高校生の俺とお前
1
この高校の桜ももう三回目や。二年生の時には見慣れたなあなんて思うとったけど今年は違う意味で新鮮に見えた。今年が一番、よう覚えとる満開さに違いない。きらめいとる新入生軍団の方見ながら、俺は嬉しくなってもうとった。
入学式後の永崎はまっすぐ俺のおる三年三組にやってきた。
「鷹島先輩」
ていつも通りの調子で俺に声かけてきたから、俺はまた同じクラスになった内堀との会話切り上げて永崎のおる前の扉まで向かっていった。
「おー、入学おめでとう」
「ありがとうございます」
「ちゃんと合格したんも偉いよな」
「それは、先輩が勉強見てくれたからです」
永崎は真面目な顔やった。俺はうんうん頷いてから、永崎の顔を改めて見上げた。
そう、見上げとった。
成長期というもんが永崎にももちろんきて、会えば会うほど伸びていった永崎は、今や俺より身長高くなっとった。
新入生はもう帰宅するらしい。永崎は普段よう待ち合わせる河川敷で待ってる言うて、胸につけた新入生の花揺らしながら歩いて行った。内堀のとこ戻ったら案の定知り合い入ってきたんかて問い掛けられて、どう説明しよかな思てたら近くの席にいた佐々川さんがこっち見た。
「中学の時の後輩やねんて。鷹島くんにめっちゃ懐いてるらしいで」
言われたないとこは絶妙に避けたナイス口挟みやった。内堀は納得して、永崎がさっきまでおった入口の方に顔向けた。
「めっちゃイケメンくんやったな」
「……中学ん時は可愛い感じやったんやけどな」
「子犬が成犬になってもうたんかあ」
内堀に他意はもちろんあらへん。俺は狂犬てワードを思い返しながら適当に頷いて、今の永崎はもうほんまに喧嘩に負けたりせんやろなとか考えた。
永崎洸太の名前を知っとる生徒自体はまあおるらしい。佐々川さんがいい例で、本人から他の中学でも有名は有名やったとその日の放課後に教えてもろた。
「せやけど、顔まで知ってて合致できる人はそんなおらんと思う」
「まあ、そらそうか」
「うん。私がわかったんは兄ちゃんのことがあったからやし」
佐々川さんが鞄持って席立ったから、俺も一緒に廊下出た。内堀は新しくできたハニーのとこにもう行って、その健全さが相変わらず好印象や。佐々川さんはもう三年かあて言うてから、あれが生の永崎洸太かあて呟いた。横顔は、普通やった。何を思うてるか聞いてみたらまず笑い声返された。
「なんていうか、あれやねん」
「どれや?」
「鷹島くんが主人公て言うた意味がわかってまうな、実物見ると。さっぱりしたっちゅうか、すっきりしたっちゅうか……いろいろ腑に落ちました」
言い切った声は明るかった。本音なんやろうなとわかるくらい、佐々川さんと俺は似たようなとこあると思う。漫画の主人公みたいなやつには一目置いてまうと言うか、抗えへん気になるんやろう。
自転車通学にしとったから、佐々川さんとは昇降口で別れた。そんで俺はそのまま自転車漕いで漕いで、永崎の待っとる河川敷に向かって行った。永崎はおった。乱闘っぽいなんかをすでに済ませたみたいやった。腕まくりして擦り傷を雑に擦っとって、次向かってきたら殺すてオーラを纏ったまんまやったけど俺見たら口元に嬉しそうな笑い浮かべた。
「先輩、早かったですね」
「おお……何人殴った?」
「三人です」
田舎特有のヤンキー的なもんは高校にももちろんおる。永崎の噂自体は流れとるんやから、入学したて聞いたらせっせと向かいに来るやつもおるんやろう。ヤンキー漫画みたいに男の矜持っちゅうか、腕っぷしの強さだけしか信じてへんやつとかもおるかもしれん。
まあせやけど、そんな次元の話に永崎は興味なんかまったくあらへん。
「親父、最近あんま家におらんようになって」
河川敷に並んで腰下ろしたところで永崎が言うた。
「母親はいるんですけど、こっちはいつも通りで、親父どこ行ったか聞いてみたんです。せやけど、知らんって言われました」
「お前んとこの親御さん、ちゅうかお母さん、こう言うたらあれやけど変わっとるよな」
「はい。なんで離婚せんのか聞いてまいました」
なかなかぶっ込んだやんかと驚いた。永崎はさらさら流れる平和な川を眺めながら、まず溜め息をひとつ吐いた。
「おれがおるかららしいです」
「え、でも別にお前の世話まともにしてへんやろ」
つい突っ込んだ。永崎は縦と横どっちに振ったか曖昧な角度で顔揺らした。
「仕事には行ってますし、金の話ちゃいますか」
「ああ……いや、親父さんもそこは」
「はい、結局おれは、高校行くのにも親のお金あらへんかったら、なんもできませんでした」
なかなか深刻な話になってきた。河川敷でのんびりするような話ではあらへんかったけど、口挟むのは気が引けた。永崎は難しい顔しながらふと思い出したように話題を変えた。今度は小林の話になった。小林っちゅうよりは小林の親御さんについてのことやった。
離婚の話し合いしてる現状は俺も本人から聞いて知っとる。永崎も小林から聞いたみたいで、なんだかんだ起因は永崎の親父と小林のおかんの不倫やから、どうしても責任感じてまうらしかった。
ほんで、小林には親の話ばっかしたらあかんてことを、俺は小林に頼まれて永崎にしてた。
せやから永崎は抱え込んで悩んでもうて、こうやって俺に吐露し始めたみたいやった。
「おれ自体が、そんな関係ないのは、わかってるんですけど……小林……雛乃ちゃんは、ちっさい頃からの幼馴染みやから、悲しそうにしてるとこは見たないんです。おれがなんかできるわけでもあらへんから、悩むだけ無駄ではあるんですけど、離婚決まったて聞いたらやっぱ色々考えてもうて」
「ああ、決まってもうたんか……」
「はい。雛乃ちゃんは、お父さん側にいるみたいです」
せやったらまあ、家とか苗字とか変わらんのか、と客観的に考えた。高校にもそのまま通うんやろう。ほんで多分お母さんはご実家に戻ったり療養のために入院したり、回復し切らんメンタルケア方向の生活になりそうや。
小林の複雑な事情について、横におる永崎がほんまにしゅんとしとる。こいつ向かってくる奴には容赦ないし親父殺すて信念が曲がることもあらへんけど、俺とか小林とかには一定の親愛持ってくれてて、そこだけ切り取ったらちゃんとした一人の高校生なんよなって急に思う。
親父殺すとかやめたらええやん。高校満喫して無事に卒業して、俺とこんな感じで暮らしていったら、それでええやん。
そんな話をしたなってまう。
せやけど口に出したらあかんて思いながら永崎の横に居続けとる。唇噛んで物理でなんも言えんようにしてから俺は、腕伸ばして永崎の肩を引き寄せる。永崎はちょっと驚いた声出した。でも抵抗とかはせんと俺の肩に寄りかかった。中学の頃のノリで肩抱いたけどデカなっとるから重かった。近なった顔は内堀が言うたようにイケメンやった。中学の時にはあった幼さとか子供ゆえの甘さみたいなもんが、じわじわ着実に淘汰されていっとった。
主人公は絶対に成長するってことを今まさに目の前にしてた。
「鷹島先輩、おれ先輩の家、また泊まりたいです」
なんて言われて二つ返事で了解した。でもこれ、叶わんかった。
あのクソ親父に、俺が永崎家に泊まる方向にさせられた。
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