リベンジイルミネーション【夕】

 夕方頃になると、辺りは少しずつ暗くなってくる。もう少しでイルミネーションが始まる時間だ。イルミネーションが始まれば、人はもっと増えるだろう。そのため、紗奈達は今のうちにイルミネーションがよく見える場所へと移動する事にした。


「紗奈は良く見える場所、知ってる?」

「うん! 昔からここのイルミネーション好きだから! 案内するね?」

「うん。ありがとう」


 紗奈は悠が貸してくれたマフラーに軽く手を添えて、隠れた口元を見せてくれる。少し得意げな、可愛らしい笑顔で振り返った紗奈を見て、悠は思わずドキリとしてしまった。


「任せて!」


 紗奈はやはり得意げに笑っている。悠は高鳴る胸を押さえながら、無言で紗奈の後ろを着いて行った。


「ここだよ!」


 紗奈に連れてこられた場所は、さっきまで休憩していた階段からそこまで遠くない橋のそばだった。


「メインのクリスマスツリーは少しだけ遠いけど、ここは港のイルミネーションが全部見える場所なの。だから、私はいつも一番最初はここから見てるんだ」


 紗奈は、一気にライトアップされるのを遠目から見て、その後でそれぞれ見て回るのだと言う。


「へぇ。確かに、ここなら広場のツリーも屋台の方の飾りも、この辺りの芝生の装飾も全部見えるな」


 他のお客さん達は、大体広場に集まっている。かなり混んでいるので、ここにもたくさん人はいるのだが、周りが見えなくなるほどでは無い。紗奈の言う通り、ここからならイルミネーションがよく見えるだろう。


「海の方を見たら、船もライトアップされて綺麗だよ。あそこに見える観覧車も、クリスマスは特別なライトアップがされるの!」

「へえ、楽しみだ」


 悠はワクワクしながら、イルミネーションの灯る時間を待った。広場ほどでは無いが人がかなり多いので、はぐれないように紗奈の手をぎゅっと握りしめている。


「悠くん。人、大丈夫?」

「うん。さっきから心配してくれてありがとうね。紗奈と一緒だから、全然平気だよ」


 人混みは今も苦手だ。苦手だが、過呼吸になるほどでは無い。どころか、好きになれないだけで、本当に全く問題ないのである。この分なら、一番人で賑わっている広場に行ったとしても、気分が悪くなる事は無いだろう。


「良かったあ」


 紗奈は安心したように柔らかい笑みを浮かべて、悠と繋いでいる手をキュッと握った。はぐれないように…と言うよりかは、そばにいるよ。というアピールのように見える。紗奈がこういう事をしてくれるから、悠は人混みの中でもずっと穏やかな気持ちでいられるのだ。気配り上手な可愛い彼女には、感謝しかない。


「もうすぐだね」


 そうしているうちに、イルミネーションが始まる時間がやってきた。紗奈が指さした方を見ると、観覧車の電光掲示板にカウントダウンの数字が映し出されているのが見える。


「へえ、こんな感じなんだ」

「うん! ワクワクするよね」

「そうだな」


 カウントダウンの数字がゼロになる。それと同時に、船の方から大きな鐘の音が聞こえてきた。元々この港を賑わせていたクリスマス仕様の音樂は、一度派手な効果音を流した後、夜の少ししっとりとした音楽に変わる。


 そしてなにより、一気に灯ったイルミネーションの明かりだ。観覧車にはメリークリスマスの文字。船はサンタとトナカイ。近くの芝生は色とりどりに。屋台がある道は、白や黄色に光って、豪華な雰囲気だ。広場のクリスマスツリーも、てっぺんの星から木の根元まで、カラフルな色に変わるがわる点灯を繰り返している。


「凄い。一気に華やかになったな!」

「でしょ? 私、ここのイルミネーション大好きだから。今日は悠くんと一緒に見られて嬉しい!」


 紗奈は本当に嬉しそうに、満面の笑みで悠を振り返る。


 悠も、今まで人に恐れて見ることの出来なかった綺麗なイルミネーションを見て、感動している。紗奈と見ることが出来て、物凄く嬉しかった。


「紗奈。広場の方も行ってみようよ」

「え、いいの? もっと人がたくさんだよ?」

「うん。イルミネーション、もっと紗奈と堪能したいんだ」


 悠は、無邪気な笑顔でニッコリと笑う。いつもの優しい笑顔ではなく、悠がたまに見せる、子どもっぽくて可愛らしい笑顔だった。


。。。


 広場を初めとして、紗奈と悠は屋台を一周して戻ってくる。


 広場のツリーはやはり人が多くて、約束したツーショットを撮るのも大変だった。人は多いし、写真を撮りたい人は紗奈達以外にもたくさんいたからだ。それでも、最後は心優しい大学生のカップルに撮って貰えて、紗奈は嬉しそうに笑っていた。


 屋台がある通りは、柱と柱の間を繋いでいた装飾がキラキラと光って、イルミネーションのトンネルのようだった。お店の看板なんかもクリスマス仕様に光らせたりしていて、夜なのにとても明るかったし、歩いて見て回るだけでとても楽しかった。


 そうやって、イルミネーションを一周ぐるっと見て回った紗奈と悠の二人は満足そうに人が多少減っている最初の場所へと戻ってきたのだった。


 満足した二人は、船がよく見える橋の近くにはベンチもあるので、そこで対岸の夜景を眺めながら、まったりすることにした。


「凄く綺麗だった。やっぱり、有名なだけあって規模が大きいね」

「ふふ。演出も毎年変わるんだよ。最近はないけど、昔は花火も上がってたみたい」

「へえ。花火も見てみたかったな」


 と、イルミネーションの感想を話していると……。


「紗奈ちゃん?」


 目の前を歩いていた集団がこちらを振り返って、声をかけてきた。


「あ……」


 去年のイルミネーションの時にも声をかけてきた、中学時代の同級生達だった。彼らも去年と同じ男女のメンバーできているようだ。


「きゃあ。すっごい久しぶり! てか、クリスマスデートじゃん。いいなあ」


 ひときわテンションの高い女の子は、去年まで紗奈と同じクラスだった長淵ながふち希愛のあだ。よく笑う子で、クラスでも中心にいることが多かった記憶が、紗奈にはある。


「みんなも去年と同じメンバーでしょ? 仲良しだね」


 紗奈とはあまり会話する事がなかった彼女らだが、去年のイルミネーションの後からは、ちょこちょこ話すようになった。冬休み明けに、あの彼とどうなったのか。と根掘り葉掘り聞かれたのだ。


 実は、去年テンションが上がりすぎた彼女らが悠を物珍しそうに囲み、戸惑う悠につられてテンパってしまった紗奈が、勢い任せに告白をしたという経緯がある。


 ある意味では彼女らのお陰で恋人同士になれた訳だが、ハイテンションについて行くのは大変だし、あの日はからかわれた気分にもなったので、悠は少しだけ身構えてしまっていた。


「うちら、今年の終業式の時も来たんだけどさ。クリスマスは限定商品とか、イルミネーションとか結構違うから、また来たんだ」


 そう言ったのは、このグループ内でのもう一人の女の子。日下部くさかべ凜々子りりこだった。


「私達も限定の肉まんとか、クレープ食べたよ。可愛かった!」

「私達も肉まん食べたー!」


 女子達がキャッキャと楽しそうに笑っている。紗奈がニコニコしているので、それを眺めていた悠も、警戒心が少しずつ薄れていった。穏やかに笑みを浮かべている。


「それにしても、あの後の事は色々聞いたけど……。今もまだ続いてるんだね。仲良さそうじゃーん」


 今度は希愛がからかい顔で、紗奈をつつく。紗奈は照れくさそうにはにかんでいた。


卓也たくやってばかわいそー。いい加減、次の恋探しなよー?」


 それを聞いて、紗奈も悠も驚いてしまった。去年も彼女達の口から、今一緒にいる丹田たんだ卓也たくやが紗奈に惚れている事を聞いた。しかし、まさか今も……とは思わない。


「そうなの……?」


 悠は卓也を見つめて、眉を下げる。つい、同情してしまった。


「おい。彼氏に変な気遣わせるだろ。やめろよ」


 卓也はそう言って、女子達を咎める。その女子達は、全く気にしていないのか、ケラケラと笑っているだけだ。


「コノヤロー!」

「キャハハ」

「ね、紗奈ちゃん。よかったらまた話聞かせてよー」

「え? う、うん」


 紗奈は怒る卓也を気にしつつも、凜々子の言葉に頷いた。


「てか、紗奈ちゃんの格好超気合い入ってんじゃん。化粧してるし、その服もめっちゃ可愛いし。マフラーはクールだけど、夜遅くなっても、防寒はバッチリって感じだね! 」


 卓也を軽くいなしていた希愛が、紗奈を褒めてくれる。紗奈は褒めて貰えて、嬉しそうにはにかんだ。


「マフラーは悠くんが貸してくれたの」

「へえ。彼氏のか。いいな、そういうの」


 少し離れたところから女子達のやり取りを眺めていた田中たなかしゅんが会話に入ってくる。その後に続いて、男女メンバーの最後の一人である|阿部川あべかわ幸仁ゆきひとが悠を見つめて、言う。


「でも、彼氏さんもマフラーしてない?」


 と。それを聞いて、紗奈は少しだけ照れくさそうな顔をした。それとは対照的に、悠は嬉しそうな表情で笑う。頬がほんのりと赤くなっていて、その眼差しは愛おしげに紗奈を映していた。


「紗奈がさっき、クリスマスプレゼントでくれたんだ。綺麗に編めてるよね。手編みなんだよ」

「悠くん……」


 紗奈は更に照れくさそうに、もじもじと体を揺らした。


「えー! すっごい!」

「紗奈ちゃんって女子力たかーい!」


 男子達も悠が身につけているマフラーを見て驚いていたが、一際大きな声で興奮気味にマフラーを覗き込んできたのは、女子二人だった。


「本当に上手じゃん」

「えへへへ……。ありがとお」


 紗奈はやはり照れくさそうにしていたが、嬉しい気持ちを隠すことが出来ず、ニマニマと口元が緩んでいくのだった。それを見ていた悠も、やはり愛おしげに笑っている。

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