来客があると聞き、来てみれば……まさかの子供とはな。どうにも狐につままれている気分だ。」


 今回相手にしているのはリエルの街とマフェーレの街の中間地点、フェンの街の町長だ。クレイグにあらかじめ聞いていた人物評では、悪く言えば頭が硬い人物ではあるが、冷静かつ合理的な思考ができる優秀な男、だそうだ。変に奇特な人物ではない方がこっちとしては交渉がしやすい。むしろこっちの方がありがたいというものだ。


「ええ。無論僕が勝手にやっていることでもなければ、児戯でもないことご了承下さいませ。」

「なるほど。礼儀作法はしっかりしているようだ。ユリウス伯爵様にはお世話になっていたがこれだけしっかりしている子息が居たとは知らなんだ。」


 その言葉を聞いて俺は少し苦笑いをしてしまった。俺が記憶を取り戻したのはここ最近の話で、もともとそこまでしっかりしていたわけじゃなく、言ってしまえば本当は良くも悪くも普通の貴族の子供のはずだったのだから。


「ええ。父上の教育の賜物でございます。」

「社交辞令もわきまえているか。単に教えられたとおりのお作法を実行しているわけでは無いらしいな。うむ。では話を聞こうでは無いか。」

「ええ。ではまず、ここで僕たちが何をしたいのかと言うと……。」


 俺は事業の内容、そしてここで何をするのか、それらを資料と共に説明をした。この街には高い建物が既に存在していたのでその改築をする方向で中継所を設置させてもらいたい。無論改築費用は出すし、協力してもらうにあたって謝礼も払うという話をした。


「……児戯では無いと言ったのは本当らしいな。少なくとも言わされているだけと言う風には感じない。」


 その言葉を聞いて、とりあえずホッとする。子供と見るや否や取り付く島もないなんてことになったら暗礁に乗り上げてしまう。


「ええ。僕の方もこの事業をお遊びでやっているわけではありませんから。」


 もとより俺は本気で取り組んでいるつもりだ。たとえ外側が現状幼子であったとしてもそれは変わらずだ。


「うむ、解った。協力させて貰おう。ユリウス様にはお世話になっていることだ。その恩を返すと思えばだ。よろしく頼むよ。」


 よし、言質をとれた。これで一歩前進だ。あとはそれなりの街の町長が協力することに首を縦に振ったという事実を持って他の交渉に挑めるぞ。早速利用させてもらうことにしよう。


 ひとまず町長に礼を申し上げて、一応書面に約束を残しておいてもらってから町長の屋敷を後にした。


「今まで四苦八苦していたけれど、これで一歩前進だ。マリー、どうもありがとう。多分僕だけではうまくいっていなかったよ。」

「何をおっしゃいますか、アルフォンス様。これはあなたの功績です。」

「いや、僕だけじゃ何もできなかったよ。マリーたちが居てこそ僕は挑戦できるんだ。」


 そうだ。子供であろうと大人であろうと人間が一人でできることなどたかが知れている。本当に一人だけだったら鉛筆の一本だって俺には作れない。今でこそCEOの真似事みたいな事をしているがクレイグもマリーも居なかったら文字通りママゴトでしかない、こんなものは。


「私たちが居てこそ……ですか。とても有難い言葉です。こんなこと言うと怒られるかもしれませんが私にもそんな仲間が居れば助けて頂いたあの時みたいな危機にはならなかったのかもしれませんね。」

「そうかもしれないけれど……今は僕たちが居るよ。」

「そうですよね。ありがとうございます。」


 マリーは主従だと思っているかもしれないが、俺にとっては同格の仲間、そう信じている。


「ところでアルフォンス様、野暮用があるのでこの街の冒険者ギルド支部に寄りたいのですが、大丈夫ですか?」

「構わないよ。今日の用事はこれで終わりだからね。」


 冒険者ギルドか。前世でいくつか読んだことのある小説でも登場したことのある組織だがどういう物なのだろうか?やはり依頼をうけたりとかそういうモノになるのだろうか?


「しかし、冒険者ギルドというと、僕でも登録というか、冒険者として活動出来るものなのかな?」

「どうでしたか。確か冒険者ギルドの登録に年齢制限は無かったとは思いますが……子供でも受け付けてくれるかどうかまでは……。」

「そうなんだ。じゃあ、せっかくだし出来るかどうか、僕も確認してみたいし、その支部とやらに連れて行ってもらえるかな?」

「ええ。勿論。では行きましょうか。」


 さて、おなじみのと言うと少々おかしいが冒険者ギルドとやらがどんなものかついでに見させてもらうことにしよう。今現在進んでいる事業にも何か絡められるかもしれないし。

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