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「小林に会うたんですか」
昼休みの階段下でさっそく永崎が話題に出した。どうも小林から聞いたらしい。幼馴染やのに苗字で呼び合ってんねんなあて、どうでもええ感想から言うたら永崎は頷いた。
「おれがそうしてくれ言うたんです」
「はあ、なんでや?」
「洸太と雛乃って呼び合うとったら、知り合いなん丸わかりやから」
幼馴染でしかも小林は女の子やから、まあなんか永崎としては気ぃ遣ったつもりみたいやった。せやけど小林が不服そうなんは五分くらい話しただけでようわかった。
何時間か前のここ、階段下での会話を思い出す。
「鷹島先輩は、なんでわざわざ飛び降りてまで永崎くんのとこ行ったんですか」
渡り廊下で隣におったんを小林もわかっとった。
「私は行かれへんかったのに」
そう言いながら眉寄せた顔見て、まあ女の子やしなあと思うたけどちゃうかったんや。永崎に学校ではあんま関わんなって言われとったんやろう。そうやなかったら渡り廊下から飛び降りはせんくても、下までダッシュで向かうくらいはしたんかもしれへんかった。
小林の顔はずっと険しかった。ほんまのこと言うても適当に流しても怒りそうやった。肩くらいまで伸びとる黒髪が似合う大人しそうな女の子やのに、中身が苛烈な声色してた。
せやから客観的な事実だけ話すことにした。
「めっちゃ簡単に説明するんやったら、誰も行かんかったから気になって行った」
みんな永崎に近寄れへん。幼馴染の小林すら、本人にちょっと牽制されてもうてる。
俺はなんで永崎がそんな遠巻きにされとるんかほんまに知らんかった。なんせ中一のときに転校してきて、みんな禁句みたいに永崎家について話さんかった。
小林はとりあえずは納得したんか、キレかけとる空気を和らげた。
「変な企みとかあって永崎くんに近付いたんちゃうなら、別にいいです」
「企みて。俺見たまんまただの中学生やで」
「ここにいるやつ大体みんなそうやん」
「そらそうやけど」
「ムカついてもいてんけど、永崎くんが鷹島先輩の話したら嬉しそうやったから、騙されてたらあかんなって」
過保護な親みたいやなと思って、あーせやけどそんな感じやったんかもってひらめいた。永崎より一個上やしお姉さんみたいな感じでずっと永崎の世話しとったんかもしれへんなとなんとなく理解した。昔っから噂のカス親父が永崎の扱い酷いんやったら、幼馴染な小林の家に駆け込んだりとかしたんかもしれへんて想像もできた。
小林はぺこっと頭下げたあとにどっか行った。よく考えたらあの子ふつうに一時間目サボっとるやん思たけど、わざわざ階段下にいた理由もわからへんし考えるんはとりあえず止めた。
隣におる永崎を見る。値札ついたパン齧ってて、親が弁当とかぜんぜん作ってくれへんの丸わかりやった。俺はおかん特製の弁当広げてから永崎の肩つついた。顔上げたかわええ後輩に品数豊富な弁当見せて、どれが好きか聞いてみた。
「おれ、食えたらなんでも好きです」
「めっちゃええやん、ほなひとまず唐揚げ一個食え」
「え、くれるんですか」
「おー、ほら口開けろ」
永崎は遠慮せんとぱかっと大人しく口開ける。唐揚げ一個放り込んで、もぐもぐしとる様子見てから米も食わせようと箸で割る。どうやって食わせよと悩んでからもう箸と弁当箱両方渡した。こっちの分けたとこお前食え。お互いの取り分説明したら、永崎は迷ったような動きしながら箸持った。すんません、とか言いながら俺の弁当食い始める様子はめっちゃ後輩って感じした。
あー小林の気持ちもわかるなあとしみじみした。
永崎って基本的には純朴っちゅうか、なんや懐いてきたかわええ野良犬みたいな雰囲気あんねん。つい気になる。デカなって立派になる成長型主人公やねんなって俺は納得する。そのためやったら弁当くらいなんぼでもやるわ。ぱくぱく白米食うとる横顔見ながらそう思う。
弁当はおかんに頼んで量増やしてもろた。一回りデカい弁当箱に変えてもろて、米多めにしてもろて、昼休みに永崎に食わせた。なんやめちゃくちゃ平和やった。不良三人組を鉄パイプでぶん殴った時みたいな、劇的なことなんてそう起こらんもんやなあと当たり前やけど納得しとった。
せやけど俺にとっては非日常やけど永崎にとっては日常的なもんはあった。
帰り道、俺も永崎も部活とかまともに行ってへんから一緒に帰るようになっとった。俺は自転車、永崎は徒歩、分かれ道までは自転車押しながら並んで歩いた。国語で習わされとる漢字があんま覚えられん話を永崎はした。読めはするからテストやと書きが全滅で読みは完璧らしかった。
「すごいやん。俺どっちも普通くらいやで……あーいや、やっぱ読みのほうがええかもしれん。漫画にそこそこ難しい漢字出てくるからそこで覚えたんかも」
「鷹島先輩、漫画好きなんですか」
「おお、好きや。お小遣い全部漫画に消えとる」
「おれも読んでみたい」
「せやったらなんか貸したるわ、どんなやつがええ? 少年漫画も少女漫画もようわからん漫画も持っとるで、真夜中の弥次さん喜多さんみたいなやつ」
「おれ、どんな漫画読みそうですか」
聞かれて悩んだ。そもそも永崎って口ぶり的に漫画読んだことほぼあらへんのちゃうかて思た。漫画だけやなくて本ってやつ、小説も図鑑も参考書も絵本も、なんもかんも読んでこんかったんちゃうかって。
俺が止まっとる間に永崎はふっと顔上げたかと思たら、
「先輩、ここで待ってて」
短く言うてから俺の自転車のかごに自分の鞄乗せた。そんで歩いてった。動きが色々唐突で追い付かんくて、後ろ姿を半分ぽかんとしながら見送った。
俺らは左が土手、その下が川、右がよくわからん雑木林と合間に畑っちゅう、めちゃくちゃ牧歌的で田舎なあぜ道歩いてたんやけど、道の先に同じ中学の学ラン二人組が立っとった。
そいつらの片割れが、永崎がボコった不良三人組の中の一人やとは偉いもんで気が付けた。
学ラン二人組がお前ほんまぶっ殺すぞて威勢よう言うて、永崎に突進するように向かってきた。友達の仇みたいなやつやと俺にもわかった。そういうんほんまにあるんやなとまで思た。走ってくる二人組見ながら永崎は静かに構えて、軽く腰を落とした。綺麗な姿勢やった。あ、カスの親父有段者やっけ、と思い出してまう形やった。多分見て覚えたんや。それからやられまくって覚えたんや。永崎は不良の雑なストレートパンチをあっさり避けてなんも遠慮せんと下腹に膝をぶち込んだ。その動きも迷いがあらへんかったし慣れた雰囲気が見て取れた。こうやって暴力が暴力呼んでまた暴力するって流れが永崎の日常なんやとはっきりわかった。
びちゃっ、て音は無駄によう聞こえた。不良は胃液とか食うたもん吐いて膝ついて、永崎は後頭部にふつうに踵落としした。もう一人の不良は土手の方に逃げとった。すでに一回永崎に鉄パイプでぶん殴られとる側やったから、逃げる気持ちはようわかった。
永崎は振り向いた。
「すんません、待たせました」
笑いながら俺のとこに戻ってきて、なんもなかったように自分の鞄持った。
「おれに合いそうな漫画、なんでした?」
更になんもなかったように聞いてくるけどあんま頭動かんかった。
ほんま恥ずかしいっちゅうか、アホっちゅうか、俺おかしなったんやなって話やけども、高揚し過ぎてどうもならんかった。
俺の主人公はお前で間違いないわって改めて確認できた気持ちで、せやけど同時にふと思た。
永崎は小林のことは迷惑かけるからて距離置かせてるけども、俺のことはなんも関係なしにこうやって喧嘩とか暴力ふるうときも近くにおるままなんやって。
それがなんでなんか性別の差なんか性格の差なんか、中学の時の俺には予想をつけられへんかった。
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