7

 今年はそこそこ猛暑らしい。そうニュースキャスターが言うとった。実際外出たら太陽元気すぎてコンクリートはほぼフライパンで、エアコン手放せへん夏休みが到来してた。

 リビングのエアコンつけてぼーっとしとるとスマホが通知音ぽんぽん鳴らした。佐々川さんやった。今日会う約束しとるから楽しみにしてるていう内容で、俺は無難な返事を返した。

 付き合ってみんかと聞かれたあの日、保留した。今すぐには決められへんて言うた。せやったら夏休み中に二人で遊んでみてから決めてやって提案されて、とりあえず映画観に行く約束して夏休みに入った。絶対付き合えへんって断った方が優しかった。俺は佐々川さんに好感持っとる。おすすめしてもろたヘルシングもへうげものも面白かった。ヒミズは人間が怖くてちょい泣いた。彼女は基本的に分け隔てない性格の子で、クラスの誰とでも話す姿をよう目にしてた。

 付き合うてみたら楽しいやろなあと思う。せやけど俺は佐々川さんを彼女にしても、最優先にはどうしてもでけへん。

 それを今日ちゃんと説明しようと心に決めとる。


 外はやっぱあほほど暑かった。キャップかぶって目元に影作りながら、映画館あるでかめの商業施設に向かった。スーパー併設のよくあるやつや。夏休み入ったし自転車置き場も駐車場も車がめっちゃ多かった。

 佐々川さんは映画館前で待ってくれてた。ゲーセンが横にあるからちょっとうるさい一角やった。淡い色のワンピース姿で手振ってくれて、よう似合とるからそのまま褒めた。佐々川さんはありがとうて言うた後に、俺の背中を軽く叩いた。

「鷹島くんて、そういうとこある」

「え、なんかあかんかった?」

「思春期っぽい、ひねくれた感じあらへんよね、って話」

 そういや普通に思春期自体が抜けとる気はする。転勤族やったし、周りばっか見とったし、自分の情緒にあんま興味ないまま生きて来とった。

 そんなこと考えながら佐々川さんと映画選んだ。人気やったテレビアニメの劇場版がちょうどやっとって、俺も佐々川さんも知ってる漫画のアニメやったからそれにした。座席大体埋まってたからほんまに人気みたいやった。

 映画中はアニメに集中した。おもろかったし最後は泣いた。ええ話やった。声がついて絵が動くだけで現実感が出てくるもんなんやと理解した。原作ありきやとも思うけど、アニメになる良さもあって然るべきやと一人で勝手に批評家ヅラになってもうた。

 せやけど佐々川さんは俺とはちょっと意識するとこが違うみたいやった。

「内容は原作で知っとるからともかく、音楽が思うてたより良かったわ」

 あっけらかんとした顔でそう言うた。俺は内容がおもろすぎて音楽があんま耳に入ってへんかったから「ほんまやなめっちゃ合ってる音楽やった」とか、ほぼ無意識レベルで話し合わせて佐々川さんが口に出す音楽プロデューサーらしい人の名前やら業績やらをぜんぜんわからんと思いつつ真面目に聞いた。けっこう有名な作曲の人みたいで他のアニメ作品の名前出されたらなんとかわかった。そっからはなんとか会話にできた。

 話しとるうちにフードコートに着いたけど、これまたあほほど混んどったからやめにした。若干値段上がるけどもレストラン街まで足伸ばして、すぐ入れたパスタ屋さんで二人席に案内された。

 料理出てくるまで漫画の話した。佐々川さんは青年漫画系に詳しくて、なんでもお母さんが寄生獣を集めとったとこからそっち方面に興味出していったらしい。

「萩尾望都のポーの一族とか、ちょい前の少女漫画も好きみたいやけどね」

「俺そのへん読んだことあらへんわ……おもろいんなら興味ある」

「文庫版ですぐ買えると思うで。私もポーはかなり好きやしおすすめしとく」

 なんて話しとる間にパスタ来た。俺がナポリタン、佐々川さんがカルボナーラや。

 会話切って食べ始めて、ナポリタンのピーマン噛みながら次に話すことを考えた。

 食い終わって一息ついた後に、長引かせても佐々川さんに失礼やからとちゃんと話した。付き合うのはでけへんこと。前に話した俺の主人公が、来年には高校に入ってくるからそっちと一緒にいる時間ばっかになること。むしろすでに週一以上は顔合わせとるし、どうしても俺はそいつを中心に生活がしたいこと。

 佐々川さんは相槌打ちながら聞いてくれとった。

「そっか、残念やな」

 って苦笑気味に言うてから、ふと思い付いた顔になった。

「その主人公くんがどんな子なんか、ちょっと見てみたいかも」

「どんな子……どんな子かあ……」

 売られた喧嘩買いまくってノンストップで生きていっとる、親父を殺すためだけに成長していく主人公。なんていう事実を佐々川さんに教えるのは気が引けた。

 せやからまあ、顔くらいなら、と思うてスマホ出した。泊まりに来させた時に何枚か撮らせてもろたやつがあった。

 俺が表示した永崎の写真見た佐々川さんは、

「こいつ知ってる」

 浮かべてた笑いを消し去りながらそう言うた。


 パスタ屋出たあと、商業施設も後にした。ほんまは本屋とか服屋とか一緒に見て回る予定やったけど永崎の写真が全部の行程を変更させた。佐々川さんの家ある地域に行く話になった。理由聞いたら断れへんかったから、俺は黙って佐々川さんについてった。

 電車で二駅進んだとこで佐々川さんは降りた。後ろについていったら、駅のロータリーにいた車から同い年くらいの男が顔出した。佐々川さんが手え上げたら車動かして俺らの方まで進んできた。俺らの迎えらしかった。

 挨拶しよ思て近づいたら、男は「えっ」て言うてから「うわっ」て言うて、勢いよく頭を下げた。

「あん時はシャーペンありがとうございました!」

 でかめの声で言われて、思い出した。

 俺のこと拉致して閉じ込めた後、永崎にボコられて腕折られて口で誓約書書かされたやつやった。

 ここ来る前に佐々川さんに言われた「家族が永崎洸太にボコられたことある」って言葉を目と記憶でも確認できてもうた瞬間や。

「二つ上のお兄ちゃんやねん。今社会人で今日はたまたま休みやねんて」

 佐々川さんは説明しながら助手席に乗り込んだ。お疲れ様でした言うて帰った方がええかもと思いつつ、あん時の永崎は高校生ふつうにボコってたんかと思いつつ、後部座席に慎重に乗り込んだ。


 自宅には連れて行かれへんかった。チェーンの喫茶店にお兄さんは車停めて、三人で昼下がりの喫茶店内に踏み入った。

 三人分の飲みもんが届いた後、お兄さんが腕折られた後の話をし始めた。

「全治半年くらいやったんですけど、まあええ機会にもなったんです。大学進学は絶望的やけど就職ならなんとかなるてその時の担任も言うてくれて、今はどうにか工場員やらせてもろてます。そんで、その、妹には何回も永崎洸太さんの話したもんで……俺の腕折ったやばいやつ、て印象が強いんちゃうかなって」

「だってそのまんまやん。中学生にナメられたない言うて、めちゃくちゃなことしたんもお兄ちゃんやけどさ、腕わざと折って口で字書かすとか鬼畜やん」

「あれは、あれはさー……」

 お兄さんは俺をチラッと見てから、

「永崎洸太のもんに手ぇ出したんが悪かったって……」

 そう言いにくそうに言うてカフェオレを一口ぐびっと飲んだ。

「それに俺、高校卒業間際に一回だけ永崎洸太と話す機会あってん」

「え、それ私知らん」

「俺も知らん」

 つい口挟んでもうたけど、お兄さんはニコッと笑った。

「腕折ったこと謝りにきたんですよ。もうめっちゃびっくりしました、ビビり散らしながら今更なんで謝るんか聞いたら、鷹島先輩が気にするかもしれんからて言い出して……いやもう俺、鷹島さんのことすごいと思てます。あの狂犬手懐けたんほんまにやばないですか?」

 ニコニコするお兄さん、ぽかんとする佐々川さんを交互に見た。俺はなんも言われんかった。そういやこれまだ持ってます言うて、俺がそのまま渡しとったシャーペン見せられて余計に言葉が出てこんかった。


 お兄さんは駅までと言わず、俺の地元まで送り届けてくれた。佐々川さんも一緒やった。家知られんのはなんとなく気まずくて最寄り駅で降ろしてもろたけど、別れ際に佐々川さんが窓開けて身を乗り出した。

「これからも友達やから」

 そう強い目で言うてから、手を差し出してくれた。

 永崎がお兄さんの腕やってもうてごめんとか付き合えへんのによくしてくれてありがとうとかもしかしたら永崎入学後、中学の時みたいに周り全部焦土になるかもしれんから今縁切った方がええかもしれんとか色々言いたかったけど、やめた。

「ありがとう、俺も大事な友達やと思うてる」

 手をしっかり握り返しながら、一言一句丁寧に返した。佐々川さんはちょっと笑って頷いて、一回強めに握ってから手え離して腕も顔も引っ込めた。

 クラクション鳴らしてから走り去る佐々川兄妹の車を見送った。その後に俺はギリギリ開いとった駅近くのちっさい本屋に滑り込んで、漫画の文庫コーナーから三冊本を引き抜いた。ポーの一族。吸血鬼の一族の話。そこそこ金飛んだけど一気に買って、今度こそ自宅方面に足向けた。


 このあとは夏休みも二学期も、でかい事件なんかは起こらんかった。

 色々あるんは佐々川兄に狂犬て呼ばれた俺の主人公が無事に同じ高校への入学が決まってからや。

 大体は、息潜めとった永崎の親父のせいやけど。

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