高校生の俺と中学生のお前
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隣町にある俺が通い始めた高校はめっちゃ平凡でちょうど良かった。忘却バッテリーの小手指みたいな平凡さや。運動部も文化部もふつうで、治安はそこそこ良くて、学力はまあ授業聞いてたら赤点にはならんやろ程度のもん。際立って変な生徒とかもおらんみたいで入学式から一ヶ月経った今、平和て掛け替えない存在なんやなあてしみじみしとる。
俺の予想通りに友達とかわりとすぐできた。永崎家の話を知っとるやつやら俺と同じ中学校やったやつもちらほらはおるけどそう関わったりもせえへんし、何より学校内に永崎がおるわけちゃうから避けられまくることはない。
まあ、永崎自体とは全然今も当たり前につるんどる。ゴールデンウィーク中も一緒におったし、一日は小林さんも込みで多少出かけた。俺らのおるとこは田舎やけどもちょっと遠出すればそれなりに栄えとるところはあんねん。東京やら大阪やらを思うとそれでも田舎やろうけど充分や。そんでから平和や。
ずっとこんな何もない日が続いたらええなあとか思うとったけど不可能やってわかっとる。
高校一年生の六月に定期テストがあった。学力ふつうの高校やから勉強気合い入れんでも予想通りなんとかなって、楽して午前中で帰れるラッキーウィークと化しとった。ちなみに普通科や。永崎に聞かれたからそう答えた。永崎は犬みたいな従順さで頷いた。
「おれも、同じ高校行きます」
言うたことも従順でかわええもんや。テスト期間がかぶっとるんか永崎は暇みたいで、二人で俺の高校近くをぶらぶら歩きながら話してた。隣町やけど俺らの町にも流れとる大きめの河川がこっちにもあって、河川敷がそこそこ整備されとったから何となく土手降りて川の近くの階段の、真ん中辺りで並んで座った。めっちゃ牧歌的やった。伸びとる雑草が川に合わせるみたいにゆらゆらしてた。向こう岸には県道があって車が行ったり来たり、平日の昼間ではあるけども大人の生活がちらほら見えた。
永崎に中学はどうやって聞いた。兄貴とか親父とか家族みたいな質問やなと自分で思ったけども取り下げん。永崎はいつも通りです言うて、小林も元気ですて付け加えた。そうかそら良かった。そう答えるつもりやったけど永崎が思い出した雰囲気でぱっと顔上げたから口閉じた。
「中学校の保健室、覚えてますか」
「ん? ああ、卒業式のあとに二人で行ったな……」
「はい。まさにあの時なんですけど」
「おん、なんや」
「保健の先生、おらんかったやないですか」
「おらんのに鍵空いとったな」
「校内にはおって、おれと先輩の会話、戻ってきた時に保健室の扉前で聞いたらしいです」
あー入りにくい空気にしてもうてたしなあと思った直後に、
「親父と一緒に」
とんでもないオチがついて変な声出てもうた。
「は? え? 永崎の親父さん?」
「はい」
「い……いやいやいや、なんでおんねんなんやねん」
「保健の先生と遊んどったんですよ、あのカス親父」
遊んどったて言葉が示すとこはわかっとる。つまりあれや、小林のおかんみたいな話や。
猿なんかあのおっさんはてドン引いとる俺に反して永崎は慣れとる様子の無表情を向けてきた。
「保健の先生は独身女性らしいんで、ましです」
「……まあ……なんちゅうか……どっちも不倫はこう……レディースコミックの修羅場スペシャルって感じで俺には早いけども……永崎お前、その話は親父さんから?」
「はい、殴りながら話されました」
「…………」
「そのあとに一応保健の先生にも確認したら、教えてはもろたんですけど、おれあの先生めっちゃ嫌です」
永崎は珍しく親父以外に嫌悪感を出し始める。まあそら親父の不倫相手やしなと納得しかけたけどもちゃうらしい。
「お父さんに似てるなぁて言いながら近寄って触ってきたんで、殴りました」
絶句してもうた。そうか永崎て顔は整っとるし俺もかわええなこいつとか思うわけやしキモいのに目ぇつけられるかと考えながら同時進行でテスト期間かぶっとるんやなくて先生ぶん殴ったから登校停止になっとるんかもしかしてて気が付いた。
俺は相当間抜け面したんやと思う。永崎はちょっと慌てたっぽくて、背筋伸ばして俺の顔覗き込みながら殺してませんて言い添えた。いやそらそうやろ。反射でツッコむと永崎は頷いた。それからさらに保健室の色ボケ女について話した。
永崎はやっぱ停学にはなっとるみたいやった。せやけど色ボケが男子生徒にちょいちょいモーションかけとるんは既に問題としては上がってて、なんやったら永崎の親父よろしく保護者にも粉かけて遊んどるからなんとかせなあかんと教師連中は一応考えてはおったらしい。そこに永崎のぶん殴りがあった。養護教諭殴ってもうてるから停学にはしとかな示しつかんけど、この絶好の機会に色ボケに処分言い渡して養護教諭が別の人に変えられた。
「新しい養護教諭の人、にこにこしとる優しそうなおばちゃんでした」
「まあ、そんなら、良かった……んか?」
「はい。停学も今週いっぱいだけです」
言いながら永崎は右手を握っては開き握っては開きと殴り足りひん雰囲気でごねごね動かす。眉も若干寄っとった。よっぽど色ボケ養護教諭があかんかったんやなと納得したけど微妙に違うらしかった。
「親父が言うたんですよ」
「え……何を?」
「せっかく女焚き付けたったのにもったいないことすんなや、って」
何も言えんようなった。これがいわゆる絶句ってやつや。あの親父ほんまに色んなとこ狂っとる。ほんでから多分やけども下卑た感じで女抱けやて言うたんやなくて、息子が立派になるように手ぇ回したってるつもりなんやろう。わかる。俺にはわかってまう。だって俺がこの土地に居続けて高校に通えとるんもあの親父が手ぇ回した結果やし、あれからこっちに接触はあらへんけども常に掌の上におるような不気味さがまとまりついとった。
永崎が話を切るような溜め息ついた。座っとるコンクリートの階段の隙間からニョキニョキ生えとる雑草ちぎりながら、鷹島先輩の高校にはよ行きたい、とかほんまに俺に懐いとるんやなってこと言うた。満更やないどころちゃう。明確に永崎がかわいい。俺にこんなについてくるやつおらんかった。かわいがって大事にしたいて、具体的な方法とかは度外視していつもうっすら思っとる。
簡単に言うんやったら俺も永崎もしゃあないけどもめっちゃ子供でぜんぜん先を考えられてへんかった。
高校はほんまに平凡で平和やった。梅雨越えてもうすぐ夏休みやって時期になったら、クラスで仲良うなったクラスメイトにカラオケとかショッピングとかゲーセンとか、夏休みやねんし遊ぼうやって誘われた。
内堀て言うやつが特に色々提案してきた。近くの席やったからよう話して友達になった男子生徒や。ほどほどに陽キャでほどほどにムードメーカーな空気読めるやつやから、付き合ってて楽やった。
ショッピングとゲーセンはええけどカラオケは言うほど行きたなかった。そう伝えたら内堀は出会いにならへんしなあとか納得顔で言い始めた。
「わかるで鷹ちゃん、やっぱ人がめっちゃおるショッピングとかがマストよな。こっから電車三十分くらいのとこの繁華街やったら女子校近いし、なかなかええんちゃうか?」
「内堀おまえ何の話してんねん」
ついツッコんだら、
「彼女の話やろ! そろそろ欲しいと思わへんのかよ!?」
心の叫びが返って来た。俺はついぽかんとしてもうて、その間に内堀はむしろ同じ高校内の方が登下校デートできてお得やとか思い切って女子込みで遊びに行くかとかプランをぶつくさ口に出してた。
そうか高校生て初彼氏やら初彼女やらができがちな時期なんか。いちご100%とかニセコイとかアオのハコとか高校生やもんな、青春ラブストーリーの花が咲くんか。
ボケた顔で考えとったみたいで、内堀に彼女いらんの? て聞かれてもうた。
いらんともいるともすぐに答えられへん気持ちになったんはぱっと思い浮かんだ顔が永崎やったからで、一気に冷や汗かいてもうて「彼女できたらそら嬉しいけどな〜」とか誤魔化すために焦って言うた。
内堀は親指立てて喜んで、俺は内堀すまんて思いながら適当に笑っといて、夏休みは遠慮なく来た。
女子も交えてグループで遊びに行く大作戦は熱心に人数掻き集めた内堀によって開催されることに決まってもうた。
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