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「鷹島さあ、二年になっても三年になっても佐々川さんと付き合わんつもりかあ?」

 冬休みに前に内堀がそう聞いてきた。

「二年はともかく、三年は無理やな」

 て正直に返したら、

 「今から受験のこと考えとんのかい! お前真面目なん!?」

 とか嘆かれたけど笑って流した。

 もう冬やった。彼女と順調らしい内堀の惚気を話半分に聞きながら、俺は冬休み中の予定を浮かべてた。

 ほんで冬休みに入った初日に、予定通り永崎を泊めるための準備した。


 体育祭の時に佐々川さんと話して吹っ切れた部分があった。俺に主人公みたいやて言うたあの言葉や。それは絶対に違うかった。俺はそんな補正で守られる、なんでもええから信念があるような奴やない。

 俺の主人公は永崎や。変な意識してもうてるけども、あいつがずっと俺の主人公なんはこの先も変わらんて強く思えた。

 せやから俺は永崎のためにない頭しぼって考えた。もちろんあいつの最終目的の親父への報復や。俺に接触してきてほんま理解でけへんこと言うて、転勤握り潰してまで俺を利用しながら永崎を転がして遊んどるようなあのクソ親父の裏かくようなことでけへんやろかて二学期の間ずっと悩んだ。

 最終的に、今まで有り得んかったことをしてみるんはどうやろうか、と思た。プラスして強化合宿みたいなことしたいな思て、これ同時にできるんちゃうかてひらめいた。

 まあ高校生の浅知恵や。クソ親父の裏なんてかけてへんとはわかっとる。どれかといえば比重が永崎に向いた。視野とか視界みたいな話や。毎日毎日クソ親父のおる家に帰って、日によっては殺そうとして返り討ちにあって、そんなルーティンは永崎が小学生の頃から続いとるらしくて、それやったら永崎も凝り固まってもうた部分がありそうやった。

 永崎は何考えとるかわかりにくい。俺に懐いてくれとるんはわかるし、被害がいかんようにて小林を遠ざける優しさのあるええ子なんも知っとるけど、育ちが特殊やからかどうにも掴みにくい。

 それをちょっとはほぐしたら、永崎の中でなんか変わって息抜きとかできたりするかもしれん。

 せやから冬休み中、俺の家に一週間くらい泊まるか聞いた。永崎は意外にも即答した。

「泊まりたいです。ええんですか?」

 もし尻尾生えてたら振ったんちゃうかなて思う様子やった。なんかびっくりしてもうたけど態度に出さんよう気をつけて、次は俺の親二人にアポとった。反対するかな思たけどすんなりオッケーもろた。多分これ、永崎の親父に世話になったっちゅうかまあそういう恩返しみたいな部分あるなと気付いたけども、乗っかった。

 準備は順調にできた。冬休みに入ってすぐに、永崎は荷物抱えて鷹島家にやってきた。

 この一週間が終わったあと、これが正解やったんか不正解やったんかわからんまま日々を過ごすことになるなんて少しも思てへんかった。


 泊まりの初日、永崎は出迎えた俺の両親にめちゃくちゃきっちり挨拶した。頭下げてありがとうございますお世話になりますて丁寧に言うて、親は二人とも笑顔になった。そら呑気な俺の両親なんやからほのぼのしとる。特におかんは俺が永崎気に入っとるのめっちゃわかっとるから目ぇなくなったんかてくらい表情緩めて永崎を迎え入れた。

「実に弟できたみたいでええなあ」

 とか永崎が来る前日に言うとった。

 親への挨拶はそこそこにさせて、一週間泊まってもらう俺の部屋に案内した。広い家ちゃうから一室貸し出しはまあ無理や。永崎は俺の部屋の場所覚えとるし、案内せんでも後ろついてきてくれた。

「床に敷いた布団で寝てもらうことになるけど平気か? 俺どこでも寝れるからこっちのベッドと交換でもええんやけど」

「床で大丈夫です。家でも床なんで」

 それはちゃんと布団で寝とるんかどうか、今は聞いたらあかんと思うて頷くだけにした。永崎は俺の指定したとこにスポーツバッグ置いて、部屋の真ん中に出しといた折り畳み机の前に三角座りしてこっち見た。俺はベッドに座ってた。まばたき三回分くらい見つめ合ってから、なんとなくおもろなって笑ってもうた。

「永崎、なんやお前、緊張しとる?」

 ほんまにそうやと思て聞いたわけちゃうかったけど永崎は首を縦に揺らした。

「人の家、泊まるん初めてです」

「あー、なるほど。せやけど俺相手なんやから、緊張せんでも大丈夫やって」

「鷹島先輩は、人泊めるん緊張しませんか」

 する。ばりばりする。なんやったら俺こそ部屋に人泊めるなんて初めてや。転勤族で深く付き合う相手なんかおらんかったんやから当然や。

「永崎相手やしな、ぜんぜん知らん子泊めるより余裕やで」

 て返したけど緊張してへんわけはない。変に意識しとるん自体はそのままやねん。

 永崎は俺の内心には気付かんとちょっと笑って、相変わらず伸びとる前髪の隙間から綺麗な形の両目覗かせた。そんでから三角座りほどいて、一週間よろしくお願いしますて言うた。俺は笑って受け取って、まあとりあえず漫画読むか宿題するかやなて声かけて、まだ最終巻まで貸せてへんかったうしおととらの続きの巻を本棚から一気に取り出した。

 一日目はこんな感じで、お互い妙な緊張ありつつうしおととら読んで過ごした。

 おかんは張り切って夕飯作ってて、永崎は食卓に並んだ料理見て動き止めとった。普段は何考えとるかわかりにくい奴やけどこん時はわかった。ポトフに温野菜サラダに人数分のハンバーグに炊き立ての白米ていう献立に、動けんくらいびっくりしとった。

 夜、部屋の電気消してさあ寝るかって時に永崎は言うた。

「おれの家、スーパーの惣菜か焼いて焼肉タレかけた炒め物しか出ません」

「……まあ、俺の弁当めっちゃ美味そうに食うとったん見たり、昼にパンしか持ってへんの見たりしたから、そうやろうなあとは思うてた」

「先輩のお母さん、優しいし明るいし、おれ好きです」

「はは、おかん喜ぶわ」

「先輩のお母さんやから、余計好きなんかも」

 思わず永崎のおる床を見た。電気消しとって暗いからどんな顔しとるんかはわからんかった。せやけど顔はこっち向いとった。

「言うたことあったかわかんないんですけど、おれ、鷹島先輩が飛ぶとこ見てました」

 飛ぶとこ、ておうむ返ししたら、

「渡り廊下から」

 状況が付け加えられて一年くらい前の話やのに一気に懐かしくなった。俺が初めて永崎を認識した日や。

 不良のして自分で自分の腕ぶっ刺して、出血して倒れとる永崎に先生すら近寄らんかったあの日の。

「ちょっと腕刺しすぎたなと思てました」

 永崎は俺を暗い中で見つめたまんま話し続ける。

「倒れて、どないしよかな思て周り見たんです。誰もこっち来んかった。窓からも渡り廊下からも色んなやつが見とったけど、おれ、全員のことよう知らんし誰に声掛けたらええか、わからんかった。そしたら渡り廊下に小林見つけたんです。あいつは、話さんようなったあともおれのこと気にしてくれとったから、こっち来るかも知れんなって……。せやけど動いたんは、隣にいた鷹島先輩やった。渡り廊下からためらいもせんと飛び降りたとこ見た瞬間、おれあの人好きやな、と思いました」

 言葉が途切れて冬の夜に混ざる。なんでもええから返事しようと思うんやけど声が出ん。その間に永崎は体勢変えて仰向けになって天井見た。毛布があったかくて嬉しいて話してからふっと息吐いた。笑い含んだ息やった。表情があんま変わらん永崎には珍しすぎる動きやった。

「親父殺すこと以外に興味湧くと思わんかった」

 結句みたいに呟かれた言葉が消えんように俺は起き上がった。床におる永崎を見下ろして、こいつはほんまにて思いながら自分の胸元を右手で擦る。その後に無言で俺見上げとる永崎にちゃんと言う。

「俺やって、転校したなくて足掻くくらい大事なやつできたん、初めてやねん」

 永崎は何も答えんかった。俺がすぐ布団被りなおして寝るて言うたからやけど、早なってもた鼓動押さえてたらそのうちに寝息聞こえてきた。俺も落ち着いた後はすぐに寝た。冬の夜が冬の朝になった時にはお互い昨晩の話は口に出さんかったけど、起き抜けで永崎は夜みたいにふって息吐いて笑った。繋がりていう目に見えんもんがちゃんとわかる笑い方やった。


 その後の、俺の大事な主人公の宿泊期間は特筆するような劇的なことは起こらんかったけど、一生覚えてるやろなと思うくらいなんも問題ない平和で貴重な時間がすぎた。

 冬が春と交代して一学年上がったあと、俺は内堀とは離れて佐々川さんと同じクラスになった。

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