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永崎はそれからもちょいちょい喧嘩売られてあっさり買うた。大人数相手やと不良三人組の時みたいにキツいらしくて怪我しとる日もあったけど、擦り傷青あざ切り傷になんも思わんみたいでいつでもフラットな顔してた。
俺は永崎に貸す漫画に困ってた。ジャンプ漫画……とは思うたけども、言われたことが気になった。おれに合いそうな漫画なんでした。正直なところ思い付かん。どんなん読みたいんかもわからんし、ヤンキー漫画とか逆に貸されへんやんか。
その間にもう夏休みや。宿題最悪毎日暑い。行きたい高校も勉強せんでどうにかなるとこにするから夏期講習とかもまあいかへん。つまり暇。永崎もそうみたいで週に三、四回は会うとった。
その中の一回には小林雛乃ちゃんが混じってた。
どこにおっても暑いけどエアコンつけっぱなしにさせてくれたから家にいる日が多かって、永崎もカスの親父がおる家にはおりたないやろ思うて大体は俺の家に呼んでリビングでだらだら過ごしてた。そん時に小林が来た。ピンポン鳴って「おー永崎来たか」とか言いながら玄関開けたらすんませんって顔しとる永崎と開幕から不機嫌な小林が並んで立ってて、一瞬扉閉めたろかなと思た。
俺は少女漫画も読む。少女漫画って大体は恋愛漫画や。そっち主題ちゃうかってもヒロインとヒーローの関係の進展はまあ挟まる。キスシーンとかあるしちょっと大人なやつやったらこれ朝チュンやなてわかる流れとかもある。そんな感じやった。永崎のヒロインてやっぱ小林なんやなと理解しつつ、俺傍観者やねんから連れてこんでええねんてともちょっと思うた。
「鷹島先輩、ご無沙汰してます」
小林はご無沙汰言うよりはご無礼しやがってて言いたそうに入ってきた。むこうぶちやんけと思いながらしゃあないから招き入れて、俺の部屋に通すんはあかん気がしてリビングに通した。
誰もおらんくて良かった。おかんおったら女の子の小林見てニッコニコやったやろうし、なんて言い訳したらええかわからんかった。二人にはとりあえずソファーに座らせた。横並びで三人がけのやつ。永崎挟んで座ったけども空気がまあまあ重かった。
耐えられんようなって、ほんますんませんて顔の永崎の二の腕を軽く叩いた。
「彼女連れてくんなて」
「いや小林は彼女ちゃいます、幼馴染」
「幼馴染です」
小林の鋭い声が挟まる。待ってや今小林さんの肩持ち気味に話してんねんてとそこそこ焦った。あかん、女の子てほんまに扱い方わからん。俺は困りながら「せやけどなあ」って口にして、
「幼馴染ヒロインとかは王道やねん。お前やってそのうち小林さんの存在のありがたさみたいなもんに気付く展開あるかもしれへんやろうが」
混ぜっ返しとこうとテンプレを話した。永崎は時間かけて飲み込むみたいなまばたきを二回した。
「そういう漫画、けっこうあるんですか」
「あるある、超有名作のタッチやってヒロイン幼馴染やし。おやすみプンプンやってそうや、あれはまたちょっとラブコメとはちゃう気はするけども」
「鷹島先輩はどれなんですか?」
「ん? おすすめの幼馴染ヒロインか?」
「ちゃいます。鷹島先輩は漫画やと、なんなんですか」
今度は俺が止まってもうた。俺を漫画のキャラにたとえるなら? 考えたことあらへんかった。そんな必要もまったくなかった。
なんせ俺は読者やねんから、漫画の中に存在するわけないやんけ。
ぜんぜんたとえられんくて無言になっとったら永崎の向こう側から溜め息聞こえて来た。
「私からするとほんまにライバルキャラですよ」
小林にそう言われて、
「いやそれは俺に期待し過ぎなんちゃう」
つい反論したら永崎越しに目え合った。怒っとるかと思うたらそんなことなくて、小林は目え丸くして俺をじっと見つめて、
「すみませんでした」
急に謝ってきたからもうここでほんまになんもわからんようになった。
空気変えなあかんと感じて永崎と小林の付き合いの長さについて聞いた。永崎は口ごもったけど、小林が全部説明してくれた。永崎の家は本人が言うように親父がヤバくて有名で、せやけど小林はたまたまご近所さんやったから一つ年下とはいえ保育園が一緒やし永崎はちらほら家から締め出されて玄関におったしで、可哀想に思た小林の親御さんがちょいちょい家に入れてあげてた。
「ええ親御さんやん」
「はい、せやけど善って曇る時は一瞬やったりするんです」
小林はにこっと笑ってから自分のお母さんの話した。永崎のことはいつも疲れた顔の永崎母が迎えに来てたけど、ある日なんでか親父の方が顔出した。そこから毎回、そっちが来るようになった。小林は小学生二年生で永崎は小学一年生の時やった。永崎家の問題もそれとなく和らいだんやろかと小林は思うてほっとしたけどぜんぜん違うかった。
「おれの親父、小林のお母さんとデキてもたんですよ」
小林から話引き継いだ永崎の口調は淡々としてた。
「まあ、せやけど、……あの人らがそういう関係になっとる間、おれが親父にあんま殴られたりせんかったんは、事実です。小林にはほんま迷惑かけました」
「私別に迷惑とか」
「親父と小林のお母さんが別れたあと、小林のお母さん入院してもうたやん。親父に酷い扱いされてたんやろ、聞かんでもわかる」
「それは……そうやけど、でも洸太」
「おれのおかんやって見んふりしてて、入院したて聞いてもせやろなあ、って顔しただけやった。それに、手え出されたん小林のお母さんだけちゃうし。知らん女が家におったこと何回もある」
どろついてて深みの底のない話やった。俺がほんまに聞いてええ話なんかと思いつつ、悪趣味が極まった作者が作った主人公なんか永崎はって気持ちがあって、そんなやつが親父殺すまで逃げんなんて言うてる現実が目の前にあることになんとも言えん震えが起きた。泥ん中に巻き込まれる前に俺逃げたほうがええんちゃう。そういう震え方やった。
「……永崎」
「ん、はい」
「とりあえず、ボボボーボ・ボーボボ貸したるわ」
小林が噴き出して、永崎はきょとんとした。
「ボボ……? なんの漫画ですか、それ」
「ギャグ漫画や。鼻毛で攻撃したりところてんが動いて喋ってたりするねん」
「ところてん、食うたことないです」
「ボーボボ読んだら食わんでええかって思うかもしれんけど、永崎お前はようわからん頭空っぽで読めるやつ読んだほうがええ気ぃするわ」
そうと決まれば早かった。俺は二人を残して一旦自分の部屋に戻って、ボーボボの最初の五巻を袋に突っ込んでからリビングに戻った。なんぼ脳死で読めるギャグ漫画でも相性はある。五巻であかんかったらすごいよマサルさんか吸血鬼すぐ死ぬか麻雀わからんかってもなぜか読めるムダヅモなき戦いでも持って来たるわ。そう言いながら永崎の膝にボーボボ五巻セットを置いた。永崎はきょとんとしたままやったけど、袋の中覗いてから俺見上げて嬉しそうに目ぇ細めた。
「ようわからんけど、借ります。ありがとうございます鷹島先輩」
「おー、とりあえず読め読め。鼻毛強いしこんぺいとうみたいなやつも強いから」
「食いもんばっかですね」
「立派なハジケリストになるんやで、永崎」
あはは! と大きな笑い声が聞こえた。小林やった。永崎の膝にあるボーボボ見てから俺の方に目え向けて、
「鷹島先輩って、変わってますね」
とか言うてから肩の荷おろしたみたいにソファーの背もたれにどさっと背中預けた。あーこの子、そういうやつなんやってちょっとだけわかった。永崎の幼馴染で永崎のこと好きやから、ようわからんぽっと出の俺をどうしても信用できんくてここまでついてきてもうたんやなってちゃんとわかった。ほんでボーボボなんか出してきたからもうええわってただの漫画オタクなんわかったわって感じやったんやろう。それならそれで俺も安心や。永崎になんかしたり利用しようと画策したりなんてほんまにないから。俺は俺が勝手に目え離せへんようになった、永崎洸太って名前の主人公をずっと見てたいだけやから。
永崎と小林は夕方くらいに帰って行った。そのあとにおかんが帰って来たから、小林がおる間やなくてほんまに良かったてほっとした。
その日の夜、ボーボボのあとに描かはったすぐ打ち切りなってもうたチャゲチャ思い出したあと、永崎と小林の話をぼんやり咀嚼し直した。永崎の親父と小林のお母さんの不倫。そんなんどうでも良さそうやったらしい永崎のお母さん。女がおったら永崎に言うほど暴力振るわん親父。永崎家にたまにおる、誰なんかわからん女。
夏は終わる。新学期始まっても俺はクラスメイトにはやっぱり距離置かれとる。永崎とは変わらず一緒でたまに小林とも話す。
そんな新学期の帰り道、永崎はなんやわからんけど呼び出されたから殴ってくる言うて先に帰って、俺は見に行けたらなあとか呑気に考えながら一人で歩いとったら真後ろからぶん殴られて自転車ごと道に倒れた。痛すぎて視界がぼやけてた。じんじんする。血ぃ出たんちゃう。俺見下ろしとるこいつら全員誰やねん。
「永崎が懐いとる先輩言うのほんまにコイツかぁ?」
って聞こえたとこであー、あーあーそういうねー、って納得はしたけど切り抜ける方法とかはなんも考えられんかった。ほんでまあテンプレやん。主人公の友達とかが捕まってまうやつ。
俺別にそんなええもんちゃうねんけども、痛すぎて動かれへん俺を担ぎ上げてどっか連れてくやつら的には永崎さえボコれたら他はなんでもええらしかった。
人質っぽいあれなら死にはせんやろと縋る気持ちで考えながら痛みに負けて意識が飛んだ。
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