第27話 冬支度

 初雪が舞う頃になった。この世界はまだまだ気候は温暖化しておらず、冬は寒いし長い。前世世界のヨーロッパもそんなもんだったかもしれないが、俺がまだ日本で生きていた時は雪が積もるなんてことはあまりなくなっていたから長い冬というのは初めてである。北日本に住んでいたことは無いからな。


 防寒着を着込んでやって来たのは王都の少しばかり外れ。地上に設置された腕木機構を見ながら感慨にふけっていた。


「とりあえず試作品が出来上がったからお見せするよ。多分うまくいくはずだ。」

「ありがとうございます。これで僕たちの事業にも弾みが付きます。」


 やりたかった事が一つ、完成目前である。早速試験開始だ。


 今回は腕木機構を2組用意できなかったから片道でやる。手順はまずこっちからセマフォアで送信した後、従来型の手旗で返信してもらう方式だ。直接読み取ったメモ書きを持ってきてもらうというのも一つの手だがまどろっこしいのでこれで良い。今回はセマフォアが手旗と同様に使えることが確かめるだけだから。


「じゃあ、早速送信してみるよ。アルフォンス君、まずは手旗信号をお願い。」

「はい。ローランさん。」


 受信用意の手旗を数キロメートル先の相手に向けて送信する。俺が手旗を使うのは久方ぶりだ。通信の実務に関しては他人に任せていたからな。


 準備完了の手旗が返ってくる。それを見て俺はローランに合図を出した。


 腕木機構が小さな軽い音を立てながら滑らかに動き出す。思ったよりも良く出来て居る。想像以上だ。


 あらかじめローランと受信側に文字と腕木の対応表は渡してあるからもうこれで具体的な内容の送信はされているはずだ。


 いくらか送信を行った後、機構は初期の姿勢に戻った。


「とりあえず送信の方は無事に終わったよ。後は向こう側でどう見えているかだね。」

「ええ。早速見てみます。」


 今度はさっきとは反対に準備完了の手旗を送信して、望遠鏡を覗き込む。


 よどみなく手旗が返ってくる。見事だ。普段の仕事ぶりもしっかりと見えて何よりだ。


 返信の内容は”積極的であれ、型破りであれ。”だった。なんだか、かのビックテックを思い起こさせる言葉である。だが良い言葉だ。と、そういうんじゃないな、これは。今やってるのはテストなんで。


「えっと、返信は”積極的であれ、型破りであれ。”でした。合ってますかこれ?」

「うん。一言一句間違いない。これは成功、と言えるのではないかな。」

「ですね。」


 ここまで来るのにも結構手間暇と時間がかかっていたから喜びもひとしおである。最も今回俺は他人に任せていたところが多いから一番喜んだりするのもなんか変な話であるが。まあ喜びと言うのは分かち合いたいものだ。


「それじゃあ、早速本格的な部品の生産をお願いします。資金と資材の手配は事務所の方に請求しておいて下さい。」

「承知した。冬の間に出来る限りやっておくよ。」


 これで後は春を待つだけだ。そして、冬の間に出来ることをめいっぱいやっておくことにしよう。事業の事にしろ学院の事にしろ。


--------


 ところ変わって、新聞クラブ部室。記事を書きながら俺は思案を巡らせていた。


 この冬の間に何をすべきか。既に通信線の構築は一応完了している。いまから新規の整備の必要は無い。それに雪が降るから根本的に難しくなる。そもそも、セマフォア……腕木機構に改良する予定が既にあるのだからわざわざ手旗のラインを今から追加する意味合いもあるまい。


 となると、通信能力を活用した新事業か……?前々からやろうと思ってた新聞なんかが行けるかもしれないな。活版印刷機を追加で作って貰って各都市に印刷所を構えて、みたいなのも悪くない。学生新聞づくりで多少なりとも作り方は解ってきてはいるし。そうなると記者を集めるとかそういうのが必要になるな。これなら冬の間にもできそうだ。ただ、本格始動はセマフォアの整備完了を待ちそうだが。手旗でやるにはちとキツイ気がする。より簡素な学生新聞を件の貴族に送るでもそんなに簡単でも無いのに。まあ急ぐわけじゃないからこれはおいおいやれば良い。


 となると……あとはどういう事が出来るかな……うーむ。迷いどころだ。


「おい、アルフォンス。」

「ああ、マティアス。何かな?」

「何かな、じゃない。さっきから何度も話しかけていたんだぞ。」

「ごめんごめん。考え事してて。」

「まあいい。お前がクラブを留守にしている間にあった事だが、先生から新聞クラブ全員で冬期休暇中に合宿に行かないかというお誘いがあった。」

「……どういう風の吹き回しだろうか。」

「知らん。だが先生のお誘いだ。断るわけにもいかないから承諾した。だからお前も準備をしておけ。必要な物はここにメモしてある。」


 マティアスは一枚のメモ紙を手渡して来た。


「解った。ところで外泊許可とかの諸々って……?」

「無論先生がやってくれている。心配はいらない。」

「だよね。」


 ジャンヌがその辺りでぬかるなんてことはあろうはずが無いからな。あれだけしっかりしている子が。


 しかし、いきなり合宿とはどういう事だろうか。いまいちよく解らんな……。まぁジャンヌの事だ。何か俺では思いつかんような思惑があるんだろう。また、俺たちの不利益になんかならないようにもしてくれているはずだ。気楽に行ってみるか。


「ところで合宿地ってどこだろう、そして何をするんだろうか。」

「俺が聞いているのはグランノール公爵領でやる、という事だけだ。そして何をするかは到着してからのお楽しみだとしか言っていなかった。」


 おおう。そう来たか。軍隊式の訓練じゃありませんよーに。間違っても”目の輝き不備”とは言われませんよーに。


「……まぁ、俺はグランノール公爵領に行ったことがあるが、良いところだ。悪いようにはなるまい。」

「そうだね。まぁ、楽しみにしておくことにするよ。」


 もしかしたらグランノール公爵にも会う機会があるかもしれんな。一応そのためにも準備はやっておくか。何かビジネスチャンスをつかめるかもしれないからな。

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