第17話 皇太子殿下

 いつものような昼下がり、いつものような授業。ここ2か月ほどそんな風に過ごしている俺だったが今日は少しばかり違う。


 今日は俺の事業に興味を持った者達への説明会を開くことになったのだ。今回は以前にやったユリウスたち、つまりリュシオール伯爵家の身内たちに向けた説明とは違い、外部の貴族たちが主な相手である。また、マリーが見つけて来てくれた平民の大商人もいくらか来るそうだ。


 説明会会場は貴族学院の一角。会場について相談したらジャンヌが手配してくれた。ありがたいことだ。


「ええ、それでは……本日はお集まりいただきありがとうございます。早速ご説明に入らせていただきます。まず、事業の現状でございますが……。」


 今回もまた、俺の話を真剣に聞いている者たちばかりである。人数は100人を少し超えたぐらいであろうか。誰が誰だかよく解らないが、後で調べるなりしておこう。公爵だとか王族だとかがまぎれて居たら事だからな。


 以前リュシオール家の重鎮たちに説明をしていた時を思い出すがその時に比べ、俺もだいぶこういう場になれたものだ。回数としては2回目のはずなのに不思議なものだ。


 一通り、説明を成し、実例を交えて自分の事業を紹介していく。反応なまずまず。この分なら王都とリュシオール領に通信線を構築するとっかかりはつかめるかもしれない。


「少し、よろしいか?」


 挙手し、発言をしたのは金髪の短髪に碧眼の男だった。身なりも他の貴族よりワンランク上であることが伺える。もしかしてこの男は……。


「ええ。どうぞ。何なりと。」

「私は国王陛下の名代として来た。ジェラールだ。これだけで誰かは解るな?」

「もちろんでございます。」


 ジェラール。正式にはジェラール・ノルトフォイアー=グランデール皇太子殿下だ。……ジャンヌと若干家名が似てるな。あっちは確かグランノールだったな。何かしらの関係があるのかもな。


「単刀直入に言う。陛下はお前の事業について興味を持たれている。具体的には国家としての通信でお前の事業を利用したいとのことだ。」

「国王陛下が、ですか。」


 以前ジャンヌから聞いていた話でもあるが、本当だったとはな。利用をしたいとのことであるが何をしようと言うのだろうか。


「そうだ。それでだが、王国内の各主要都と通信を可能にする場合、どれくらい金がかかる?」


 どれくらい、か。少なくともリュシオール伯爵領内だけで金貨にして300枚くらいが設備投資にかかった分の筈だな。この国の主要都市といえば……よく解らんな。だけど確か5大都市があり、それぞれの都市規模と位置関係はみたいな話は学院の授業でしていた気がする。そこから位置関係諸々を逆算すると、そうだな……。


「金貨5000枚が最低限になるかと。正確な値は実地調査をしなければ算出はできませんが。」


 会場がざわつく。それもそうか。さすがにこのレベルの金額ともなると貴族にとってもかなり大きい金額になってくるだろうからな。しかしこちらとしてはもっとそれ以上に資金は欲しいところである。今後通信量が増えてくれば当然設備も増強なり改良なり必要になることだしな。最も、それらは事業の稼ぎから出した方が企業の独立性を保てるだろうがスピード感を持ってやりたいし妥協しよう。


「そうか。では資金の面を抜きにすればどのくらいの期間で整備ができそうだ?」

「盤石な準備をしようとなれば……4か月は見て頂きたいです。」

「わかった。金貨7500枚用意させて貰おう。その代わり3か月で運用開始までやってもらいたい。できるか?」


 即決……!!ざわつきもさっきとは比べ物にならない。これはどうする……?素直に受ければ事業において王国の影響と意向を避けられなくなる。しかし、想定以上の資金は手に入れることが出来る。対して出資は受けずに顧客になってもらうだけなら独立性は保てるが資金については四苦八苦することになる。


 正直持ち帰り検討したいところだが相手は王族だ。そして口約束だ。好き勝手出来る絶対王政の国ではないグランデール王国ではあるが口約束を守らないからと言ってそれをとがめるというのも難しい可能性もある。どうするべきか。


 ……うまくいくかはわからんが上手いこと誘導してその2択以外の選択肢を作り出すか。


「それだけ出資して頂けるのは有難いお話でございます。しかし、その他の希望者様のご意見もいただきたく存じます。殿下並びに陛下に置かれましても、他の出資者様たちの出資金額によっては、ご出資いただく金額にも関わってくることでもあるかと思いますので回答はその後で、という事でもよろしいでしょうか?」

「……構わない。」


 とりあえずはこれでよい。他の貴族たちの出資金の合計が最低限想定しているところまで来れば王家からの影響は最小限にできる。


「では、それぞれ出資に関して希望者の方はご芳名と金額をお願いします。出資額が決まった方から私のところへ。契約書をお作り致します。なお皆様の今後の参考のため、出資金額の合計は取りまとめて最後に発表させていただきます。」


 さて、今回はどれくらい集まるだろうか。


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 結果は……大成功であった。出資者は人数にして57名、金額は金貨計5230枚という莫大な金額を得ることが出来た。当初の想定を超える結果を得られたのは本当に大きい。あとは王家側がどのくらい出資をしてくるかだ。


「お待たせして申し訳ございません。殿下。他の出資者様たちの出資金額を踏まえ、いかがいたしましょうか?」

「ああ。そうだな。王家としても迅速な展開をお前たちにはしてもらいたいと思っている。他の貴族たちがまとまった出資をしている以上我々からの出資はそう要らないかもしれない。だがそれでも王家としてはこの事業は必ず成功させてほしい。金貨6000枚は出資させてもらう。それで良いな?」


 むぅ。こう来たか。資金はあればあるだけ良い。しかし、出されている金額が多ければ多いほどその出資者の意向は無視できなくなる。本当のところ多数の貴族にそこそこ出してもらった上でお互いけん制して貰いあって、こっちの方の口出しをさせない方向に持っていきたかったが。


 多くの資金を出したうえで俺の事業に対するプレゼンスを持ちたいということか。……少なくともリュシオール家と王家は関係性は良い。であるなら悪い様にならないとも考えられる。しかしどうなるか解らない謀略渦巻く貴族社会だ。懸念があるなら解消しておいた方がよかろう。


「老婆心ながら……。この事業に必要な資金と言うのはほぼ他の出資者様たちのお引き立てによって目途が立ちました。よって殿下並びに陛下にご出資頂きたいのはその4分の1。金貨1500枚で充分でございます。無礼を承知で申し上げますとこの事業は必要以上の金があっても成功するとは限りません。その際、陛下の恩賜の資金を無駄に散らす事にもなります。そのリスクも勘案すると必要以上の金をお預かりするわけには参りません。」

「投資とはリスクを背負う物であろう。そこはお前が気にすることでも無いと思うが?」

「いえ。この投資は貸付ではありません故、事業に失敗し清算に至った場合、国家の規模からみれば微々たるものかもしれませんが国庫に小さくない穴を開けることになってしまいます。それだけは避けたい故出資はなるべく抑えて頂きたく存じます。」


 あくまでも王家を慮ったという体で出資金額を減らしてもらう方向だ。ホイホイと欲をかいて出資を受けた結果王家の言いなりという末路は流石に嫌だからな。この世界でも出資した金額が多いやつがより多くくちばしを挟めるというのは変わらんようだし。


「わかった。そこまで言うのであればお前の言う事も聞いてみよう。だがそれでも金貨2000枚は出資させてもらう。これはお前たちに仕事をさせる以上我ら王家が負う責任である。またお前たちが負うべき責任の重さでもある。これを受け入れられないのであれば出資自体を取りやめる。また国家としての通信も利用することは無い。」


 最後通牒か。まぁ、良い。落としどころだろう。どうしても気になるなら出資者を追加で探して王家の出資比率を下げるなりすればいいだろう。


「承知しました殿下。ではその通り出資を謹んでお受けいたします。」


 かくして、俺たちは事業拡大の資金を手にするに至った。


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・現在の出資金額

既存部分:金貨610枚

新規部分:金貨7230枚(うち王家出資分:金貨2000枚)

合計:金貨7840枚

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