リベンジイルミネーション【夜】

 紗奈が編んだマフラーを見て、そして紗奈を囲んで、女子達は盛り上がっている。


「あの、すんません。邪魔して……」


 と、はしゃぐ女子達を見た卓也が遠慮ぎみに悠に声をかけてきた。


「ううん。紗奈も楽しそうだし、いいよ」


 悠がそう言って卓也に笑いかけると、卓也の頬がほんのりと染まる。中学の頃は人にはからかわれるか、避けられるかの二択だったので、知っている人にそんな反応をされてしまうのは、何だか不思議な気分だった。


「紗奈ちゃん。もうちょい話さない? 屋台で何か買ってきてさ」


 と凜々子が言うと、男子達の申し訳なさそうな表情が更に深くなる。


「いいの?」


 紗奈は一瞬だけ嬉しそうに顔を輝かせた後、すぐに表情を戻して、悠達男子を振り返った。


「邪魔じゃないなら、俺らも別にいいけど」


 瞬がそう言いながら、チラッと悠に視線を向ける。それにつられて、紗奈や女子達も悠に視線を向けた。一瞬だけ、ドキリとする。


 去年のイルミネーションでも、こんな風に注目されたのを思い出す。その時は怖くて仕方が無かったのだが、今は平気だ。これも成長かな。と、悠は呑気にそんなことを考えていた。


「悠くん、ごめんね。大丈夫?」


 悠に視線が集まっていることに気づいた紗奈が、そっと近づいて手を握ってくれる。そのせいで、落ち着いていた悠の心臓がまた跳ねた。紗奈の気遣いが嬉しくて、愛おしく感じて、ある意味では、紗奈のそばの方がドキドキしてしまうのだった。


「うん。平気」


 悠は紗奈の手を握り返すと、視線を瞬に向ける。


「もうすぐ帰るつもりだったし、邪魔だなんて事はないよ。でも、そっちは大丈夫? その……気まずくない?」


 瞬から卓也に視線をずらして、悠は眉を下げる。悠に見つめられた卓也も少し複雑そうな表情で、眉を下げ苦笑した。


「そちらが良ければ、こっちは全然……。去年はすんませんでした。テンション上がっちゃって」


 周りの声に流されて、あの時まだ交際していなかった二人を見て、(まだ俺にもワンチャンあるかも?)だなんて、卓也はつい思ってしまった。紗奈の事は遠くから見ているだけで、近づく努力も全くしなかったというのに…だ。集団の作る空気感とは、なんとも恐ろしいものだろうか。と後悔したのを今も覚えている。


 特に、紗奈はパニックになって「私の片想いだ」なんて叫んでしまった。悠と上手くいったから良かったものの、もしも悠にその気がなかったら、彼女に大きな恥と傷を刻み込んでしまうところだったのだ。


「北川には学校でも謝ったけど、彼氏さんとは会う機会なかったし……。本当にすみません」


 それを聞いていた女子達も、眉を下げて悠を見る。彼女達も、あの日紗奈達と別れた後に反省をしたのだ。卓也と一緒に、学校で紗奈に謝っている。


「そうだね。紗奈ちゃんには謝ったけど、彼氏くんには謝ってないもんね」

「ごめんなさい。ちゃんと告白したかったっしょ?」


 さっきまで盛り上がっていた女子達までしおらしく、しかも頭まで下げて謝ってくるので、悠は逆に困ってしまった。


「あの、もういいから。そりゃ、紗奈が困ってるのに気づいてくれなかったのは、どうかと思ったし憤りもしたけどね」


 悠はみんなに顔を上げるように促してから、少しだけ言いにくそうに頬をかく。


「それと、俺は君達と同じ高校一年生だし、同じ中学出身だから。敬語なんて使わないでよ」


 悠の言葉を聞いて、一瞬ほっとした卓也達だったが……。


「「えっ!?」」


 すぐに驚いた表情に変わった。この中の誰も、悠の存在を知らなかったからだ。彼らの通う横浜東よこはまひがし中学校に、彼のようなかっこいい人がいただろうか?


「え、嘘? 見たことないんだけど」

「本当に東中ひがしちゅう出身なの?」

「去年、何組だったんだ?」


 と、口々に聞かれる。悠はやはり困り顔で、オロオロしている紗奈の背を軽く撫で、落ち着かせながら答えた。


「俺、阿部川くんとだけ一年生で同じクラスだったかな。去年は二組」

「……ええ? 一年の時?」


 悠の顔をじっくりと覗き込んできた幸仁だが、心当たりはなさそうだ。


「こんなイケメンがいたら、絶対に噂になってると思うんだけど」

「目元を隠してたから」


 悠は、紗奈の背を撫でていない方の手で、目元を隠して見せた。すると、幸仁の顔色がサッと変わる。


「ま、マジ……? 地味で根暗で、なんか近い席の男子にからかわれてた奴?」


 その言葉を聞いた紗奈が、ムッと頬を膨らませる。


「悠くんは素敵な人だもん」

「えっと…悠……? 確か名前、小澤悠だっけ?」

「あ、覚えててくれたんだ。意外」


 悠は、地味で根暗だった自分の事なんて、忘れてしまっていると思いこんでいた。覚えていてくれたことが嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。


「ありがとう」

「印象は薄かったけど、流石に同じクラスだったんだから覚えてるよ。一言も喋んなかったし、声聞いても気づけなかったけどさ」


 幸仁は未だに衝撃を受けていたが、思っていたよりも普通に悠の事を受け入れてくれた。顔を隠していた気持ち悪い奴だっただろうに、何も言わずに納得してくれている。


「私は同じクラスになったことないけどさ、噂と全然違うね」

「ね。聞いてた感じの根暗な男じゃないじゃん?」


 根暗という単語が聞こえる度に紗奈の顔がむくれていくので、隣にいる悠は苦笑するしかない。


「あはは。実際、紗奈と付き合ってから結構変わったかなーって自覚あるよ。前までは噂通り。紗奈は怒るけど、俺が根暗な奴だったのは本当だろ?」

「ムムム……」


 紗奈は盛大に眉間に皺を寄せて、唸る。せっかくの可愛い顔が台無しだ。


「俺が目立ちたくなかったの、知ってるでしょ? そんな顔するなよ」


 ムイムイと、紗奈の眉間の皺を指でつついて、悠はくすりと笑う。


「そうなの? チヤホヤされそうな顔なのに」

「それが苦手で……。ほら、あの時も俺、みんなに囲まれたのが怖くてビビってたし」


 それを聞いた希愛が去年を思い出して、ケラケラと笑いだした。


「きゃはは。確かに、ちょっと可愛かったよねえ」


 悠はクスクスと笑っているが、紗奈は面白くなかった。さっきよりもむくれた顔をして、悠の腕にギュッとしがみつく。


 それを見て、希愛が真剣な顔をして悠に向き直る。


「ごめん。やっぱり紗奈ちゃんの方が可愛かったわ」

「いや、別に謝らなくても。可愛いって言われたい訳じゃないからね」


 悠はそう言って反論してから、紗奈の可愛らしいヤキモチ顔を男子達の目から隠すようにして、腕にしがみついている紗奈をグッと自分に引き寄せて撫でた。


「と言うか、俺の紗奈が可愛いのは当たり前でしょ?」


 頬を染めていた男子達にニヤリと牽制した悠は、驚いている彼らを見て満足そうに笑う。


「やだあ。躊躇いなくイチャつくじゃん!」

「本当に囲まれるの苦手だったのか、疑わしいよねえ。そんなに堂々とイチャイチャされちゃうとさ」

「今はね。紗奈が可愛い子だから、釣り合いの取れる男になりたくて」


 ニコッと悠が笑うと、女子達の頬が少しだけ赤くなる。それを見ていた紗奈が、小さな声で呟いた。


「かっこよすぎるのも考えものよね……」

「確かに、サラッとそういう事言えるのはかっこいいよな……」


 と、卓也が呟く。去年の公開告白の時のようにまた、みんな驚いて唖然としているのだった。


。。。


 あの後、最初話していた通りに屋台で軽くご飯を買ってきて、話をしながらご飯を食べた。紗奈だけでなく、悠にも色々なことを聞いてきて、去年のように怖いとは思わなかったが、やはりテンションについて行くのが大変だった。


 悠はそう思いながら、紗奈を家まで送り届けるために、彼女の手をしっかりと握って帰り道を歩く。


「イルミネーション、楽しかったな」

「そうだね! 懐かしい人達にも会えたし。悠くんのこと、褒めてくれて嬉しかった」

「妬いてたんじゃないの?」

「そ、それは……」


 紗奈は少しだけ頬を染め、悠を軽く睨む。悠はクスクスと笑いながら、繋いでいる紗奈の手を恋人繋ぎに握り直した。


「もお。そうやって誤魔化そうとするんだ」

「でも、紗奈の顔は嬉しそう」


 悠に指摘されたように、紗奈は嬉しくて頬が緩んでしまっている。こうやってサラッと甘い言動をするから、紗奈は悠にとても弱いのだ。


「とにかく、今年のイルミネーションはリベンジ成功だよね。悠くん、頑張ってくれてありがとう!」


 紗奈はニコッと満面の笑みを浮かべて、悠の手をぎゅっと握り返す。公園に向かう時と同じ、固い恋人つなぎをして二人仲良く歩いて帰った。


「次に直接会えるのは年明けかな」

「そうだね。会えないのはちょっと寂しいけど、チャットではたくさん話そうね」

「うん」


 もうマンションについてしまった。去年のクリスマスでも思ったが、本当に紗奈は離しがたい。悠はそう思いつつも、家で彼女の帰りを待っている家族達の姿を考えて、繋いでいた手を離す。


「悠くん。マフラーありがとう。洗って返すね」

「気にしなくていいのに。でも、ありがとう」

「良いお年を……」

「うん。紗奈も、良いお年を」


 直接会えるのは今年最後だから、二人は年越し前の挨拶をする。


「それから……。おやすみ。紗奈」

「……え」


 悠は最後に紗奈のおでこにキスをおとす。その後、すぐにニコッと綺麗で優しい笑みを浮かべて、「じゃあね」と挨拶をすると振り向き去っていく。


 紗奈はそんな悠の後ろ姿を見つめて、キスされたおでこを擦りながら、ポーっと見えなくなるまで見送るのだった。


「ずるい!」


 と紗奈が叫んだのは、悠が見えなくなって我に返った、すぐのことである。

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