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 川辺にちっさい公園があった。もうほぼ夜やし子供なんかおらんかって、電燈が寂しい光吐きながら一本だけ生えとった。

 おっさんこと永崎の親父と隣り合わせでブランコに座った。ベンチより距離保てるからブランコにさせてもろた。なんちゅうか、余裕で怖かった。永崎の親父がなに考えとんのか全然わからんかった上に俺と永崎の仲の良さ、どんな感じで交流しとるか知っとるみたいで怖かった。

 せやけどこれはわりとすぐ説明された。

「中学校の教師になあ、俺の知り合いがおるねん。そいつから色々聞かしてもろたわ」

 そらもう中学校では永崎とばっか一緒におるから先生やったらほんな現場なんぼでも見とるやろう。でもそれなんでこいつに言うねん。そうは思たけどもまあ言うてまうかとも納得した。だってこのおっさんが元凶で永崎は浮きまくってて、永崎家って家単位でドン引かれとるわけやから。

「鷹島くん、洸太になんで好かれとるんや」

 単刀直入に聞かれた。ちらっと横目向けたらガン見されとって慌てて逸らした。笑い声が聞こえる。含みのある煙みたいな笑い方やった。

「……わかりません」

 キレられるかもなと思いながら素直に答えた。親父はなるほどなあとか言うてから、

「せやけどお前三年生か。高校行っても洸太の相手したるんか?」

 何知りたいんかわからんことを聞いてくる。

「そら……まあ、多分」

「ほぉん、お前はお前でなんで洸太なんか気に入ってんねん」

「……答えなあきませんか?」

「どついてもええんやったら答えんでええよ」

 ぶん殴られて言う事聞くんは、なんちゅうか永崎に悪いなて気持ちが勝った。黙ったままでいたらそのうちまた煙みたいに掴むとこない笑い声が人おらん公園の中に響いた。ブランコの鎖がじゃりって鳴った。鷹島くんおもろいなあとか言われたけど俺はなんもおもろなかった。

 この人ふつうに怖いやんけと思ってた。

 何考えて俺捕まえて息子の話なんかしてんのか、ほんまにひとつもわからんかった。

「なあ鷹島くん、どこの高校行くねん」

「えっ……と、……隣町のとこです、学力ふつうのとこ」

「せやったら洸太もそこ行きよるな」

 ちょっと止まってもうてから、

「学費出すんですか」

 思いっ切り神経逆なでしそうなことを聞いてもた。あーこれ殴られるわと思うた瞬間に蛇みたいな速さで片腕が飛んできて、衝撃はなかったけど胸倉を乱暴に掴まれた。

「ナメた物言いするなあ、鷹島くん」

「すん、ません、……殴るんですか」

「ほんまにナメとるやんけ」

 親父は突き放すみたいに俺の制服から手え離した。反動でブランコ揺れて、バランス崩して落ちてもうた。土の上に膝つきながら親父を見上げた。キレとるんかと思ったら笑ってた。もうすっかり夜になった暗さの中に意味不明な薄笑いが浮かんでた。

「洸太、俺のこと殺したいらしいで」

 弾む声で言うてくる。

「今はずっと返り討ちにしとるけどなあ、息子の成長てええもんやろ。ええもんやねん。まだ中一のクソガキやねんから俺に敵うわけないやんけ。それでも殺したるって言うてくる目付きがどんなやつより真剣で本物やから、せやったら殺せるまでやってみろやて思うとるし未来が楽しみでしゃあないねん。俺はあいつのこと虐めとるわけちゃう、学費くらい出したるわ」

 俺はなんも返せんかった。呆然としたっちゅうか、場違いな想像でもしてへんかったら一ミリも受け止められへんイカれ方を見せられた。永崎は主人公や。主人公にとっての一番の敵っちゅうのは親父の場合がそこそこある。それを目の当たりにしてるんや俺はって、笑っとる永崎の親父を見上げながら考えることしかでけへんかった。

「鷹島くん」

「……、なんすか」

「洸太と仲良うしたってや」

 そう言うてから永崎の親父は煙草咥えて火ぃつけて、散歩でもしてたような自由さで夜の公園から出て行った。俺はブランコ近くに座り込んだままやった。吐く息がちょっとだけ白かった。親父が座っとったほうのブランコが座られてた名残りでふらふら揺れてて、俺は深呼吸してからやっと立った。仲良うしたってやって親御さんに頼まれてこんな怖いことあるんやなと思た。歩き始めたけども両足とも微妙に震えとって情けなかった。

 永崎には親父とこうやって話してもうたとは言わんかった。

 心配させたなかったし、何考えてんのかほんまにわからんっちゅうか明らかにイッてもうてる親父やったし、高校の学費出るみたいですてちょっと嬉しそうに俺に言うてきた永崎が後輩らしくてかわいかったから、余計な話せんとこうと俺は決めた。

 永崎のことがほんまに大事になってもうててん。


 秋なんてすぐに消えて冬がすぐ来た。俺は一応受験生やけども行くつもりの高校は勉強せんでもまあ受かるわって学力やから、どえらい進学校行くために勉強しとるような同級生尻目にして相変わらずぷらぷらしてた。ジャンプ読んだり花とゆめ読んだりや。花ゆめっちゅうか少女漫画はなめたらあかん。やっぱ人間関係の上手さとか段違いやし主人公の恋路応援したるわって気持ちになるねん。

 恋路言うたら小林さんやけど、彼女も永崎が高校行けるて知って喜んでた。せやから俺の選んどる高校には小林さんも永崎も来るやろう。それに中学やとどうしても周辺のガキばっかになるから永崎はほぼみんなに距離置かれるけども、高校やったら隣町やし色んな地域から生徒が来るし、永崎は中学ほど浮いたりせんのちゃうかと思うてる。

 永崎の親父のことはともかく、永崎がちょっとはましな学校生活送れるんやったらわりとええやん。

 俺は密かにそう考えとって、まあ呑気すぎるんやけど未成年の主張みたいなもんやった。等身大とでも言うんやろうか。結構日々に必死な感じ。

 永崎が脳内で何思っとるかなんて俺にも小林さんにも永崎の親父にすらわかるわけあらへんねんけどさ。

「鷹島先輩、冬休み中は何するんですか」

 いつもの階段で永崎が聞いてくる。

「クリスマスとか空いてますか」

「おー、彼女もおらへんしなあ」

「……? クリスマスと彼女って、なんか関係あるんですか」

 またまた〜と思いながら横見たらきょとんとされてた。あっほんまにこいつ「クリスマスといえば恋人や家族と以下略」の定型知らんねやって気が付いた。欠落の仕方がいつも予想外や。色々教えたらなあかんて気になってまう。

「よし、少女漫画貸したるわ」

「少女漫画?」

「基本的に恋愛しとるからな、クリスマスにいちゃついてる回とかも入っとるはずや」

「そうなんですか。クリスマスにはカップルがいちゃついてんが世間のふつう、ってことですか?」

「そうや。中学生の俺らやけども彼氏彼女おるやつはおるし……お前もせやな、小林さんとか誘ってみたらめっちゃ喜んでくれると思うで」

 永崎に対しても小林さんに対してもナイスな助言やと自分で思た。せやけど永崎は首振った。

「恋愛とかカップルはええんです。おれそのうち親父殺して捕まるんで、おってもしゃあない気ぃします」

 世間話の調子で最悪の未来について話された。いやそれはあかん、とか、俺は言いかけてから口閉じた。そもそも俺は永崎になんか言えるような立場ちゃう。永崎の誰よりも全力で突き進んで誰からも遠巻きにされとった異様な姿に目え奪われて主人公やと決めただけで、俺はあくまでもどこまでも傍観者やった。

「あ、せやけど少女漫画は読みます。クリスマス、親父もおかんもおらんみたいなんで、先輩の家行きたいんですけどええですか」

 わくわくさを出しながら提案されて了承するしかあらへんかったけど、クリスマス俺と過ごすんかいとかあの親父どこ行きよんねんまた不倫かとか小林さんも誘ったげた方がええかなこれとか色々諸々考えた。

 クリスマス当日の永崎は一人で俺の部屋に来た。

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