第3章 躍動篇

第13話 花と水の都、セントルミエス

 しばし慣れ親しんだ我が故郷、リュシオール伯爵領はリエルの街から馬車で揺られること半月弱。グランデール王国の首都、王都セントルミエスにたどり着いた。この国随一の大都市、文化都市、そしてなにより学術都市、だそうだ。


 街並みは中世の都会と言ったところ。建物はリエルの街にある物と比べて高価そうな建材が多用されていて、非常に洒落ている印象を受ける。白亜の何とやらってやつだ。また、街自体は相当に広い街並みをしていて、不用意にうろつくと道に迷ってしまいそうだ。最も俺は貴族学院への入学が目的でこの王都にやってきている関係でそんなにうろちょろする機会など無い気もするが。


 その件の貴族学院の正門にたどり着く。ここからは歩きだ。色々と荷物があるから中まで乗りつけさせてもらえるとありがたいのだがそれは出来なかった。なんでもこの貴族学院の学内においては学生各々が独力で生活する能力を身に着けるために使用人だとかそういう類の者は学内には立ち入り禁止されている。その関係で馬車は入ることが出来ない。また学生である間は身の回りの世話をしてもらうこと自体禁止である。と、この世界における俺の兄であるアルジャーノンからは聞いている。あとは流石に家族の出入りも入学準備の手伝いの時だけは出入りできるそうだ。それ以外の者はこういう時でも学外で待たされるそうだが。


 あと、在学中は使が禁止されているのであって、個人的に忠誠を誓っている者に助けて貰うとかはルールの穴なのか何なのか、問題は今のところはないらしい。流石に学校側から許可が無ければ敷地には入れないが。で、だここからが本題になるのだが、クレイグはリュシオール家に仕えている以上”使用人”という事になる。残念ながら。そのため今はリエルの街の屋敷でいつも通りの仕事をしてもらいつつ我が事業のお金の管理をしてもらうことになった。そしてこの者の具体例が俺の傍らに居る訳だ。


「アルフォンス様。私は近くに宿を取るなりして滞在しております。普段は冒険者ギルドで日々の糧を得ているとは思うので昼間用事があるならそこまでお願いします。あとアルフォンス様も一応冒険者という事になっているので伝言のサービスも使えますよ。詳しくはギルドの係官にでもお聞きください。」

「ありがとう。マリー。それじゃあ行ってくるよ。」


 マリーとあいさつを交わした後、俺は堂々と正門から貴族学院の敷地へと歩みを進めていった。この幼い体では諸々の荷物を持っていくのは少々骨が折れる。いまこの時だけ転生前の体に戻ってしまいたいものだ。現実にそうなったら服なんてビリビリに破けて文字通りの変質者になってしまうが。というか変質者以前に不気味である。いきなり子供が大人になるのは。そんな魔法は存在しないであろうし。


「アルフォンス!!もう来ていたのか!!」


 校舎出入口から駆け足で出て来た男が居た。アルジャーノン・リュシオールに似た男だ。となると俺の血縁関係者である可能性は高いが、もしかすると……。


「アルバート兄さん……ですか?」

「ああ、そのとおりだ……。父上から手紙を貰ってお前が来ると聞いて驚いたよ。まさかアルフォンスがここに今年から入学するなんて思いもしなかったから。」


 アルジャーノンはどちらかと言えば俺と話していた時はフランクさを感じていたがアルバートの方は少々生真面目さを感じるな。まだ学校通いをするような年齢であるというのも関係してそうではあるが。何がともあれ信頼できそうな人物だ。


「ええ。僕もまさかこの年齢から入学できるなんて思いもしませんでした。」

「そ、そうか。まあ、なんだ。とりあえず荷物は持つよ。ほら。」


 そう言ってアルバートは手を差し出して来た。俺はこれ幸いとばかりに抱えていた荷物を差し出した。もっともそんなに大量にあったわけじゃないけれど。


 俺とアルバートの二人で学院の中を歩いているとそれとなく奇異の目で見られていることを感じる。それもそうか。話を聞く限り幼くして貴族学院に入学する者は少ないとはいえ居る。けれどそうお目にかかれるようなものじゃないからな。それは確かにどんな奴なのかというのは気になって当然である。


 まあそんな目線はさておいて、寮の一室、俺に割り当てられた居室に到着した。中はこの手の寮にしては珍しく相部屋ではなく一人専用の個室だ。貴族の子弟同志を同室にするとトラブルの元になりかねないからなのかもしれないが、気兼ねなくていい。それに事業を抱えている俺にとっては他人にはあまり見せない方が良い書類もあつかうであろうことを考えると願ったりかなったりだ。


 部屋もベッドくらいしかないということは無く、まだ何も入っていないが本棚、机、それに小さいながらもしっかりとした質感を感じる高級木材が多用されているであろうクローゼット。そういった物が備え付けられていた。窓もそこそこ大きいのが入っており、窓ガラスもはまっていて吹き曝しと言うことは無い何も言うことの無い素晴らしい部屋だった。


「学長の計らいで僕の部屋は隣だから。何かあったら言ってね、アルフォンス。」

「ありがとう。アルバート兄さん。」


 アルバートは荷物を置いた後、この部屋から踵を返していった。


 さて、これから何をしようか?荷ほどきは後でやれば良いとして、現状手持ち無沙汰だ。教科書類の配布は明日であるし、オリエンテーションであるとかも同様だ。となると今、学内で出来ることと言うのはあんまり無いのかもしれない。


 であれば折角だ。この王都を散策でもしてみようか?治安は悪くなく、少なくとも昼間で貴族学院があるエリアの周辺であれば貴族の子弟が出歩いても何か追いはぎに遭うとかそんなことは無いとのことではあるが……。一応アルバートに一緒に付いてきてもらおうか。


 そうと決めた俺は隣室のアルバートを呼ぶことにした。おれの居室の右隣の部屋のドアの前まで行く。表札にはしかと”アルバート・リュシオール”との記載があった。それを確認してからドアをノックする。


「……早速だね。何か用かな?」

「うん、ちょっとね。折角だから王都を色々と見てみたいと思って。アルバート兄さんに案内して貰えたらなと思ってね。」

「お安い御用だよ。僕の方も今日は用事は特に無かったからね。」


 かくして、アルバートと共に散策に出ることになった。



--------


 この王都セントルミエスはいくつかのエリアに分かれているとはアルバートの談だ。貴族のエリア、庶民のエリア、そして王族のエリア。大きく分けてこの三つだそうだ。小さいエリアを入れると商館が集まってるエリアやら武官の居住区なんかもあるそうだ。まあ、いってしまえばこの国の経済、政治の中心地である。王都である以上当たり前ではあるが。


「基本、貴族学院の学生たちは平日は学校の敷地から出ない事の方が多いんだ。色々忙しいしね。休みの日だと結構出かける人も多くてね、中には冒険者登録して武者修行する人も居るんだ。もっともそういうのは習わしのある家の公爵令息みたいな人だけで珍しいけどね。」

「そうなんですか……。」


 散策をしつつアルバートはこの貴族学院について調べきれなかったことを教えてくれる。


 まいったな。何の気も無しに冒険者登録してしまっているよ。結構初手から目立つやつかこれ?


「まあ……7歳にして商会の長をしているアルフォンスの方がよほど珍しいとは思うけどね。」


 それ以前の問題だった。確かに俺みたいなのが話題に上がらんわけないよな。事業に取り組んでいるのはまごうこと無き事実だし。ましてそれを隠していたわけじゃないからなぁ……。


「いやあ……知っていたんだ。アルバート兄さんも……。」

「そりゃそうだよ。父上からの手紙でも言ってたし、学院内でも噂になっていたんだから。」

「噂にすらなっていたの……?」

「うん。”詳しいことは解らないけれどどこかの伯爵令息が大量に金を集めて冒険者ギルドを相手に商売をやってるらしい”なんていうのが流れていたよ。」


 ここまで情報が広まっていたか。……いっそプラスに考えるか。それだけ既に名が広まっているのだからゼロベースの交渉をしなくて良い。出資なり顧客獲得なり有利に進められるのならそれで良い。平穏な学生生活は手に入りそうも無いが、まあそこは諦めよう。


「さて、しばし歩いていたけど僕としてはここをアルフォンスに案内したいかな。」

「ここは……?」


 見た目は普通な王都の建物らしい建物といったところ。なにか特異なところは感じない。しいて言えば、こう……妙に地球的な雰囲気、この世界らしくは無い。そんな感じがする。


「ここは魔法とは違う学術を研究している所。学院で学べることとは違う事が学べるかなと思ってね。僕もけっこう出入りしているんだ。」

「魔法とは違う学術、ですか。」


 魔法とは違うとな。となると錬金術とかだろうか?この世界では存在するのだろうか。地球では存在しなかったものではあるが。


「まあ百聞は一見に如かず。入ってみようか。」


 俺たちは内部へと入っていくことにした。


 内部の様子はと言うと、小さめの図書館と言ったところだった。様々な文献、書籍が本棚に所せましと並べられていて、大きめの机も用意されていた。そしてちらほらと調べ物をしている者達も居た。


「おお、アルバート。よく来たな。」


 そう言って俺たちに歩み寄る者が居た。その姿はパリッとした白衣に内側には白いカッターシャツに赤いネクタイを締めた壮年の男だった。


「どうも。ローランさん。今日は弟を連れてきました。」


 紹介されて、俺はローランさんとやらにぺこりと頭を下げる。


「これはこれは丁寧にどうも。君がアルフォンスだろう?噂はかねがね。」


 なんと。ここまで俺の噂が広まっていたか。もうちょっと自重しておくべきだったか?


「お初にお目にかかります。アルフォンス・リュシオールです。」

「うん。どうもありがとう。」


 挨拶を交わす。さて、この人物はいかなる者であろうか?なんとなくではあるが子供を侮るような人物ではなさそうだが。


「ところでここは一体どんなところなんですか?単なる図書館……などではないんですよね?」


 俺の疑問を聞いたローランは待ってましたといわんばっかりの表情で語りだした。


「ここはね……この世界の真理、言うなれば『科学』を研究する所さ。」

「科学!!」


 科学、とな……。まさかこの魔法全盛のこの世界でそんなワードを聞くとはな。まさかのまさか、だ。


「念のため……『科学』とは一体?」

「うん、そうだね……私たちの世界を形作る物、それらを解き明かし、体系的にまとめたもの……といったところかな?」


 俺が持っている科学のとらえ方とほぼ同じだ。こんなところで再び相まみえるとはな。それもまさか魔法があるようなこの世界で。


「まあ、もしよかったら今後も来てくれたまえ。『科学』が何とやらを少しづつ教えられると思うからさ。」

「分かりました。では機会がありましたら。」


 社交辞令ではなく、本当に通ってみようか。それこそ俺の持ってる知識をここに持ち込んで色々出来るかもしれん。楽しみだ。大学の頃の専攻は文系だったからな。新しい事を知れるっていうのも良い。


 この後しばし他愛もない話を俺とアルバート、そしてローランの3人で話した後、俺とアルバートは帰路につくことにした。


 今日は一日充実していた。そして明日からも充実した毎日が待っている。俺はこの世界でやれることは全部やりたい。その一歩がいよいよ始まるってわけだ。学院で得られた知見を事業に生かし、事業の経験を学院生活に生かす。まさに永久機関である。


 まぁ、頑張るか。ここで成長できれば俺としても願ったり叶ったりだ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る