お誘い
とある日曜日の夜。悠はスマホを握りしめて、緊張気味に震えていた。スマホの画面には、紗奈の父親である真人の連絡先が映っている。
「……よしっ」
悠は気合いを入れると、真人に電話をかけるためにスマホ画面をポチッと勢いよくタップした。
。。。
月曜日の朝。紗奈は家を出る前に、母親である由美に呼び止められた。
「なあに?」
「もしも悠くんに何か言われたら、自分の気持ちに正直に返事してあげてね」
「え? う、うん……」
なんの事だろう。とは思ったが、由美が真面目な話をしている事は伝わった。とにかく頷いて、紗奈は不思議な気分でマンションのエントランスに降りる。
「おはよう。菖蒲くん」
「おう、おはよ」
幼なじみでクラスメイトの菖蒲とは同じマンションに住んでいるので、学校へはいつも一緒に行っている。駅では悠とあおいとも待ち合わせしているので、合流した二人は早速駅に向かって歩き出した。
「今日のお母さん、ちょっと変だったんだ」
「由美おばさんが?」
「うん。なんか、悠くんが私に何か言ってくるかも? で、私は自分の気持ちに正直に答えればいいんだって」
紗奈はうーんと怪訝な顔をして首を捻る。
「小澤ねえ……。紗奈への不満とか?」
「ええっ!?」
「いや、冗談だけど」
紗奈が不安げに眉を下げると、菖蒲はすぐ様訂正する。紗奈をからかうために根拠も何も無いテキトーな事を言っただけなのだ。本気にされたら困ってしまう。
「お母さん、何だか真面目な雰囲気だったし……。私、気づかないうちに悠くんに何かしちゃったのかなあ?」
「冗談だってば」
菖蒲の声はもう紗奈には届いていない。紗奈は頭の中でネガティブな想像をしてしまい、一人落ち込んでしまう。
「おーい。紗奈あ? 今の嘘だぞ。冗談だからな!」
「悠くんに別れたいって言われたら、私どうすればいいかなあ!?」
「いやいやいや、絶対言わねえだろ。あいつ、お前の事大好きじゃん」
妄想が飛躍しすぎたようだ。菖蒲は駅に着くなり、あおいと談笑していた悠の腕を引っ張って、紗奈を指さす。
「小澤。あいつ何とかしてくれ」
「え?」
「いや、俺が冗談言ったのが悪いんだけどな? 今の紗奈はネガティブ思考なんだよ」
「何言ったの」
悠が訝しげに紗奈を見つめると、紗奈は確かに落ち込んでいた。
「紗奈ちゃん、どうしたの?」
「あおいちゃん。私、悠くんに何かしちゃったのかなあ?」
「ねえ、白鳥くん。本当に何言ったの」
悠が菖蒲の方に視線を戻して、ニッコリと黒い笑みを浮かべた。菖蒲は小さな悲鳴をあげると、懺悔する。
「……っていう話をしてて、俺が冗談でお前に不満でもあるんじゃないのって」
「あるように見える?」
「見えません。ってか、冗談だって言うのにネガティブモードに入っちまうから……」
今度は菖蒲がしゅんと肩を落として落ち込んだ。菖蒲は暫く放っておくとして、悠はあおいの傍で大人しくしている紗奈に近づく。
「紗奈」
「悠くん……」
顔を上げた紗奈は、不安げだった。たった一言の小さな冗談だが、紗奈の落ち込んだ顔を見ていたら、菖蒲への怒りが沸いてきてしまいそうだった。
悠は軽く息を整えてから、紗奈に優しく笑いかける。
「俺は紗奈に不満なんて持ってないよ。白鳥くんの冗談だから」
「本当?」
「うん」
紗奈は一旦ほっと息をついてから、また少しだけ不安げな表情で聞いた。
「それじゃあ、私にお話したいことって何? お母さんと何か話したの?」
「……それは、放課後に話すよ」
悠は一瞬だけ固まり、すぐ様ニコッと笑顔で誤魔化した。
「えっ…気になっちゃう」
「ごめんね。今は俺の方の問題で、言いにくいから」
「うん。じゃあ、放課後待ってる……」
。。。
放課後の部活終わり、紗奈はいつも通り悠と帰るために、悠が待っている二組の教室に向かった。
「悠くん、お待たせ」
「紗奈。お疲れ様」
「じゃあ、お前ら気ぃつけて帰れよ」
悠は紗奈を待っている間、紗奈のクラスメイトの
和也は普段は優等生に見える眼鏡をかけて、きっちりと制服を着ている。しかし、中身は不良。今みたいな放課後には眼鏡を外していて、髪もオールバックにし、制服も着崩している。
そんな不良生徒な彼だが、実は悠の子役時代「ラキ」のファンで、何かと悠の事を気にかけてくれる。悠はそんな和也の事を「シーくん」と呼んで親しくしていた。これは和也が不良だとバレないために、和也が不良スタイルしている時だけ呼んでいるあだ名である。名付け親も悠だ。
「シーくん、またね」
「また明日」
「おー」
和也と別れてからの帰り道、紗奈は今日一日、ずっと気になっていた事を聞く。
「それで、悠くんが私に言いたいことって何?」
「ああ。うん……。公園に着いたらゆっくり話そ」
「え……。うぅ。ずっと気になってたのにぃ」
「ごめんね」
紗奈は今日の授業中も、お昼ご飯の時間も、部活の時だって、悠の事が気になって仕方がなかった。それがまた少しの間お預けだなんてあんまりだ。と、紗奈の方が不満に思う。
悠は悠で、公園に近づくにつれて少しずつソワソワと緊張しだした。口数も減っている気がする。
「悠くん。公園に着いたけど、大丈夫?」
「うん……」
紗奈はいつもの下校時と同じように、公園のベンチに座って鞄を開く。紗奈の部活は調理部だ。部活の時間で作ったスイーツを、いつも悠と一緒にこの公園で食べている。
「あのね、今日は炊飯器で作る簡単チョコレートケーキなんだよ」
「……………………」
「悠くん?」
悠が無言なので、紗奈は不思議そうに悠の顔を覗き込む。体調でも悪いのだろうか。それとも、やっぱり本当は今朝の言いたいことが不満だったりするのだろうか。
「あの……! 悠くん。私、何言われても受け止めるからっ! だから…気を遣わなくてもいいんだよ?」
本当は不満があるなんて言われたら悲しくなる。しかし、今はそんな自分の感情よりも悠の方が大事だった。悠が何か不満を抱えているのなら、頑張って直すつもりである。
「いや、違うんだ。本当に不満とかじゃなくて」
悠は慌てて不満は無いと訂正し、グッと拳を膝の上で握りしめる。深く深呼吸をしたら、紗奈に視線を合わせて、やっと伝えたかった事を口にした。
「あの、さ。来週の土曜日、
「……へ?」
いつも余裕そうな顔で甘い言葉を投げかけてくる悠が、緊張で顔を赤くしている。声も心做しか震えていた気がする。
紗奈はドキドキする胸を押さえながら、そんな事を考えた。
「紗奈。紗奈も俺に気を遣ったりしないで、嫌ならちゃんと断ってね」
「えっとえっと……」
紗奈はなんて返事をしようか考えてから、ふと今朝の母の言葉を思い出す。きっと、親には既に話が通っている。あとは紗奈の気持ち次第だった。
「うん。悠くんのお家が迷惑じゃないなら、私もお泊まりしてみたい」
紗奈は自分の気持ちを正直に伝えた。悠と一日中ずっと一緒にいられるのに、嫌な気持ちになんてなる訳がなかった。
「……悠くん?」
返事をしてからの悠のリアクションが無いので、紗奈はまた不思議そうな顔をして悠を見つめた。悠は名前を呼ばれて、やっと初めてリアクションをしてくれる。
「はぁー…良かったあ……!」
悠が大袈裟に息を吐くから、紗奈はつい驚いてしまう。
「あんな事言っておいて、いざ断られたりしたらやっぱりちょっと落ち込んだだろうからさ」
悠は心の底から安堵して、珍しく緩んだ笑みを見せる。いつもの綺麗な笑顔とは違って、どこかあどけない雰囲気の可愛らしい笑顔だった。
当然、紗奈はそんな悠の笑顔に見蕩れてしまう。
「ん? ふふふ。なあに? そんなに見つめて」
無自覚なのだろうか、今日の悠の笑顔はやっぱり可愛らしかった。
「悠くん、今日はいつもよりもちょこっと幼いみたい」
「え? あー……」
悠は指摘されて、ほんのりと顔を赤くした。
「あはは。流石にちょっと浮かれすぎてるみたい。恥ずかしいな」
「はわ……」
今度は蕩けるような笑顔だ。今日は悠の色々な表情が見れて、楽しい。来週の泊まりの時はもっと色々な顔が見れるのだろうか。そう思ったら、紗奈は今からソワソワしてしまうのだった。
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