6

 二年になった春に廊下で出会った内堀は春休み中にハニーと別れてもうた話を嘆きながらしてきた。ちょっと喧嘩してもうて、そのままになったらしかった。可哀想やけどそんなもんやなと思う気持ちがあった。少女漫画みたいにうまくいったままゴールインできるなんて話は現実にそうそうあらへんもんや。

「鷹島はどうやねん」

「どうやねんてなんやねん」

「佐々川さんや佐々川さん、同じクラスになっとるやろ? どう考えてもめっちゃチャンスやん」

 そう言うて鼓舞するように俺の肩をばしっと叩いた。内堀はええやつや。俺に彼女とかできたら手放しでよろこんでくれそうなやつや。そんなやつに俺はまあぼちぼちなて煮えきらん返事して、予鈴に従って自分の教室に戻っていった。佐々川さんとは入るなり目ぇ合った。仲良い友達と同クラらしくてその子と向かい合わせでなんか話しとったけど、俺が手ぇ上げて挨拶したらにっこり笑って上げ返してくれた。

 佐々川さんと体育祭で話したあと、それなりにメールとか立ち話とか交流は続けてた。彼女は彼女でええやつや。主人公が他におるって言うてもうた俺に対して、変な顔も変な同意もせんかった。

「私が深く突っ込める話やなさそうやね」

 て台詞で全部聞かんかったことにしてくれた。

 自分の席について鞄片付ける。近くの席におる名前まだ覚えてへん男子とあれこれ喋って、そのうちに担任入ってきて諸々始まる。授業中、前の方の席におる佐々川さんの背中をふっと見て、内堀のどう考えてもチャンスやんて台詞を思い出しながら今度は窓の方に視線やる。曇っとる。遠くにグラウンドが見える。一年のどっかクラスが一限目から体育やっとる。

 見知った女の子がこの高校に増えたんよなって俺は内堀には言うてへん。


 小林はこの高校に合格した後に俺と永崎呼び出してVサイン見せてきた。集まれるとこ少なくて俺の家やった。春休み中ではあったから俺らは時間あったし、平日にしたから親もおらんかった。

 俺のいれたほうじ茶飲んどる永崎の横で、小林はピッと背筋を伸ばした。

「鷹島先輩の後輩になります」

「おお、よろしくな。ちゅうても別に先輩後輩の絡みとかあんまないけど」

「私も積極的に絡みには行きません」

 そらそうや。俺と小林を繋ぐもんはそこのほうじ茶飲み干した主人公だけや。小林は高校が割と家から近いことが嬉しいみたいで、おかんの世話しなあかんからて普通の顔で言うた。ここで永崎は顔上げた。

「小林のおかん、全然よくならへん?」

 永崎の声には申し訳なさみたいなもんが滲んでた。俺にわかったからには小林にもわかったやろう。小林は慌てた顔で隣の永崎の背中に手え置いた。

「永崎くんのせいとかちゃうし、その、鬱? 的なやつって、そんな簡単に治りましたーってなるもんちゃうよ」

「そうやったとしても、おれの親父のせいやし」

「そんなん永崎くんに関係ないやん。それにほら、」

 小林はちょっとだけ躊躇ったけど、

「うちのおかんが、あかんことした結果なんやし」

 自分にも言い聞かせるみたいに付け加えた。

 俺は永崎と小林の親父とおかんが繰り広げた不倫劇の詳細は知らん。口出すような話やないとも思うとる。せやから黙ってあったかいほうじ茶飲んだ。二人は何回もこの話したんやろなと思う雰囲気で二回三回会話の応酬した後に、小林がそれとなく話題切って終わらせた。

 俺の家出る時はそんな暗いわけでもない、夕方になる前かなて時間やったけど、小林に送ってくれて頼まれて一緒に歩いた。永崎と小林は家近いから途中まで永崎も一緒やった。その間は永崎が「おれも先輩の高校にはよ行きたい」てかわええこと言い出して、小林はライバルめ……て顔で俺を睨んでた。

 永崎は家の近くまで送らせてくれへんから途中で一人で帰っていった。小林と二人になって、まあ女の子なんやし家まで送るかて歩き始めたところで横からガッと手首の上あたりを掴まれた。

「うお、なんや」

「話あるんです、永崎くんには聞かれたない話が」

 あーだから送って欲しかったんかて把握しながら了承した。小林は頷いて、家から近いとこにある公園まで俺の腕引っ張って連れてった。

 家出た時よりは暗なってた。二人で冷えとるブランコに並んで腰掛けて、特に誰もおらん公園を見渡してから隣見た。小林は深刻な顔やった。一体なんや、とビビってる俺に、私のおかんの話です、て静かに言うた。

「たぶんなんですけど、永崎くんて今、お父さんにそこまで殴られてませんよね?」

「え? ああ……まあ、そうかもしれん。怪我しとる日あんまないなあ」

「それ、お父さんがまた不倫かなんかしてるからやと思うんですよ」

 つい黙ってまう。そんな雰囲気のことを永崎も言うとった。そもそも中学校におった養護教諭が永崎の親父と繋がっとって俺の転校の話やらなんやら漏らしたんやから、あのおっさん女おらん時の方がないんちゃうて思うほどや。

 そんで、今、小林が深刻そうにいうてきたってことは、もしかしてまた小林のおかんと永崎の親父が会ってるなんて地獄になっとるんか。

 そう考えて背筋寒なったけど、実際はちょっと違うかった。

「おかんの精神状態がようならへんの、すでに永崎くんのお父さんのせいちゃうくて」

「え」

「うちの親、ずっと離婚の話し合いしてるんです」

 返事ほんまに思い付かんかった。俺の年齢ではわからへん大人の泥沼に、なんてコメントしたらええんかわからんかった。不倫とか離婚とかのレディコミックは俺の守備範囲外やし余計に想像もでけへんかった。

 小林は溜め息ついて、ブランコを軽く揺らした。ぎいって軋んだ音がして、公園はほぼ無音やからめっちゃ大きく響き渡った。

「離婚したら、永崎くん、余計に気にするかなって考えたら、言えないんです」

「ああ……それはそうかもしれんな……」

 でもなんで俺には言うねん。これは伝えへんかったけど伝わってもうたみたいで、小林はブランコ漕ぎながら頼みがあるんですてまず言うた。

「永崎くんほんまに鷹島先輩が好きやから、先輩の話なら聞くかと思って」

「……絶対聞く保証はあらへんけど、なんや?」

「小林の親御さんのこと気にせんでええって旨の話を、してあげてくれませんか」

「俺がわざわざ?」

「うん、先輩がわざわざ」

 小林はそこそこ揺れるようになったブランコの上で大きな息を一回吐いてから、

「私、永崎くんと二人でいる時に、親の話ばっかりになんの、もう嫌なんですよ……」

 心の底からの願いを言うた。

 俺は、了承したるしかあらへんかった。


 そんな小林が新一年生になった高校生活は平和に進んだ。小林とはたまに廊下で会うけども、まあちょっと挨拶するくらいでそれ以上はなんもない。クラスの友達には一年女子に手え出しとるんかとか言われたけども中学が同じで交流あっただけやって返して流した。

 永崎にはちゃんと小林に頼まれた話をしといた。数分考え込んどったけど、このくらいならええやろと思うて親の話ばっかでも小林がつらいだけかもしれんやろて事実を話したら頷いてくれた。永崎は基本的には素直や。小林のことも、大事やと思うてるからこそ親父のしでかしがきついんやろうなと俺にもわかった。

 ほんで実際にちゃんと親の話やめたみたいで、夏休みに入る前に階段で会うた小林に呼び止められて頭下げられた。通行人の邪魔になるからちょっと移動して、廊下の突き当たりにある生物室の前で話聞いた。校内でまともに話すんは初めてやった。

「この前電話したら、普通の話題ばっかでした」

「おお良かったやん」

「はい、ほんまに、……、」

 ここで小林はぼろっと大きい涙こぼして、俺めっちゃほんまに焦った。小林は顔を手で覆いながら「高校の楽しいかとかおれも受験がんばって同じとこ行くからとか高校で困ったら鷹島先輩おるとか色々話してくれました」て涙声で話し始めた。もう横から見たら後輩泣かす先輩やん。そんなことしとる間に予鈴鳴るし。小林は授業行けなさそうになってもうたし。しゃあないから古典の授業諦めて、小林が泣き止むまで横にはおった。

 古典が終わる頃にはなんとか復活してくれた。泣いたこと永崎くんには言わんといてくださいよて言い残して、自分のクラスに戻って行った。はーやれやれと思いながら俺もクラスに戻って、どこ行っててんとか友達に聞かれたら適当に濁してその日の授業は終えた、けど。

 放課後の人が捌けていく教室の中で、佐々川さんに呼び止められた。

「生物室前で話してた子、もしかして告白されてたとか?」

 見られとったことにびっくりしすぎて、

「いやちゃう、あの子はヒロイン枠やねん」

 慌てて最悪な返ししてもうた。佐々川さんはきょとんとしてから思い出したような顔になった。

「前に言うてた、鷹島くんの主人公の恋人なんや」

「恋人、にはなってへんと思うけど、とにかく告白とかはされてへん」

「そうなんや、良かった」

 佐々川さんには含みがあった。俺そんな鈍い方ではないから、あ、と思うた。

「せやったら鷹島くん、私と付き合ってみたりせえへん?」

 予想通りの台詞を言われた後に、俺は最悪なんやけど永崎の顔を思い出してもうとった。

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