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 俺の高校生活は当たり前やけど永崎中心になった。よう一緒におる内堀が彼女のとこにすぐ行くから手え空くし、佐々川さんはもう諸々知っとるから万が一内堀がなんか言うても適当に誤魔化してくれとった。

 昼休みは中学の時みたいに、人があんま来ん階段に並んで座りながら食うことにした。相変わらずパンばっかの永崎に弁当食わせてやったりした。おれがデカなったん先輩の弁当のおかげですかねとか、永崎は自分の頭こすりながら言うとった。俺ちゅうか俺のおかんなって訂正したけど嬉しなった。

 背え高いイケメンの永崎、流石に二回くらい告られたらしい。せやけどふつうに断って、俺にばっか引っ付いてるもんやから、女に興味ないんちゃうてすでに言われとるみたいやった。

「彼女作る気ないんか?」

 て弁当食いながら一応聞いてみたけども、

「いても、しゃあないと思います」

 そう表情も変えんと言うたから俺はせやなあとしか言えへんかった。

「あ、そうや、鷹島先輩」

「うん?」

「スマートフォン、もろたんです」

 ブレザーのポケットから取り出されたスマートフォンは古そうやった。おかんが新しいのに変えたから、それまで使てたやつを回したらしい。

 地味に永崎は直通の連絡先があらへんかった。せやから俺は喜んで自分のスマホを出して、メッセージツールのIDなんかを教えあった。あと、無料で漫画読めるアプリ。課金せんでも待ちさえすればちまちま読み進められる漫画がこのご時世けっこうあった。

 不慣れな手付きでスマホの画面を触っとる永崎を微笑ましく眺めた。

「先輩のおすすめの漫画、なんですか」

 てひさしぶりに感じる質問投げられたから、漫画アプリで読めるいろんな漫画を頭に浮かべた。アニメもしとったジャンプラ系統やらフルカラーな縦読み系統やらなんでもあったけども、俺の口はアプリちゃう漫画の名前口に出した。

「NANA」

 なんで出したんかわからんかった。けっこう昔の漫画やし永崎があんまりわからん言うた少女漫画系統やし、漫画アプリで読まれへんかった気がして一気に焦った。

 せやけど永崎はフラットな声で更に聞いてきた。

「どういうところ、おすすめですか」

 俺の口はまた勝手に開いた。

「未完なとこ」

 変に落ち着いた声が出た。永崎は顔を上げて俺を見た。未完、て呟いてから目ぇ細めて笑った。二人に告られるわなと思うくらいにはかっこいい表情やった。

「NANA、覚えときます」

「せやけどまあ少女漫画やし、お前の好みちゃうかもしれん。アプリとかでも読まれへんと思うから、先にスパイファミリーとか裏バイトとか読んだらええよ」

「わかりました。裏バイト……?」

「ホラーやね。SFっぽさもあるしポンポン話進むからからおもろいで」

「読みやすいんやったら、嬉しいです」

 素直に言われてつい顔が緩んだわ。相変わらず俺のおすすめ漫画に興味出すし、こうやって昼休みに飯食えるんが嬉しいみたいやし、こんなん可愛ない方がおかしいやん。

 永崎は俺の主人公やと思う反面で、俺の大事な相手や。

 せやからあのおっさんに、そこを思いっ切り突かれるねん。

 

 永崎から今度こっちの家に泊まりに来てくださいてメッセージが来たんは夏休みの話やった。

 今まで送りすら拒否られとったし一体どういう心境の変化やねんて俺は焦って、電話しようとしたけども田舎のばあちゃん家にいるんで出れませんてメッセージ返ってきた。田舎のばあちゃん。まあそういうん存在してるわな。ちゅうか久しぶりに顔見たい言われてるんですて夏休み前に話しとったなて思い出した。

 ばあちゃん家から帰ってきた後やったら、親父とおかんがおらん日があるらしかった。まあそれやったらええか、って軽く考えてもうた。なんせ俺は永崎が普段過ごしとる家がどんなんか興味があった。永崎の部屋見てみたかったし、ちゃんとした生活できとるんか心配やった。

 行きたさに眩んで、ちらほある不自然な点を見過ごしてもうた。

 行くわって返事して、日にちの指定を了承した。はっと気付いて義理的な気持ちで小林に「今度永崎の家行ってくる」とは伝えといて、怒られるかな思うたら「ほんまですか? 永崎くんおるやろからええですけど、気をつけてください」て本気の心配メッセージが届いて行く気持ちちょっと揺らいでもうたりした。いやあいつの家お化け屋敷なんか? そんなわけはあらへんけども、もちろん小林の心配の元はあの親父やろう。

 ちなみに小林は、ちゅうか小林の両親は、もう離婚が成立したらしい。病んでもうとるおかんが実家の方に帰っていって小林は親権おとん側やから苗字も住処も変わりはせん。せやけどばたつきはしとったから、このメッセージが久々の会話やった。永崎の家は小林の家とそんな遠いわけでもあらへんから、万が一何かあったら二人で逃げてきてくれて大丈夫ですて言うてくれた。めっちゃ心強かった。

『そういえば鷹島先輩、永崎くんと付き合うてるて噂流されてますよ』

 ていう返事が来た時はハア!? て大声出てもうてうるさいなあんた! ておかんにちょっと怒られた。


 永崎と付き合うてる噂の原因は俺らのニコイチっぷりと、永崎が告られる度に断るからと、断られたとある女子が「好きな人とかおらんならお試しで付き合ってほしい」て食い下がった時に「誰と付き合うても鷹島先輩のこと優先するけど」て普通に言うてもうたからみたいやった。

 小林はここまで説明して、まあ似たようなもんやないですかて付け加えた。何言うてくれてんねんて思うたけども小林は小林でなんと俺が知らんとこで永崎に告白じみたことをして、雛乃ちゃんのことはほんまに巻き込みたくないねんて断られてしもたらしかった。

『鷹島先輩は巻き込んでええのって聞いちゃったんです。嫉妬です、これはごめんなさい。そんで永崎くんは、ほんまは巻き込みたくない、て言い回ししたんです。せやけど巻き込みたくない以上に一緒にいて欲しいみたいで、なんて言うんですか、めっちゃ負けたと思いました。

 ……でも確かに、中学の時に永崎くんが血流して倒れた時、私は見てるだけやったし他の人も遠巻きにしかせんかったけど、鷹島先輩だけは永崎くんのとこに飛んでったから。あれはやっぱり、かっこよかったと私も思います』

 小林はこのメッセージを最後におやすみなさい言うて寝た。俺は頭の中で色んなもんがぐるぐるしとって寝られんかった。永崎になんかメッセージしてみようかなとも思うたけどまだばあちゃんの家にいるはずで、親から離れてゆっくり過ごせとるんやったら邪魔したくないな思うて結局なんも連絡せんかった。

 泊まりの日に聞こうと決めた。大学受験のこととか考える夏を過ごしながらその日を待って、当日の昼頃に荷物持って家を出た。橋が近い公園が待ち合わせ場所やった。普段外で待ち合わせる河川敷とはまた違う川で、こっちの方があいつの家に近いんやなと思いながらのどかな暑さの中を歩いた。その公園はまあ、ちょっと嫌な思い出はできてもうてた。永崎の親父に絡まれた公園やったから。

 

 周りにいくつも木が生えとる公園は蝉が断末魔かって激しさで鳴いとった。

 人影は一つだけで、俺に気付いたら口元になんとも言えん笑み浮かべて手え上げた。

「久しぶりやなあ、鷹島くん」

 そう永崎に似た声で話し掛けて来たんは永崎の親父で、俺はこの時にやっと「あ、ハメられた」て気が付いた。

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