神様に願い事
一月一日。元旦。今年は去年と違って、最初から約束をしていたので、紗奈と悠は家族ぐるみで、一緒に初詣に行くことになっていた。そこには菖蒲達白鳥家も一緒である。
「見て見て。菖蒲くん! どうかな?」
「はいはい。今年も華やかでいいと思います」
マンションのエントランスで、紗奈は母に着付けてもらった振袖を菖蒲に見せびらかしていた。
「あのね、今年は悠くんの着物と色を合わせてもらったんだよ!」
「良かったな。あいつにもいっぱい褒めてもらえよ」
「うん!」
悠達小澤一家との待ち合わせは、神社の鳥居の近くだ。人は沢山いるだろうが、悠は目立つので、すぐに見つかるだろう。
「ぐぬぬ。振袖は可愛いが……」
「彼氏とお揃いか」
紗奈の祖父二人は、今年も孫の彼氏に悶々とする正月になるようだ。悠の人となりは分かったし、紗奈を大事にしてくれている事もわかっている。認めていない訳では無いが、寂しいのだ。
「小さい頃は、おじいちゃんに綺麗? って聞いてくれたのに」
「紗奈も、恋人に夢中な年頃になっちゃいましたね……」
と、二人で嘆きながら紗奈の後ろ姿を眺めているのだった。
。。。
紗奈達が鳥居の前に着くと、向こうがすぐに気づいて手を振ってくれた。紗奈達が団体だったから、目立ったのかもしれない。
「悠くん」
「紗奈。慌てなくてもどこにも行かないから」
悠の元に駆け足で向かったら、悠にくすくすと笑われてしまった。少し恥ずかしかったが、チャットでのやり取りや電話ではなく、直接会って話すのは約一週間ぶりなのだ。だから、嬉しくてはしゃいでしまうのも仕方が無いだろう。
「だって……」
「ふふふ。俺も会いたかった。今日が待ち遠しかったよ」
悠はいつものように素敵な笑顔で、紗奈を見つめる。
「あけましておめでとう。紗奈」
「あけましておめでとうございます! 悠くん、今年もよろしくね!」
「うん。今年もよろしく」
ニコニコと挨拶を交わした後、それぞれの家族同士も挨拶を交わした。
悠は菖蒲にも、新年の挨拶をする。菖蒲からも、軽い挨拶が返ってきた。
「おう。あけおめー」
「白鳥くんは着物とか、着ないんだね」
「俺はめんどくさいし。お前はよく着れるよな」
「親がノリノリで用意してるから、断れなくて」
悠はそう言った後、改めて紗奈を愛おしげに見つめて、嬉しそうに言う。
「でも、そのおかげで紗奈が色を合わせてくれたから」
「えへへ」
紗奈と悠が二人の世界に入っていってしまいそうになるのを目の前で見せつけられた菖蒲は、辟易とした苦い表情で「今年も甘ぇ……」と呟いた。
「話には聞いてたけど、二人はずっと仲良しなんだね」
去年の初詣にもいたが、今年の初詣にも、小澤一家に紛れて俳優の
城川進は悠の従兄弟だ。悠の父親である小澤将司の、兄の息子である。悠にとっての進は、本当の兄みたいな存在だった。そして、進にとっても悠は弟のような存在である。
「紗奈さん、だったかな? 悠とずっと仲良しでいてくれてありがとう。悠は俺にとって弟みたいな子だから、本当に嬉しいよ」
「ちょっと、進兄さん。恥ずかしいからやめてよ」
「あはは。ごめんごめん」
本当に恥ずかしそうにする悠を宥めてから、進は紗奈に「これからも悠をよろしくね」と軽く挨拶をして、それ以降は大人しく将司の近くに収まっていた。
「もお」
「ふふ。本当の兄弟みたいだね」
「まあ……。俺も、兄みたいに思ってるところはあるけど」
少しだけ照れくさそうに、悠は唇を尖らせてそう言った。会話が聞こえるような声量ではなかったはずなのに、大人たちの輪に入ってこちらを見守っていた進が、何故だか嬉しそうな空気を纏ったのがわかって、悠は更に照れくさくなる。
「そ、そうだ。義人! ちょっとおいで」
照れくささを誤魔化すために、悠は義人を手招いた。
「にーに? なあに?」
てこてこと悠の近くに寄ってきた義人に、悠はしゃがんでポチ袋を渡した。
「これ、お年玉の代わりにあげるよ。お金じゃないけど、義人が読みたい本があったら、これで買えるよ」
ポチ袋の中身は、図書カードだった。城川進の写真付き図書カードで、進に何枚か貰っていた。それを、いつも慕ってくれている義人にあげたいと思ったのだった。
「あそこのお兄さんが写ってるんだ」
「にーにの、にーに?」
「う」
義人は悠の羞恥など知らない。無邪気に首を傾げ、兄弟なのかと聞いてきた。
「そ、そうじゃないけど……」
「じゃあ、僕にとってのにーにみたいに、お兄ちゃんになって欲しい人?」
「ち、違っ……う」
「違ったの……?」
義人がしゅんとしてしまったので、悠は慌てて訂正した。
「いや、やっぱりそうかも。俺にとっては、お兄ちゃんみたいに…た、頼りになるから……」
「そっか!」
義人がニコニコと嬉しそうな顔をした。その代償として、悠の羞恥が先程よりも更に膨れ上がっている。目の前の紗奈が生暖かい目で見つめてくるから、尚更照れくさくて仕方がなかった。
。。。
悠が羞恥で大人しくなっていると、横から悠のもう一人の従姉妹である、瀬奈が声をかけてきた。
今年は、紗奈達と面識があるから。という理由で、瀬奈も初詣に誘ったのだった。
「紗奈先輩。悠にぃ。お参りが終わったら、なにか買いに行きましょうって、今菖蒲先輩と義人くんと話してたんです。二人も行きません?」
「僕、わたがし食べたい!」
と、義人が両手を広げてアピールしてきた。去年の初詣の時も、義人がわたがしを食べたがって、子どもだけで並んだのを思い出す。
「食べたい食べたい! ねえ、菖蒲先輩も食べたいでしょ?」
「おう。そうだな」
「ふふ。そうだね。後でわたがし、買いに行こ?」
「その前に、神様に新年の挨拶しないとな」
悠はそう言って、義人の頭をくりくりと撫でてやる。悠の事が大好きな義人は、「きゃー」と嬉しそうに笑った。
「なあ、お前らはは何をお願いするんだ?」
「まだ決まってないんだよなあ」
「えへへ。私も」
悠に続いて瀬奈が言うと、悠がコツンと瀬奈の額を小突く。
「お前は受験生だろうが。合格祈願でもしてろ」
「ああ、そうじゃん。瀬奈、お前受験生だ」
菖蒲がぽんと手を叩いて、思い出したかのように言う。何となく、瀬奈が同い歳の友達に思えていた。
「そう言えば、瀬奈。お前、この前も俺と遅くまでゲームしてたけど、平気なのか?」
「瀬奈は普通に頭いいし、平気だと思うけど……。だからって余裕こいてゲームばっかりしてんなよな」
「大丈夫大丈夫! 模試でもA判定だし!」
瀬奈は余裕そうにピースサインまでして、笑う。
「油断はするなって。白鳥くんも、今後は瀬奈とのゲーム時間、減らしてよね」
「う。分かった……」
瀬奈は大丈夫だと言うだろうが、念には念を入れた方がいい。菖蒲も、少しでも瀬奈の合格確率をあげるために協力すると約束をする。
「えー!」
「お前はえーじゃない。受験が終わったら、いくらでも遊べばいいから」
「むぅ……。紗奈先輩! 紗奈先輩は何をお願いするんですかあ?」
瀬奈はむくれた顔をして、受験の話題から逸らそうと紗奈を見る。
「……私は決まってるけど、内緒かな」
紗奈は既に決まっているようだ。少し寂しそうな顔をしながら、そう言った。
なにか深刻なことをお願いするのだろうか。悠はそう思って、紗奈を心配する。そして、内緒だと言っていた紗奈のお願いが、義人の言葉で分かってしまった。
「僕は、ママが元気になりますようにってお願いするの」
「よ、義人くんっ……」
紗奈が慌てて義人にシーっと人差し指を立てた。義人は不思議そうに、紗奈の顔を見つめている。
悠は紗奈が内緒にしたがっている手前、この場で聞くことはしないが、とても気になってしまっている。つい、チラリと由美の方を見てしまった。
「あら? 悠くん、私がどうかした?」
「あ、いえ……。すみません」
悠は急いで前を向く。正直、悠には由美の不調が全く分からなかった。いつも通りの、お淑やかで優しいお母さんに見える。
「悠くん、ごめんね。菖蒲くんと瀬奈ちゃんも。気にしなくていいんだよ?」
しかし、紗奈が不安そうな顔をしているのを見てしまったから、悠の願い事も決まった。
暫く並んで、番が来ると、お賽銭を入れて神様に祈った。
(大切な人達の願いが全部、叶いますように)
悠は人生で一番、今までで一番真剣に、神様に祈りを捧げていたように思う。
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