閑話 クレイグは見ていた
「アルフォンス坊ちゃんは紛れもない天才。」クレイグはそう思っていた。
クレイグはリュシオール伯爵家に仕える執事である。と、言っても単なる使用人ではない信頼関係が当主との間には存在していた。その関係は二人がまだ若者であった時から続くものである。最も今は関係ない話であるのでひとまずは置いておく。
クレイグはユリウスから信頼されていて、ユリウスの子息たちの面倒も任されていた。長男のアルジャーノン、次男のアルバート、そして三男のアルフォンス。それぞれをよく観察していた。同じ親からであってもそれぞれ性格、能力、資質。そういった物はそれぞれだけのモノであって同じ人間はだれ一人としていないのである。
その前提に立った時、ユリウスの3人の息子たちはそれぞれの個性を持ちながら、生きている訳であるがその中でもアルフォンスは際立っている。アルジャーノンやアルバートも別に不出来なわけでは無い。むしろ同年代の子供達と比して優秀なほどである。少なくともどちらが伯爵家を継いだとしたとて栄えることはあれど没落するなどあろうはずもないであろう。
しかし、それと比べてもアルフォンスは余りに能力が突出していた。クレイグ自身の考え方として、自分のようないわゆる普通の人間の尺度で測れるような人間は”秀才”と呼ぶ。普通の人間が研鑽でたどり着ける領域だ。クレイグも自分を分類するのであればこちら側であると考えている。
だが、”天才”ともなると話は変わってくる。まず、天才というのは従来の尺度など全く役に立たない。むしろその後の尺度を好き勝手作る側になる。言ってしまえば定規や天秤で測られるモノなどでなくそれらを作るかそれらそのものという訳だ。
本題に入るがアルフォンス・リュシオールはまさしくそれである。クレイグの結論はそれであった。
何も理由もなしにひいき目でそう考えるのではない。しかと理由があってのことである。
まず、第一の理由は天才的発想である。クレイグ自らの過去の苦い経験を語ることがあったのだがその時に「クレイグと同じ思いをしなくて良い仕組みづくり」という物を聞かせられたことにある。最初は自分を励ますための子供の思いつきかと思っていた。けれど違っていた。所々穴があるように感じたものの非常に画期的なアイデアであったのだ。
直観では何かを感じたのは事実。しかしここまでの者とは露ほども思っていなかったのである。
第二に、子供とは思えないほどのネゴシエーション能力を見せつけられたことにある。貴族の子弟という物は幼いころから礼儀作法を仕込まれ、謀略渦巻く貴族社会を見ながら育つ以上市井を生きる庶民の子供たちと比べて大人びている。それを差し引いてもアルフォンスの能力は突出していた。件の「仕組み」を基に事業を始めようと出資を父親から引き出そうとしたのである。流石に即金を引き出せたわけでは無いが、その後の成果次第で出資をするという言質は取ったのだ。
そんなこと、普通はあり得ない。あり得る訳が無いのだ。まだ7歳にもならない幼子の出来ることではない。しかし、それが出来てしまっている。現実に。ゆえにアルフォンス・リュシオールは天才なのである。
しかし、ここまで来るとこういう者も現れる。「不気味」であると。
当然である。幼子が普通ここまでの事を出来るはずがない。それだったらはるか昔に失われた人の姿かたちを真似る古代魔術を使った大人であるとか、悪魔の類が取り付いているとかその方がよほど的を射ている。本物の子供には不可能な事が多すぎるのだから。
けれどクレイグはそうは感じなかった。言われてみればある時から急に聡明になっているし、落ち着いているような気はする。でも、そんな些細と言えるようなことの変化よりも、変わらなかったものが確かにある。それはアルフォンスの持つ人間性であった。
アルフォンスは幼いながらも家族はもとより使用人たちにも気遣いが出来る優しい子だったのだ。その人間としての本質は何も変わらなかった。当主であるユリウスがしっかりと教育を施していたからというのもあろうがうわべだけではない。何を人としてするべきか、その信念という物が確かにあった。クレイグはそう感じていたのだった。
さて、そんな”天才”から手伝って欲しいとクレイグはお願いをされた。本来、クレイグはリュシオール家に仕える使用人である。実の事、その当主ユリウスとの個人的関係は長きにわたるのだが今は関係ないのでひとまず置いておく。その家に仕える立場を取っている以上、クレイグはリュシオール家のメンバー一人に過剰に肩入れするわけにはいかない。ユリウスの価値観的にそんなことですぐ
それでも、その前提をかなぐり捨ててでもアルフォンスの覇道を見てみたい。あわよくば共にありたい。そう思うほどであった。ゆえに、本人の中では即決であった。クレイグは差し出された手をしっかりと握り返したのであった。
そして、クレイグはアルフォンスの「仲間」となった。実にクレイグにとって若き冒険者であった時以来久方ぶりの仲間ができたのであった。その後クレイグはアルフォンスの良き仲間として活躍をしていくことになるが、それは文字通り別の話である。
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