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 そもそも不良三人組が永崎に絡んできたらしい。ちゅうか話聞いたらあーあいつらね、と俺の方もピンと来た。うちの中学校におる不良生徒の中でも有名な三人組や。けっこう典型的なおもんない不良で、ヤンキー漫画やったら一話目に出てきてなんも知らんとめっちゃ強い主人公に手ぇ出してボッコボコにされそうな奴らやった。

 むしろほんまにこの通りやったみたいで、

「金渡せやって絡まれたんで、殺したろ思うて鉄パイプで殴りました」

 永崎はふつうの顔してこう言うた。

 病院で話すんもちょっと際どい話題やったから永崎連れて外に出た。迎えとか来るんか聞いたら無言で首振られて、ほなええかと並んでバス停の方に歩き始めた。スマホ出して確認したけどもう授業にも間に合わん時間やった。そういや教師誰も同乗せんかったんかと今更思うて、でも不良三人組も救急車でここまで来たかと思い付いて、そっちのが重症なんかもなあと腕以外はなんともなさそうな顔の永崎見下ろしながら考えた。

 ぶらぶら歩きながら詳細聞いた。まず三人組が一人でおった永崎囲んで金くれやて言い出した。永崎は殺したろ思うて資材置き場の方まで逃げるふりして武器探しに行った。鉄パイプあったからそれにした。せやけど三対一やしなんか隙が欲しいな思て、尖った木材で自分の腕をまず刺した。

「えっそれ自分でやったん」

「はい、痛かったです」

 永崎は吊られとる腕をちょっと上げてからもうしませんとか今更言う。

「いやいや、まあ、せん方がええとは思うけどもやな」

「隙はめっちゃできましたよ。三人ともポカーンって顔で動かんようなったから、簡単にぶん殴れました」

「その図はちょっとおもろそうやん。ヤンキー漫画みたいや」

「漫画」

 急な鸚鵡返しになんやなんやと思うたけども、

「鷹島先輩ておれのこと知らんかったんですか」

 さらなる急さに一秒困った。

「え、知らんけど」

「やっぱそうなんや」

「なんやねん、お前有名人なん?」

「おれというより、親父が有名人なんちゃいますかね」

「お父さんすごい人なんか?」

「はい、クズの極みです」

 永崎は話す。永崎の親父がどんくらいすごいクズの極みなんかを話す。まあまずこの辺の地域では有名な酒カス暴力親父で、これまたテンプレートなクソ親やんけと思うたけどもなんでも柔道か空手かなんかの黒帯有段者なもんやから、強すぎて町内会とかも見ざる聞かざる言わざる状態らしい。なんも知らんと顔と強さに惚れて結婚した嫁、つまり永崎のお母さんも今はほぼそうなってもうとる。永崎を妊娠した時にしこたま殴られたそうなんやけど堕胎もせんと産み落として、その結果が今のこの状態。

 カスの親父は永崎を家には置いとるし諸々の金は出しとるものの、身近にサンドバッグが出来て良かったわくらいの感覚でめっちゃ虐げてくるらしい。

 あんまりにもふつうの顔でここまで話された。いつの間にかけっこう暗くなっとって、遠くの山の青い葉っぱが黒かった。風が吹いて永崎のぜんぜん切ってへん長い前髪が持ち上がった。整った横顔は今聞いたばっかの話の納得感みたいなもんをふたつの意味で強めてた。おかんがおとんの顔に惚れたって話と、虐待されとるって話。永崎は多分親父似なんや。髪で隠れてた眉毛の端の辺りには、ぶつけて切ったみたいな痕が残ってた。

「逃げへんの?」

 うっかり聞いてもうたら永崎は目ぇ細めて笑ってから、

「あいつ殺すまで逃げん」

 それはそれはまったく軽い口振りで言うてきた。せやから俺はこの時に完璧に決めた。

 俺の見つけた主人公の人生を一番近いとこでずっと見せてもらおうって、中三のガキやったし未来も何もかんもを無根拠に大丈夫やとか思うとったから決めてもうた。


 まあでも、決めへんかっても俺の行く末はそんな変わらんかったやろうな。


 次の日に永崎とジャンプのこと考えながら登校して、隣の席のやつにおはよーさんて声かけたらヒッて言われた。えっなんなん? と思うとる間にそいつはさっさと逃げてって、いつも話す北河やら花井やらに声かけてみたらほんまごめんて謝りながらどっか行った。俺は教室の中見渡した。みんななんも喋らんと俺のことじっと見て、その視線の色に俺は気付いた。

 怖がられてた。関わったらあかんて思われてた。いじめたいとかハブりたいとかちゃうかった。みんな自分やら自分の大事な友達やらを守りたいって目ぇしてた。

「鷹島先輩、おはようございます」

 俺が呆然と立ってたら元凶が話し掛けてきた。永崎はクラスの前の扉から顔出して俺に頭下げてきた。近くまで行った。そん時にそば通ったクラスメイトが息呑んだ音聞いてもた。永崎は前に立ったら頭上げて無表情に見上げてきた。

「永崎……」

「はい」

 万が一こいつと離れて元の中学生活に戻るんやったらここが最後のポイントやったと思う。クラスん中ちらっと見たらまだみんな怯えとって、昨日聞いた話はマジの本気のほんまなんやなって納得する。俺は中学から引っ越してきたから何も知らんかったんや。永崎家の親父が本物すぎて、先生すら近寄れんかったし、誰も口に出されへんかったんや。

 その息子な永崎洸太もネジの飛んどる人間やってことを、わかってるやつは多かったんや。

「ここ、三年のクラスしかないフロアなんやし、来にくない?」

「いえ、別に」

「三年の俺が一年のとこ行くのも変やし、待ち合わせるとこ、決めてもええか」

 永崎は黒目動かさんままでまばたきだけした。考える時の癖みたいやった。クラスメイトらがしんとして見守っとった。ここに来んといてくれっていう強い念をめっちゃ感じた。

 でもそんなん別にどうでもええ念やった。俺はクラスメイトが怖がっとるからやなくて、永崎と二人でのんびり話せるほうがええなと思たから待ち合わせ場所決めたかった。永崎だけ選んでた。その覚悟みたいなもんが一応あった。モブのクラスメイトより、主人公が大事なんは当たり前のことやった。

 待ち合わせ場所は人通り少ない屋上前の階段で決まった。これはせめてもの優しさなんやけど、クラスメイトに聞こえるように約束しといた。あいつら落ち合いよるから近付くなって噂しといてくれと思うた。実際にしといてくれた。

 俺が永崎と屋上前の階段で会うようになってから、そのへんの人通りがえげつないくらい目減りした。

 永崎は指定した昼休みに、絶対階段まで来るようになった。

「お前さあ、友達みたいなやつ俺以外におらへんの」

 階段に並んで持ち込み禁止のお菓子食いながら聞いた。

「友達はいません」

 とか、なんとなく含みある言い方された。そん時はふーん? で流してもうたけど六月に入ってから俺は知った。


 梅雨入りして雨ばっかの時やった。寝坊して遅刻したから一時間目飛ばしたろ思うて、いつもの屋上前の階段まで発売日のマガジン片手に向かって行った。

 先客がおった。永崎かと思たけど、女子生徒やった。その子は俺見てはじめはびっくりしたみたいやったけど、急に目つき鋭くして睨んできた。

「鷹島実先輩?」

「え? おん、そやけど」

「永崎くんが、お世話になってます」

 めっちゃ臨戦態勢やってわかった。俺は困ってもうて返事できんかったけど、その子は自分で名乗り始めた。

 小林雛乃こばやしひなの、二年生。永崎を園児の頃から知ってて仲良うしとる、近所の幼馴染の女の子。

 あっ、と思うた。

 永崎が不良三人ボコって倒れたあの日、俺の隣で永崎の名前呟いとった女の子やってここで気付いて繋がった。


 小林は明らかに永崎のことが好きやった。

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