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夏休み後半に差し掛かった頃の昼過ぎに永崎からメッセージ来た。せやけど永崎なんかあの親父なんかメッセージだけでは判断つかんかったせいでなかなか返信でけへんた。あの親父は自分が送ったメッセージやら俺とのやり取りやらは削除しとるみたいやからスマホ返したんやろうとは思う。多分ちゃんと永崎がメッセージくれた。それでも怖さが拭えんかった。
迷って悩んだ結果、アポなしで電話かけることにした。声聞けばどっちなんかはわかるわと腹決めて発信押したら三コールくらいで相手は出た。
『鷹島先輩?』
ちょっと遠慮がちに馴染み深い声が俺を呼んでめちゃくちゃほっとした。
「おお、急に電話してごめんな。メッセージツールが……なんや、不調でな」
『そうやったんですか。おれのほうも、やりとりいくつか消えてるみたいやったんで、アプリが変なんですかね』
「あー多分そやな」
背中にじんわり汗かきながら、
「ばあちゃんの家から帰ってきたんか?」
話を永崎の近況にスライドさせた。永崎は帰って来た言うてから、ばあちゃんあんま長くないらしいですて話した。
「そうか……心配やな」
『はい、でも、もうええ年齢なんで』
「達観した言い方すな。ばあちゃんのこと好きなんやろ?」
『おれに優しいですし、母さん側のばあちゃんやし、あそこにいるとほっとします』
永崎がお母さんの話題に触るんは珍しかった。それに、俺からするとクソ親父は言わずもがなやけどお母さんの方もなんか問題あるやろと思わざるを得ん存在や。それとなくお母さんの話振ってみたら永崎はぽつぽつ話し始めた。基本的には仕事に行ってて家におらん、親父とお母さんは家の中であんま話してへん、スマホは親父は持たせたないみたいやったけどお母さんがお下がりならええやろて渡してくれた、最近はおれが背ぇ伸びて服入らんようなったからお母さんに新しいの用意してもろた。
そうやって聞いとると、永崎のお母さんへの感情は変わった。深いところはわからへんけどもあの親父みたいに永崎を扱ってるわけやないとはちゃんとわかった。愛情いっぱいて雰囲気でもあらへんしほんまのところはわからんくても、親として最低限は頑張っとるかもしれんと思た。
会話が途切れて、向こう側から蝉の声みたいなもんが聞こえた。永崎は外におるらしかった。どっか行くんか聞いてみたら今から俺のところに来たいて言うた。
「あー、まあ用事とかあらへんし、来るんやったら家で待っとるよ」
『ええんですか? そやったら、行きます』
「はは、一緒に宿題とかするか?」
『それは、ばあちゃんの家で終わらせました』
「偉いやん」
『他にあんま、やることあらへんかったんで』
ばあちゃんの家は田舎みたいや。ちゅうても俺らが住んどるとこもなかなか田舎なんやけど、それよりも牧歌的で山多くて家同士の間隔が離れとるらしかった。
『先輩に会いたかったんで、今からすぐ行きます』
永崎は電話切って、言葉通りにまっすぐ来たんやろなて時間でちゃんとこっちに着いた。俺がそっち行くわとはどうしても言われへんかったから助かったけどもいつまでも誤魔化せるもんでもない。
どないしたらええのかほんまにわからん。悩みつつ永崎を迎え入れて、一緒に俺の漫画を読んだ。たまに話した。ばあちゃんの家でどう過ごしたんかとか、夏が暑すぎるとか、ぜんぜん平和な話ばっか繰り返した。俺ちゃんと笑えてたと思う。永崎のこと大事なんは少しも変わらん。
せやけど永崎はあの親父に声とか顔がどうしても似とって、怖さがたまにぶり返してまうんが最悪やった。
俺どうしたらええんかほんまにわからんようになってもうた。
変わったんは夏休み明けや。
二学期にもなると進学先どこにするかて話が多なってきて、最後の文化祭盛り上がりたいなてクラスメイトが話してて、俺はまあそこそこ問題ないテスト結果見て指定校で入れる大学に進学しよて考えてた。内堀は美容師になりたいらしくてそっちの専門学校行くらしい。佐々川さんは俺と似た感じやけど入りち学科はあるみたいで、受験のために塾に行って勉強しとる。
そうやって二人を見とると俺はほんまに俺に対して興味がないんやって実感した。自分が何になるかって未来に関心あらへん。なるようになればそんでええ。
俺は永崎を見てたいだけなんや。それすら今怪しくて、ちょっとずつやけど追い詰められて行っとった。
そんでもって永崎が、いつも一緒におる俺の不調に気付かんわけはなかった。
文化祭で校内が賑わっとる時や。俺のクラスは模擬店で喫茶店みたいなもんやるらしくて、女子中心に盛り上がっとった。俺も男子として裏方業務は手伝ってた。
もう明日は文化祭って日に、店の内装用の幕とかを放課後に準備しとって帰宅が遅れた。永崎はそんな俺を待ってくれとって、二人で夕暮れの中を歩いて帰った。太陽の落ちる方向が赤かった。家も山も川も学校も、いろんなとこが染まってた。分かれ道でいつも通りまた明日なって声かけたら永崎は頷いた後に手伸ばしてきた。一瞬ビクついてもうたけど、永崎の指はめっちゃ丁寧に俺の手をそっと握った。
「な、永崎?」
「鷹島先輩。明日、おれと一緒にいてほしいです」
「ああ、うん、そんなんはぜんぜん」
「文化祭休んでください」
止まってもうた。ええともあかんとも言われんくて、ほんまに困った。見上げた先で永崎は初めて見るぐらい真剣な顔して俺のこと見つめてて、余計になんて言うたらええかわからんかった。
握られとる手にちょっとだけ力が込められた。
「おれ、先輩が最近つらそうやから、心配してて」
「え、……いや、」
「隠さんといてください。一緒におるから、わかります。人が多い時とか、なんとなくしんどそうやから、明日みたいな誰でも来られる文化祭、行かんほうがええと思うんです」
全くもってその通りやった。人の気配にビビるほどではないけども、悩んどるからか人がいすぎる場面では黙ってることが多なってた。
握られとる手を見下ろした。身長だけやなくていつの間にか手もでかなっとるんやなと実感した。あったかかったし、じんわり安心した。永崎が俺の不調に気付いてくれてたんが掛け値なしに嬉しかった。
「……おん、そうするわ。ありがとうな永崎、明日休むことにする」
俺の言葉に永崎はほっとしたような長い息吐いて、
「先輩の家行きます、二人でゆっくりしましょう」
そう不器用に笑いながら言うた。
この選択が分水嶺やったと後で思うた。文化祭当日、親が仕事行ってから永崎は俺の家に来て、俺らはお互いになんとも言われへん感情抱えながら二人っきりになったわけやった。
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