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連れて行かれた小林の家の中に入った瞬間に一気に安心した。空気が静かで、穏やかやった。離婚問題が片付いたばっかりやから色々と後処理はあるんかもしれへんけども、何回か来た時に感じとったわだかまりみたいなもんはほどけてた。
小林のお父さんは小林からある程度話を聞いてはるらしい。俺にあったかいお茶いれてくれて、夕飯も食べていきなて言うてくれた。時間がいつの間にか夕方やって俺はここでやっと周りに目が向いた。
「なんやったら、泊まってもいいですよ」
ソファーで隣に座っとる小林が俺の背中さすりながら言うてきた。後輩の女の子の家に一泊は気が引ける、て思えるくらいには俺は回復しとった。
「いや、そこまではええよ……ちゅうても泊まる言うて家出てきたから、なんとかせなあかんのはそうなんやけど……」
「せやったらいてもいいですって。部屋も空いてますし、一人怖いんやったらお父さんと一緒に寝てもろても」
「あー……」
お父さん、の響きに一瞬体が固まった。小林やなくてお父さんの方がそれに気付いて、
「鷹島くん、急に泊めてくれそうなお友達とかはおるか?」
さりげなくフォローしてくれた。内堀と佐々川さんの顔が浮かんだ。佐々川さんは女の子やしなと思い直したけども、内堀はふつうに受け入れてくれそうではあった。
せやけど決め切れへんくて一旦あったかいお茶飲んだ。
「……小林家のお二人はそもそも、なんで俺があそこにいるて、わかったんですか」
疑問を口にすると、小林が俺の背中さすったまま話し始めた。
「ここ、洸太くんの家とけっこう近いでしょう。せやからたまたま見かけたんです。私今日は特にすることなくて、なんとなく窓の外見てたら先輩っぽい人がおじさんと歩いてる後ろ姿が遠くの方に見えて、先輩っぽいなあ、おじさんはお父さんとかかな、てはじめは呑気に思ってたんですけど、おじさんの方の雰囲気に見覚えというか……引っ掛かる感じがあって、考えてたら思い出したんです。あれ、洸太くんのお父さんちゃうかなって」
小林は表情を険しくする。背中に当たっとる手がちょっとだけ震えてて、そんな娘の様子見兼ねたみたいでお父さんが話引き継いだ。
「雛乃から連絡が来てな。世話になっとる先輩が永崎さんに騙されてるか脅されてるか、とにかく家の方向に歩いて行ったけどどうしたらええかわからんて。僕は仕事中やったからすぐに動けへんかったけども、離婚でごたついとったんは職場に周知してもらえとったし、その一つとして問題が出た、って方向で早めに切り上げさせてもろたんや。向かうのが遅なってもたのはほんまにごめん。怖かったやろ、あの人」
あの人、の言い方にいろんなもんが含まれとった。小林のお父さんは奥さんをあの親父に盗られたようなもんやって実感してまう重さやった。
俺はお茶のカップ置いて、二人に改めて頭下げた。
「来てくれて、ほんまにありがとうございました」
心の底からの感謝やった。小林はまた背中撫でてくれて、お父さんは労わる手つきで肩さすってくれた。
小林親子と俺の三人で早めの夕飯食べた。お父さんが作った味噌汁と小林の作った照り焼きと作り置いてあるらしい小松菜とにんじんの炒め物で、全部ほっとする味やった。
泊まりをどうするかはかなり悩んだ。自宅やと何かあったんかて聞かれるやろうし言い訳してもボロ出そうやしあの親父が手ぇ回しそうでもあるしで帰れへんかった。そんで、ダメ元で内堀に連絡してみた。あかんやろなー小林に頼むしかあらへんかなーて思うとったけど十分もせんうちにオッケーの返事が届いてひっくり返った。
「友達、泊まりに来てもええって」
小林に報告すると、
「良かった! せやけど大丈夫な友達ですか?」
不安そうに心配してくれた。
「こいつは大丈夫、俺一年の頃から仲ええやつや。こっから二駅は離れとるとこ住んどるし、俺らの深い事情知らんし、アホな話して笑えるタイプやで」
「それやったらいいですけど」
「うん、色々ありがとうな、小林」
小林はニコッと笑ってから、ふっと声のトーン落とした。
「洸太くんには、今回のこと黙っとく方向でいいですか」
すぐには答えられんかった。あの親父が自分で永崎に言いそうな気もしたからそれやったらこっちから話す方がええかもしれんとも思うた。
せやけど多分、俺があとちょっとで犯されそうやった、なんてことあいつが知ったらすぐにでも親父殺しそうやった。できるかはともかく、誰の制止も聞かんまんま殺しに行くやろうなて想像できた。
小林もおんなじ想像したから聞いてきたんやろう。険しい顔で俺の返事を待ってくれとった。
「……うん、黙っとこ。万が一あのおっさんが自分で永崎に話しても、小林は深く知らんことにしてくれたらええから」
「いやそこは、ちゃんと先輩の肩持ちます」
小林は目元緩めて、お父さんもいますし、て付け加えた。
何回目になるかわからん感謝伝えた。小林はもういいですってって笑いながら言うて、お父さんに俺を内堀の家近くまで送ってあげて欲しいて頼んでくれた。
小林のお父さんの助手席に乗って、内堀から来た住所をナビで表示した。小林はついてくるいうたけどもお父さんが待っててええって返したから、俺はお父さんと二人で小林家を後にした。
もう暗かった。対向車のヘッドライトが眩しかった。晴れとるから星が出てて、なんも変なとこのない夏の夜が広がっとった。お父さんはラジオつけとったけど不意にちょっとだけボリューム落とした。
「参考になるかもしれんから、僕の元嫁の話しとくわ」
て真剣な声で教えてくれた。
「あいつは、家の庭の手入れしとる時に永崎さんに声かけられたらしい。はじめは挨拶だけで、ちらほら来るようになって、五回も顔合わせたら勝手にそういう関係になったんや、て言うとった。一年は関係してたんやったかな。あいつはのめり込んでもうたけど、永崎さんの方が急に手ぇ出さんようなって、もうやめよか、て言うたらしい。……元嫁は別れる前にはもうおかしなってたみたいでな。永崎さんに振られたからて言うよりは、永崎さんと関わってもうたから気が触れた、の方が正しいんやろう。怯えとる雰囲気があった。僕が声かけたら小さい悲鳴上げたりもしとった。今は療養先で落ち着いとるらしいから、良くなってはいるんやろうけどな」
ウインカーを出す手の動きが静かやった。お父さんは長い息吐いて、交差点を曲がってからもう一回口開いた。
「雛乃が洸太くんと仲良うしとるの、不安ではあったんや。せやけど洸太くんに罪があるわけちゃうのもわかっとる。それで悩んどったら、雛乃やなくて君が永崎さんに連れて行かれた。多分、洸太くんが君を一番大事にしとるからなんやろうけど、……永崎さんが何考えて何したいんか僕にはわからんし知りたいとも思わへんけども、まだ高校生の鷹島くんや洸太くんが、あの人のいいようにされてまうんはおかしい。せやから、また変なことあったら、僕に言うてくれたらええよ」
聞き終わったくらいには泣いとった。安心できる大人ってほんまにありがたいんやって身体中に染み込んで、俺は服で涙拭いてからありがとうございますて頭下げた。
お父さんに宥めてもろてる間に内堀の家についとった。もう何回目になるかわからん感謝をまた伝えて、お父さんの車は見えんようになるまで見送った。玄関から現れた内堀は俺見るなり笑顔になった。俺の肩をバンバン叩いて、せっかくやし夜中までゲームしようや! て明るく言うてきた。
かなり安心した。内堀の毒気ない性格とか話し方とか、精神が削れとる時にはちょうどええんかもしれんと思うた。
「鷹島が来るなんて珍しいしな、恋バナとかしようや」
「なんでやねん、中学の卒業旅行ちゃうんやから」
「似たようなもんやって! 俺の彼女の話も聞いてくれや、今度二人で水族館行くんやけどさあ、水族館デートてどう思う?」
「魚好きな彼女やったら、ええんちゃうか?」
「それがわからんねん。バナナフィッシュ? は好きらしいんやけど」
「名作漫画やん」
なんて、すぐに忘れそうな雑談しとるうちにすっかりくつろげた。
内堀と深夜三時ごろまでゲームした。格ゲーやらパズルゲーやら経由して、最後は内堀が最近進めとるらしいRPGのプレイを横から眺める時間になった。
「鷹島ってそんな感じで、横から見てる方が好きなタイプやんなあ」
とかそれなりに的を射た感想漏らされて、
「そういうわけにもいかんけどな」
て思わず返した。内堀は笑ってから宝箱開けて、アイテムのしょぼさを嘆いた後に俺を横目でちらっと見た。
「まあ、元気出せや」
そう言われて、なんとなく姿勢正した。周りって俺が思うよりも俺のこと見とるんかもしれんて気が付いて、じわっと焦った。
ばあちゃんの家から帰ってきたらしい永崎とどう顔を合わせて何を話したら永崎の親父とあったこと勘付かれへんやろかて考えてしもうてた。
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