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体育祭とか文化祭っちゅう名前の合唱祭とかが特になんも思い出できんまま過ぎてった。永崎もやけど俺もすっかりクラスで浮いとるし、担任も永崎家絡みやとわかっとるから俺が練習せんかってもなんも言わんかった。体育祭は一応百メートル走に出て一位にはなったけどもクラスメイトはまともに反応できんみたいで逆に申し訳ないなとまで思うてた。
秋、深まってきたら寒いやん。春と秋ってすぐ死ぬやん。季節感っちゅうかさ、いつの間にか夏と冬だけになってもうてる雰囲気あるやん。
そんな中での十一月前半、もうだいぶ風冷たい時期に俺はいつも通り永崎と帰ってた。
途中から小林さんも一緒やった。
「永崎くん、鷹島先輩」
「小林」
「お、小林さん」
中学校からまあまあ離れたとこにある、寂れた商店街で待ち伏せされてた。いつもここ通るわけちゃうんやけど、商店街にある潰れかけの駄菓子屋見に行こて誘ってたんを永崎が小林さんに話したみたいやった。小林さんは駄菓子屋前におってん。俺らと一緒に駄菓子屋入って、二十円くらいで買えるやきにくって名前やけどやきにくの味はせえへん駄菓子を三枚くらい買うとった。俺は目当ての早売りジャンプを手に入れた。
三人で外出て夕方の商店街を真っ直ぐ歩いた。別に大した会話はせんかった。永崎と二人でもジャンプとか漫画の話とか授業の話とか、言うて一応先輩やから永崎が困っとった数学の勉強とか見たってて、なんやなんの問題もあらへん先輩後輩の付き合い続けてた。ちなみにボーボボはおもろかったらしいから続きも全部貸した。次は十巻くらいで読めるやつ貸したりたいなと思て探しとる。
そんなこと考えながら商店街歩いてたら小林さんが決意みなぎっとる声出した。
「永崎くん、鷹島先輩、私の家に来おへん?」
俺は反応遅れた。永崎はなんか言いかけてからパッと俺見上げた。えっ決定権こっちなん? 困りながら小林さん見たらはよオッケーせえやって目えされた。
「……行くわ」
了承するしかあらへんかった。小林さんの恋路やら永崎に帰宅させん配慮とか色々あったけども一番はあれや、俺なんや。
もしかして俺はヒロイン小林さんの正式なライバルかもしれへんてちょっと思い始めてはおった。
少年漫画でも少女漫画でも青年漫画でもガロ漫画でもなんでもええけど、恋愛っぽいもんが多少絡んどる漫画の場合、主人公て女の子のヒロインよりも相方っぽい男キャラと一緒に戦闘しとったり友情深まってたりしてるやん。俺多分あれやった。喧嘩とかめっちゃでけへんし暴れる永崎見とるしかない傍観スタイルやけども永崎とずっと一緒におるんは間違いなく俺やねん。
小林さんの家は極々ふつうの一軒家やった。車停める駐車スペースに日除けがあって、その下に車はあらへんた。よう見たら奥の方に洗濯干してあった。小林さんは鍵開けて俺らをリビングに押し込んでからちょっとだけ待ってて言うて洗濯物を取り込んだ。
彼女のお母さんが病んでもうてる話を俺は思い出した。永崎の親父と不倫関係になって以下略て話も芋づる式に引っ張り出されて俺の脳は優秀やけど空気読めんかった。永崎とは並んでソファに座った。部屋の中はあんま片付いてへんかったけど、それは小林家にある渦巻きがぐるぐるし続けとる証拠みたいなもんやった。
「お待たせ」
小林さんは制服腕まくりした状態で戻ってきた。手には盆持っとって、その上には三人分の麦茶入ってた。配るのは手伝った。小林さんは永崎の隣に座って麦茶一口飲んでから、永崎やなくて俺の方に目え向けた。
「鷹島先輩て高校どこ行くんですか」
「えっ?」
「受験ですよね?」
それはそうやけど急に聞かれてびっくりしてもうた。高校、そら行くっちゅうか高校大学は行くのが普通やろてスタンスの親やったし、行くんならどこでもええわって気持ちでもあったし、そんな勉強せんでも入れそうな隣町の学力普通よりちょい下くらいのとこに行くつもりやった。この通りに説明したら小林さんは頷いた。
「私もそこにします」
「えっなんでやねん」
ついツッコんだら小林さんは永崎に目え向けて、
「永崎くんもそこにするやろ」
ほぼ断定な口調で言うた。俺はつい永崎の横顔見た。ちょっとだけ驚いたみたいでパチパチ瞬きしとったけど、俺と小林さんを交互に見てから中途半端な角度で首傾けた。
「親父、金出さんのちゃうかな」
俺も小林さんも「あっ」て声に出た。そう、そうやん。中学までは義務教育やしまあ通えるけども高校ってそうやん。
永崎の家は両親とも働いてはおる、らしい。せやけどもう説明する必要もない。破綻超えてもうとる家や。息子の学費まともに出すわけないやんけ。
小林さんはすっかり意気消沈してしもた。彼女的には俺をエサにしとけば俺について行きたがる永崎は同じ高校選ぶに決まってんねんから私も一緒の高校行けるって頭やったらしい。あとで言われた。それ以前の俺らではどうしようもないでかい問題が立ちはだかっとるってことを失念してもうてたて言いながら、めちゃくちゃ悔しそうなシワを眉間に作ってた。
当たり障りない話で誤魔化してから小林さんの家を永崎と二人で出た。永崎と小林さんは幼馴染やから家も近いんやろなと思うてた。徒歩五分くらいらしかったけど家まで送ろかて提案してみたらすごいスピードで拒否された。
「親父おるからあかん」
「この時間におるんや」
「今日、仕事休みっぽかったんです」
「せやけど別に、中に入るわけでもあらへんねんから近くまで送るくらい平気ちゃう」
「あかん。家、すぐそこやし、気にせんといてください」
瞬きを二度落とす。暗くなっとる外の中に寒さが広がる。永崎は頭を下げてから俺に背を向けて歩き出した。追い掛けようかと思うけど結局やめた。俺はなんだかんだ、無能やねん。永崎とよう一緒におるけどそんだけや。線引きみたいなもんがあいつの中にはあるんやなて、見慣れへん畦道の中に消えていく後ろ姿見ながら考えてた。
その後に俺も背え向けて家に向かった。そこそこ遠いんやけど、十分ちょい歩いて辿り着く駅から電車乗ったらなんとか帰れる。鞄に突っ込んであるジャンプが重い。明日の授業、なんやったやろう。
永崎はほんまに高校に行かへんのやろうか。
ぼんやり道を歩いてた。駅まで行くルートの中に、そこそこ大きい川があった。下流に向かって辿っていったらそのうち海に着く川やろか。そう思うてなんとなく立ち止まる。橋の上や。車通りはそんなあらへんし、俺のおる歩道部分も人少ない。
せやけど一人だけ誰かおった。夕暮れと夜の間のいわゆる黄昏って呼ばれとる時間帯の中に薄い灰色の煙が揺らめいとった。俺は立ち止まった。立ち止まってもうた。
煙草口に咥えながら橋の柵にもたれ掛かってたおっさんは、俺と目が合うなりにやっと笑た。
「この辺の子ちゃうな、お前」
掠れ気味の低い声やった。緩い癖毛を後ろで一つに縛ってて、俺よりなんぼか身長高かった。俺はなんも言われんかった。顔というよりは声に驚いてもうて心臓が痛かった。
ついさっき別れたばっかの永崎洸太とおんなじ響きの声してた。
「なんやガキ聞こえへんかったか? その年齢でボケとんのか」
「……いや、すんません、失礼しました」
絶対関わらん方がええと判断して横をすり抜けようとした。橋通らな駅まで行かれへんかったから、引き返したかったけど無理やってん。
おっさんの目の前通ろうとした瞬間に腕掴まれてあかん殺される川にぶん投げられるて内心も肉体もビクッとした。おっさんは鼻で笑ってからそっち見られへん俺に向かって煙草の煙を吹きつけた。煙かった。遠慮する暇なく咳き込んだ。
俺がそうしとる間におっさんは言うた。
「うちの息子の世話してくれとるらしいな、鷹島実くん」
思わずそっち見て後悔した。
四十代くらいの無精髭のおっさんやけど、目元の辺りが永崎洸太によう似てた。
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