中学生の俺とお前

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 小学校から中学校て大体メンツ同じやん。学区内っちゅうか、ちょっと範囲広がっとるけどまあ知ってる顔ばっかやなて雰囲気あるやん。ほんでこれ、あれあいつおらへんなってこともあるやん。小学校から中学校になるタイミングで引っ越したとかそういうやつ。俺がまさにそういうやつやったから、通い始めた中学校に知ってるやつおらへんかった。

 教室で初めて点呼された時、何人かにちらっと見られた。鷹島実たかしまみのるぅ〜、てぼけた声でほぼ爺さんの担任が呼んで、何そいつ知らんねんけどって視線浴びてもうた。せやけどそんなんはええねん。自分で言うけど陽キャやからめっちゃすぐ馴染めたわ。俺あの辺の市から来たんやわーって隣のやつに話し掛けて、休み時間に近くの席のやつらと喋って、一ヶ月もしたら鷹島って小学校ん時からおるよな? みたいな空気感が出来とった。

 ほんでこの速攻馴染んだ俺は、この馴染みを中三になった時にほぼ自分で壊しに行った。

 初めて見てん、あんなやつ。二個下の後輩で、ネジのぶっ飛んだことしでかしたやつ。

 永崎洸太ながさきこうた

 俺は同級生やら怪我人やら被害者やら先生も親もほっといて、永崎一人を選んでもうた。

 

 中三のゴールデンウィーク明けやった。また学校始まってもうたやんってみんな世間話しとって、ゴールデンウィーク中にどこ行ったかとか宿題写させてやとか今日体育あるんやっけとか、まあ平和な空気で朝から過ごしてこのままなんもあらへんまんま放課後になって帰るんやろなあ思うてた。

 昼休み、俺はグループの輪から外れて廊下に出た。月曜日やってん。ジャンプ読まなあかんかった。せやけどみんなおるとこで読んだら俺にも私にもて取られたりするし静かなとこで一人で卍解の練習とかしたかった。卍解言うのは斬魄刀(BLEACHの中に出てくるめっちゃ強い刀な)の能力を解放して攻撃するめっちゃオシャレな技やって、俺は誰かに説明したりすることなんて一生あらへんと思うてたしむしろめっちゃ有名な漫画なんやからわざわざ聞いてくるやつがおるわけなかったんやけど、俺黒崎一護やなくて朽木ルキアとか阿散井恋次とかやったんよ。

 主人公やなくて、相方とかそういうやつ。

 人のおらん階段の方に行こうと思て二階にある渡り廊下を呑気に歩き始めた俺やけど、結局目的地にはいけへんかった。渡り廊下の真ん中あたりで悲鳴が聞こえて、なんやなんやどうしてんって柵の上から下を見た。ちょうど学校の敷地を横切る感じで廊下があって、真下は昼下がりの中庭や。生徒が何人もおった。せやけどいつもは人がたむろしとる椅子と机には誰も座ってへん。みんな校舎の壁側に寄っとった。なんなん? と思うとる間にまた悲鳴があって、今度は俺の後ろから聞こえた。好奇心のまんま逆側の柵を覗く。中庭が途切れとって、奥には資材置き場みたいなもんがあった。おもに最近改築しとるらしい家庭科室のために業者が使とるようわからん一角や。そこの前に三人倒れとった。よう見たらそいつらには見覚えあった。所謂不良、金髪とか茶髪とかにしとる田舎のヤンキー。三人とも倒れたまんま動かんかった。

 もう何が何かわからんかったけど最後の悲鳴がまた後ろから聞こえてきて俺は中庭をもう一回見下ろした。

 そんで、やっと初めて全部の元凶を視界に入れた。

 左腕からだらだら血ぃ流しながら、昇降口に向かってよろよろ歩いとる男子生徒がおった。みんなそいつを避けてたしよう見たら血ぃ流してへん方の手には鉄パイプみたいなもん持っとった。資材置き場にあったやつやろう。あれで倒れとる三人組どついたんか。なんであいつも怪我してんねん。

 というかむしろ……。

「誰やあれ」

 つい口に出した。俺の隣で同じとこ見とった女子生徒が、

「永崎くん……」

 て俺に答えたような独り言のような、でもとりあえずあいつを知っとる声で言うた。永崎。知らんやつや。そう思いながらふらふら歩く永崎見てたら不意にあいつはその場所にぶっ倒れた。血とか足りんようになりかけてたんやろう。三人組と喧嘩とかしたんやったら、永崎は永崎で腕以外にも負傷しとるんかもしれへん。元凶が倒れたからかざわつきが静まって、せやけど誰も永崎に近寄る雰囲気なんかあらへんかったし、教師すら異様な空気に飲まれたみたいで棒立ちのまま永崎を見とるだけやった。そんな空気感の中で俺の足が渡り廊下の柵にかかったんは無意識やったし善意は多分あらへんかった。

 中庭に向かって飛び降りながら俺はアホみたいに、いやアホやからこそ、興奮してた。急に動いた俺にはめっちゃ視線が集まってきてこの瞬間だけは主人公やったけど、なんとか着地してその勢いのまんま走り出して、倒れとる永崎のとこまで行ったところでソッコー主人公交代させてもろた。

 こんなにメイン張れるようなやつ他におらへんやろって、倒れとる永崎見ながら思ってもうた。

 しゃがんで覗き込んだら目が合った。永崎は無表情やったけども意識は全然しっかりしとって、俺の胸元の名札を確認した。たかしま、って声に出してからにやっと笑った。

「先輩すか」

「おお、三年生や。お前永崎?」

「はい」

「救急車呼ぶ?」

「先生が呼んだんちゃいますか」

 永崎の見立ては合うとった。救急車の音が聞こえてきて、救急隊員と呼んだらしい養護教諭が走ってきて、俺は下がれって言われたけども永崎が俺の制服掴んで離さんかったから、一緒に行くことになってもうた。

 救急車の中で処置されながら永崎は俺に聞いた。なんで話し掛けに来たんですか鷹島先輩。そんなん決まっとるやん。なんですか。何があったか聞きたかってん。なんでですか。なんでって、びっくりしたから。俺の怪我にですか。いやちゃうよ。

「誰もお前に話し掛けに行かれへんかったやん。思いっ切り怪我しとるし思いっ切り事件やのに、中庭におるやつすら近付かんのおかしいやろ。せやったら俺がもらうわって思うてん。お前みたいな振り切っとる他におらんようなやつ、色々話聞きたいに決まってるやろ、永崎、何があって何したん?」

 永崎は何度か眠そうになんやったら半分死にそうにまばたきしてから、こんなとこで死ぬわけないやろと牽制するみたいにギラついとる両目を俺に向けた。つい身構えた。せやけど永崎はまったくもってどうでもええ話から入り始めた。

「先輩、下の名前なんですか」

 話の内容変わりすぎて返事すんの遅れた間に救急車は病院に辿り着いとって、俺は永崎が相変わらず離さへんっちゅうかこの人もって指定したもんやから、一緒に病院の中まで入って永崎の処置が終わるんを待つ羽目になってもうた。

 人生でこの先何が起こったとしてもここがめちゃくちゃ分水嶺や。

 病院の待ち合い室でぼーっと座りながら俺は、まるで違うもんになりそうな生活について考えとった。スマホ見たら色んなやつからメッセージ飛んできてたけど病院やし返信せんと電源落とした。薬品の臭いっちゅうか、清潔な白い臭いが常にした。額に冷却シート貼った子供がおかんに手ぇ引かれて帰って行った。じいさんやらばあさんやらが寄り集まって世間話しとった。車椅子に乗せられて点滴引きずってる入院患者が青白い顔でエレベーターを待っとった。俺は場違いやったけどここにいるしかあらへんかった。

 腕を固定された永崎が俺のとこに歩いて来たんは二時間くらい後やった。

「鷹島先輩、お待たせしました」

「鷹島実や」

 やっとフルネーム名乗ったら永崎はぱちくりまばたきして、そういやこいつ中一やし前まで小学生のガキやったんよなと不意に気付いてちょっと笑てもうた。背も俺より低いし顔も成長期まだですって雰囲気あるわ。

 そんなこと考えとったら永崎は頭下げた。

「永崎洸太です」

 丁寧に名乗ってから顔上げて、明日から学校で会いに行ってええですかって聞いてきた。あかん言うたらほんまに来おへんやろなとわかるくらいに礼儀正しい姿見せられて、俺はこいつと関わるためには頷く道しかなかってん。

 永崎は嬉しそうにしてからやっと何があったか話し始めた。

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