リベンジイルミネーション【昼】

 食べ物を食べて満足した紗奈と悠は、人があまりいない、散歩道のそばにある階段に腰掛けた。去年、人混みが苦手な悠と避難していた場所だ。


 今日も、遠くの方は場所取りの人で溢れている。今日はクリスマスだから、去年よりも人が多かった。


「悠くん。人いっぱいなの平気? 顔色はそんなに悪くないみたいだけど……。無理してたら嫌よ?」

「ありがとう。大丈夫だよ」

「それならいいんだけど。悠くんは演技派だから、心配になっちゃうよ」


 紗奈はそう言って、悠の顔を改めて見つめた。悠はニコッと笑って、紗奈を愛おしそうに見つめ返す。紗奈は思わずドキリとした。


「紗奈がいてくれるから、平気。演技じゃなくて本当にね」


 悠は紗奈の頬に手を添えて、軽く撫でる。冬なのに、悠の手はなんだかポカポカと暖かい。


「紗奈といると楽しくて、周りに人が大勢いることも忘れちゃうよ」

「悠くんの近くは、冬でもあったかいね」

「紗奈の前でだけだけどね」


 紗奈は小さくはにかむと、頬に触れている悠の手にそっと自分の手を重ねる。紗奈の手はさっきまで冷たかったのだが、悠のおかげか少しだけ熱が籠っていた。


「私の手、冷たくない?」

「ちょっとだけ。俺が温めてあげるよ」

「ふふ。嬉しい」


 悠は、両手でぎゅっと紗奈の手を包み込んでくれる。暖かくて心地よい。


「あのね、悠くん」

「ん?」

「クリスマスプレゼント、今渡してもいいかなあ?」


 本当は帰りに渡そうと思っていた物だが、温もりをくれたお礼に、今すぐに渡したくなった。


「今?」

「うん……」

「もちろん、嬉しいよ。俺も持ってきてるから、渡すね」


 悠はそう言うと、一旦紗奈の手を離す。


「あのね、プレゼントの前に、マフラーを貸してほしいんだけど。いい?」


 紗奈の言葉に、悠は鞄から包みを取り出そうとしていたその手を止める。包みをしまい直してから、首に巻いていたマフラーを取った。


「寒い? 気づかなくてごめんな」

「あ、えっと……」


 寒かった訳では無いのだが、悠が心配そうにマフラーを紗奈の首に巻いてくれるので、紗奈は大人しくしている。暖かいどころか少し熱かった。首ではなく、頬の部分が…なのだけれども。


「ありがとう。悠くんの温もりが残ってて、すっごく暖かい。それに、悠くんの優しい匂いがする」

「え? 首元の匂いは、ちょっと恥ずかしいな……」


 服や髪なら、柔軟剤やシャンプーの匂いだと思える。しかし、首元の匂いはなんというか、本当に自分自身が放出している匂いに思えて、照れくさかった。ボディーソープかな? とはならないのだ。


「ふふ。私、悠くんの匂い大好き」

「……あんまり可愛いこと言わないでよ。外なのに、触れたくなるでしょ」


 一度悠の家でお泊まりをして以降、悠の溺愛っぷりには更に磨きがかかっている。


 悠は紗奈の赤くなった頬をすりすりと撫でて、顔を近づける。紗奈の頬は更に赤くなった。そんな紗奈を軽く抱きしめたら、彼女の耳に囁くようにこう言った。


「俺も、紗奈の匂い好きだよ。凄く甘くて、つい食べたくなっちゃう」

「ゆ、悠くん……? そ、そそ、それってどういう意味で……?」


 紗奈は既に真っ赤になっていた頬を更に真っ赤にして、耳をぎゅうっと押さえる。湯気が出てきそうな程に、彼女の顔は熱くなっていた。


「ふふふ。内緒」

「も、もお。悠くんったら。お外で変な冗談言わないでっ」


 真っ赤な顔のままぷくっと膨れて、紗奈は悠に抗議の視線を送る。悠の感想はやはり(可愛いなあ)だったのだが、それを伝えたら紗奈は更に拗ねるだろう。


 からかうのはここまでにして、悠は改めて鞄から包みを取り出した。


「紗奈。先に俺からプレゼント。からかってごめんね」

「……何だか誤魔化されてるみたい。でも、許してあげる」

「ふふ。去年のマグカップと一緒に使ってくれたら嬉しいな」


 悠が用意したプレゼントは、猫の柄のティースプーンだった。先日紗奈の家にお邪魔した時に、去年プレゼント猫のマグカップを使っていてくれたから、合わせて使えるものを選んだのだ。気に入ってくれたら嬉しい。悠はそう思った。


「一緒に使える物なんだね。楽しみ!」

「ふふ。気に入ってくれたらいいんだけど」

「悠くんのくれるものは可愛らしいものばっかりだから。私、絶対好きになるよ!」

「ありがとう」

「こちらこそ! 大事にするね。ありがとう!」


 紗奈は満面の笑みでそう言うと、大事そうに包みを鞄の中にしまった。そして、今度は紗奈がプレゼントを渡す番だ。鞄から毛糸でできた長いマフラーを取り出して、悠の首にかける。


「去年よりも上手に出来たんだよ」


 去年の紗奈のプレゼントもマフラー。そのマフラーは紗奈にとって初めての編み物だった。シンプルなマフラーで、端っこが少し歪なところもある。そんなマフラーを今も大事にしてくれている悠に、今回はもっとレベルアップしたマフラーを編んでプレゼントすることにしたのだ。


「マフラー……」


 悠は巻いてあるマフラーを見つめる。そして、その出来栄えに驚いて、小さな声で呟いた。


「悠くん? やっぱり、去年と同じものは嫌だったかな?」


 紗奈が不安げにそう聞くと、悠はふるふると首を横に振って、マフラーに手を添えた。


「だって、このマフラー、本当に凄く綺麗に出来てるから。模様まで編み込んであるし、いつの間にそんなに上手になったの」

「えへへ。去年からたくさん練習したんだよ。義人くんへのクリスマスプレゼントも、手編みした手袋なんだ!」


 紗奈は嬉しそうに笑うと、鞄からもうひとつ、今度は包みを取りだした。


「これ、マフラーとお揃いの毛糸で作ったの。手袋だよ。良かったら、一緒に使って?」

「嬉しい……。けど、俺は去年のマフラーも気に入ってたよ?」

「私も、ずっと大事にしてくれて嬉しかったよ。ただ、私が去年、悔しかったから……。絶対にリベンジするんだって張り切っちゃった」


 紗奈はそう言って、照れくさそうに笑った。


「ありがとう、紗奈。大事に使う」

「うん!」

「でもどうしよう……」


 悠は、紗奈の手編みマフラーを見つめて眉を下げる。


「せっかくくれたからつけていたいんだけど……、イルミネーションは人が多いから、汚れたら嫌だな」

「さっそく大事にしてくれてありがとう。でもね、私は汚れなんて気にしないで、たくさんつけてくれたら嬉しいな」


 紗奈はモフっと、悠が元々つけていたマフラーで顔を隠す。悠の匂いが広がって、胸が高鳴った。


「悠くんは去年のマフラーも綺麗に使ってくれてるし、普段使いのこのマフラーだって、少しも汚れてないもん。きっと今日だって大丈夫だよ」


 悠は紗奈につられて、貰ったばかりのマフラーに顔を埋めた。毛糸が柔らかくて、気持ちがいい。ほんのりと、紗奈の甘い香りがする気がした。


「紗奈がそう言うなら、たくさん使おうかな」

「えへへ。嬉しい!」

「夜になったら寒いし、紗奈もそのマフラー、使ってていいからね」


 紗奈は悠のマフラーを気に入ったのか、モフモフと手で触れたり顔を埋めたりして、堪能している。そんな紗奈の仕草が可愛いから、悠の心と体はずっとポカポカと暖かだった。

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