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新学期になった高校に登校したら内堀に彼女できた?て早速聞かれた。
「できてへんできてへん、お前は?」
聞き返したらよう聞いてくれた!て言いたそうな満面の笑みが向けられて、夏休みに遊びに行った時の子とええ感じになってついに付き合うことになったてにっこにこのまま話された。内堀はほんま、めちゃくちゃ高校生やなと思た。ありきたりやとも言うてまえるけども、それ自体は一生モンになるたぐいの健全な男子高校生やった。
内堀の彼女自慢、恋人ができてほんまに嬉しいて話を聞いてから、俺は一応佐々川さんの話をした。メッセージのやり取りは続けてた。HELLSINGの話が多かったけども、今朝たまたま下駄箱で会うた時にはお互い笑って気さくに挨拶した。気は合うと思う。俺が勧めた漫画も読んでみる言うてたし、このままやり取りしていったらそこそこ親密になれそうや。
「いや〜、鷹島もはよ付き合ってまえよ! ほんまこう、彼女ってのはええで……一緒に外歩いとるだけで、あーこの子俺の彼女なんやなあ……ってしみじみできるねん……」
「もうめっちゃ浮かれとんなあ」
「何言うてんねん、こういうのは浮かれてなんぼやろ」
内堀は清々しい健全さで言い切った。俺はまあそやなあとか適当に同意しながら、今度は永崎のことを思い浮かべて心ここにあらずな状態になってもた。
俺の親父の転勤を永崎の親父が止めた事実について、夏休み中に何回か永崎と話し合った。はじめはうっかりバレた勉強会の日、いっぱいおる桜の木に見下ろされながら話したあの時で、永崎の親父は永崎が殴りかかってくるように誘導しとるんちゃうかて仮定を聞かせた。
永崎の親父がほんまは何を考えとるかなんて俺にはわからん。せやけど俺がどっかに引っ越さんように動いた事実はある。
ほんでこれは、永崎が俺に懐いてくれとるからこそ起こったことやと俺は思う。
ここまでを永崎に話したら、めちゃくちゃ渋い顔を寄越された。
「でもせやったら、……おれはあんまり、鷹島先輩とおらんほうがええですか」
「え」
「おれが鷹島先輩のとこにいつも行くから、親父がちょうどええと思て、利用してるんですよね?」
「まあ……そやな」
暗い夏の桜並木の下で俺らも暗なった。別にこう、永崎と会うのやめたいとかってわけやなかったから、困った。ほんでもし会われん状態にするんやったらこれ前までの小林雛乃ちゃん状態やん。永崎が気ぃ遣って親父とか永崎家から離れられるようにって話し掛けへんようなるやつやん。
「あ、会うのは別にええやろ」
焦ってきてつい言うた。永崎は俯き気味になっとった顔をぱっと上げて俺を見た。
「ええんですか」
「お、おお、いやほら、実害自体はないっちゅうか、俺も親も特にヤバいことされとるわけちゃうやんか」
「……それは、確かに」
「せやろせやろ、だから」
「せやけどあの親父のことやからなんか企んでると思います」
これは否定できんかった。今度は俺がめちゃくちゃ渋い顔になってもうてた。永崎はまたちょっと俯いて、俺らの上で桜の葉っぱがザラザラ鳴った。
こうしててもしゃあないから、とりあえず行こか言うて永崎を家の方向に向かわせた。ほんまやったら永崎を俺の家にでもしばらく泊めさせて親のヤバさを行政に伝えて保護してってせなあかん、そうすんのがまともで当たり前やってこの段階の俺はわかってた。せやけど永崎が、この俺の主人公自体がそれをはじめから拒否っとる。いつか親父を殺す。それまでは死なん。そう鋭い通り越して全部ぶっ壊すような目ぇしながら言うたことを俺はずっと忘れへん。
家の近くまでは相変わらず送らせてくれへんかった。また二日後くらいには会うて、親父をどうするか俺らをどうするかて話をした。特にええ解決策は思い付かんかったし永崎は話し合った最後の日、明日で夏休み終わるっちゅう段階でひとりごとをぽろっと漏らした。
「先輩に会われんようになるん、嫌やな……」
この言葉でとりあえずの現状維持が確定した。
俺やって、小林やら堀内やら佐々川さんやら思い浮かべてたくせに永崎一人だけ選んだようなもんやった。
高校生活はほんまに平和な時間が過ぎる。体育祭が九月にあって、その準備やらなんやらで忙しくなった。美術部のクラスメイトがクラスごとに応援用のでかい絵とか描いたりしてて大変そうやったし、俺はそこそこ運動できる方ではあるからリレーのメンバーに入ったりして陸上部のクラスメイトとバトン渡しの練習何回かやった。
まあせやけど一年生やからそんなもんや。体育祭て個人的には三年のためのもんやと思う。当日は俺の予想通りに三年生の人らが一番盛り上がっとった。めっちゃ晴れてて暑かった。応援用のでかい絵は三年生のが気合い入りまくってた。汗垂らしながら三年三組の精巧なドラゴンの絵見上げて、あー青春やなあ、て相変わらず他人事みたいに思うてた。
そうやって昼休憩中にボーっとしとったら肩ぽんぽん叩かれた。
横には首にタオル巻いた佐々川さんが笑顔で立っとった。
「三年三組さんのドラゴン、めっちゃすごない?」
「おー、ほんまに上手いなあ思て見上げとった」
「これ多分ドラゴンクエストスリーのしんりゅうやで」
「あ、そうなん?」
「かなり有名なドラゴンなんやけどなあ。鷹島くん、ゲームはあんまやらへん?」
「そういややらへんな。漫画ばっかやわ」
佐々川さんはここでなんでか声上げて笑った。変なこと言うたかいなと思てたら、
「お昼食べた?」
て話をずらされた。
ほんで食べてへんかった。内堀はさっさとマイハニーのとこ行ってもたし、他のクラスメイトとも仲良くはしとるんやけど一番の友達て雰囲気やないから、一人で三年三組のしんりゅうさんを近くで見たくてなんもせんままここに来てた。三年三組の人っぽい先輩らが俺と佐々川さんがしんりゅうさん見上げてんの見てフフンて顔してんのもちょっとおもろかった。
佐々川さんが笑ったまま片手上げた。手には弁当箱がぶら下がっとって、俺は把握したから一緒に校舎の方に行った。もちろんおかん特製弁当持参や。全校生徒おるから二人きりとかにはなられへんけど、机空いとったから佐々川さんの教室の中で向かい合わせで弁当広げた。
漫画とドラゴンクエストスリーの話聞きながら弁当食った。教室には他にも何人か人おって、一番近いとこにおる女子のグループがときどきキラキラしとる笑い声上げとった。アオハル舞台の漫画の女子高校生のイメージそのものやった。最近のやとルリドラゴンとかアオのハコとかかな、て口に出した。佐々川さんはまばたき二回してから高校生ジャンプ主人公? て聞いてきた。
「おん、俺基本的にジャンプばっか読むねん」
「そうなんや? 私、ハイキュー好きやったわ」
「あーなんかイメージ通りや」
「わかりやすいオタク女やもん」
佐々川さんは明るく言うてから、
「鷹島くんて、主人公っぽい時あるんよね」
返事に困ることを続けてきた。
「主人公?」
「うん。なんやろ、ふつうの友達多い高校生なんやけど、ちょっと踏み込まれへん感じするというか」
「え、なになに、俺封印されし第三の目とかありそうなん?」
混ぜ返すつもりやったのに佐々川さんは肯定した。
「そこまで厨二ではないんやけど、ほら、鷹島くんて内堀くんと仲良いやん?」
「おお、多分あいつと一番一緒におるな」
「でもなんていうか、親友みたいなニコイチとはちゃうやん」
「そら……言うて今年の四月に出会ったとこやしなあ」
「期間関係ないよ。えーとな、私が言いたいんは、鷹島くんて学校以外の生活がほんまになんもわからへん、ってことなん」
なんやそれ、とかなんとか適当に言えばよかったんやけど無理やった。
俺の頭には当然永崎の顔が浮かんでて、浮かべてもうたからには今あいつ一人でパンとか食うとるとこかな小林が様子見に行っとるかなて考えてもうてて、佐々川さんは俺の思考が飛んだことには気付いてへんやろうけど核心の近くらへんには触れる続きを言うた。
「学校の外に仲良い友達いてるんやろなあ、って雰囲気あんねん。それはぜんぜんそんな人もおるやろうけど、でもその謎っぽいとこが、漫画の主人公みたいやなあて思ってん。私漫画好きやからかな、鷹島くんがそういう人やから、なんかめっちゃ気になってしまうんよ」
近くにいたキラキラの女子グループがいつの間にかおらんようなってた。教室は俺と佐々川さんの二人きりで、もうすぐ体育祭が再開されるアナウンスが校庭側の窓から聞こえてた。相変わらず快晴で、秋の空は触れられへんほど高かった。色んなとこから体育祭の爽やかな喧騒が感じられて、どこを切り取っても健全な高校の一般的な催し、のはずやった。
「……主人公は、俺以外に別におる」
言うつもりなかったのに漏れた俺の声は低かった。佐々川さんはまばたきした。驚いた時の癖みたいで、ああ、永崎もこんくらいわかりやすかったらなあて考えた時点でもうあかんかった。
体育祭は無事に終わった。祭り事ムードもなくなって、一学期と変わらん高校生活がまた戻って来た。授業は普通、テスト結果も普通、内堀としょうもない話とかして笑てるんも普通で、平和そのものやった。佐々川さんとも変わらんとメッセージ送り合ったり廊下で話したり駅までは一緒に行ったり仲良うしてた。もうはよ付き合えやて内堀は言うて、俺はそういう好意持たれてへんて返してた。日常系のゆるい漫画みたいやった。
でもここは、俺の主人公がまだおらへん。
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