6
永崎の親父に犯されかけた時の夢を見てもうた。捕まって、引き倒されて、怖かった。レイプ犯て相手が抵抗せんかったとかナメたこと言うらしいけど俺にはわかってもうてる。あんなん怖くて理解が追い付かんくて抵抗せなって思うた時には恐怖の方が多なって、耐える方に思考がシフトしてまうねん。
飛び起きて、だらだらかいとる汗拭った。こんなんしとる場合ちゃうかった、時間見たらもうみんな登校して文化祭楽しんどるような時間で、スマホには永崎からのもうすぐ着きますメッセージが届いてた。
メッセージ通り、数分もしたら家の呼び鈴鳴った。まだ着替えてもおらんかったから慌てて下だけデニムに履き替えて、玄関前で律儀に待ってくれとる永崎を中入れた。
「来てくれておおきにな」
「いえ、先輩のためやったら、別に」
永崎の真顔の殺し文句に笑い声だけ返した。内心はめちゃくちゃや、ほんまにめちゃくちゃ。
最悪なんやけど永崎はあの親父にかなり似てる。思い出してまう。それと同時に永崎特有の雰囲気とか表情とかはちゃんとあって、俺のこと本気で心配してこうやって休息を提案してくれたんやってわかる。せやから俺は困る。とりあえず二人分の飲み物入れて俺の部屋に移動して、折り畳みテーブル囲んでゆったり座ってもまだ困ってる。
「あー、漫画でも読むか?」
聞いてみると永崎は頷いて、
「少女漫画、再チャレンジしてええですか」
て聞いてくる。
「読めるか? 中学ん時、ようわからんて言うてたやろ?」
「もう高校生ですし、色々、考えたいことあって」
「まあ、そう言うんやったら」
永崎を少女漫画コーナーに案内した。ちゅうてもめっちゃ数持っとるわけやない。むしろ少女漫画よりこっちちゃうかなと思て、恋愛漫画枠の少年漫画を一冊抜いた。ジャンプのアプリで読める正反対な君と僕ていう漫画や。普通の青春な普通の恋愛漫画ではあるんやけど、キャラとか構成とか絶妙でずっと好感が持てる作品や。恋愛としてドロドロしてもおらんから読みやすいと思うし巻数もあんまない。そうプレゼンして永崎に手渡した。永崎は礼言うてから座って一巻読み始めた。
その間に俺も買うて読んでへんかったあかね噺を読み始めた。ジャンプで追ってはいるんやけど、おもろい漫画は本棚に単行本で置いときたい。女の子が主人公っちゅうのもシャンプ的には珍しい方やし、アクタージュの話はせんといて欲しいけどなんせ題材も面白い。
とかなんとか考えながらあかね噺の最新刊パラパラ読んだ。時々永崎の様子を盗み見た。真剣に青春漫画読んどった。確かめるように一ページずつ捲っていって、両目は紙の上を丁寧に往復した。
ふと思い出した。小林が永崎に振られたて言うてたことを。せやけど永崎は小林を大事な相手やと思うてる。だからちょっとでも歩み寄りとうなって少女漫画読みたいて言い出したんかもしれへん。
ここまで考えた俺は自分にちょっと失望してもた。
想われとる小林に羨ましさを感じてもうたからや。
「鷹島先輩」
そのタイミングで永崎が顔上げた。一瞬ビクついてもうたけど、どうしたん、てなんとか返事した。永崎は漫画開いたまんまじっと俺をまっすぐ見てた。
「おれ、雛乃ちゃんに、告白されたんです」
「え、……ああ、それは」
「先輩には言うたて話してたんで、知ってはりますよね」
そうなんか、て思いながら頷いた。永崎は眉毛下げて本閉じた。
「断ったっちゅうか、……色々巻き込むの嫌で、付き合えへんて言いました。雛乃ちゃんのお母さんみたいなことがまた起こるんも嫌やし、おれは、いつか親父を殺すことしか考えたくなかったんです」
「おん、わかっとるよ、そんなん……」
「せやけどおれ矛盾してて、鷹島先輩とは一緒にいたいんですよ」
返す言葉に迷った。ありがとうなー、て軽く受け流すのが最適やろうなとはわかってた。でもでけへんかった、はっきり口に出して言われて俺は、嬉しさが何より大きくなってもうとった。
永崎が漫画をテーブルの上に置いた。恐る恐るって雰囲気で伸ばされた手は、何一つ怖いとこなんてあらへんかった。口の端辺りに触れた指は震えてた。俺は永崎の手の甲を自分の掌でそっと握った。永崎は息呑んで、熱こもった両目で俺を見た。
「少女漫画読みたかったん、好きっていう、ようわからん感情が知りたかったからです。読んでもあんまわからんかったけど、ずっと一緒にいたいとか、もっと話したいとか、漫画の子らは考えてて……それは、鷹島先輩に対するもんとおんなじやから……先輩が落ち込んでるみたいで、元気がなくて、ほんまに心配やったんです。おれ、先輩に何してあげたらええかわからへんけど、できることあるんやったらしたいです」
しんとした。永崎は口閉じて、俺の顔に触れたまんまで待ってくれた。俺はいろんなこと一気に考えた。初めて永崎見た時に俺の主人公やと思たこと。懐いてくれて嬉しかったこと。不良の指折ってたんにちょっとビビったこと。河川敷で並んで話したこと。家に泊まりに来させて穏やかな時間過ごせたこと。
永崎の親父にされてもうたこと。永崎のこと主人公やと思いながら、近くに居すぎて自分の感情がわからんようになったこと。永崎がどんな道選んでも最後まで見てようと思うのに犯罪なんか起こさんと俺と大人になっても一緒にいようやて考える時間が増えてもうてたこと。
吐き出した息が震えとった。それは俺の指もで、永崎の手にも伝わった。永崎が心配そうにした。首振って否定してから、俺は逆の手伸ばして永崎の背中に巻きつけた。
「先輩」
「頼む、こうさせててくれ」
永崎の肩に頭押し付けてゆっくり息吸った。あの家の匂いはせんかったし、永崎自体の匂いっちゅうか、ずっと隣にあった気配が空気と一緒に吸い込めた。好きやな、と自然に思えた。俺は俺の主人公のヒロイン枠になりたいわけやなかったけども、俺の人生の相方には永崎になって欲しかった。
俺と永崎はしばらくくっついとった。そのうち離れたけども、俺はすっかり安心できてた。永崎は困惑引きずってた。せやけど俺が礼伝えると、ほっとした顔で頷いた。
「元気な時の顔に戻ってます、よかった」
「はは、俺ってわかりやすいんかもなあ。内堀っていう友達も、俺が何も言うてへんのに元気出せやって声かけてきたわ」
「先輩はわかりやすいっちゅうか、いつも周りのこと気にしてくれとるから、それもでけへんような時はあかん時、ってちょっと考えたら気付けるんちゃうかな」
「それは、……永崎も、そう思たんか?」
「いやおれは」
永崎は視線を左右に動かして、
「先輩ばっか見とるから」
とか、いつもより小さい声で言うてきた。
身長伸びて骨格しっかりして顔も精悍さ出てきた大人に向かっとる永崎が、俺に対してそんな仕草するんはほんまに込み上げるもんがあった。
お互いに漫画放り出して、並んでベッドに座って色々話した。今頃文化祭どんなんやろなて俺が言うて、後夜祭くらい見に行きますかて永崎が聞いた。悩みながらスマホ覗いたら今日休むて連絡してあった内堀と佐々川さんから体調気遣う返信が来てて、永崎の方にもクラスメイトから何かしら連絡あるみたいやった。
後夜祭だけは二人で行こうかって結論出して、まだ時間あったから家の中でのんびり過ごした。カップルみたいないちゃつきとかはせんかったけども永崎は今までよりも俺に触れる時間があった。俺の伸びてきた髪を指で撫でたり、お互いの間にある手をちょっと握ってみたりくらいのもんやったけど、全然嫌やなかったしむしろもっと触れ合ってもええと思うた。
肩に凭れたら抱き締められた。おれ先輩のこと好きなんやと思います。永崎はそう耳元で言うて、俺は何回も頷いた。
めっちゃ幸せな時間やった。一生この時間に閉じ込められてもええとまで思うた。
せやけど俺にははじめからわかっとる。こうやってそばにいられることになったんやとしても、永崎の一番の目的はこいつが生まれた時からどうしても変わらへん。
あの親父を殺すこと。
俺はそれを受け入れる前提で、永崎の隣にずっとおることを今日ほんまの意味で決心できた。
未来の中で共倒れ 草森ゆき @kusakuitai
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