初めてのお泊まり【昼】
土曜日。紗奈は今日、初めて悠の家に泊まりに行く。
「パジャマも入れたし、歯磨きセットも入れた。お風呂の時のケア用品も入ってる……。うん、大丈夫」
紗奈は持ち物の最終チェックを終えると、リュックサックのファスナーを閉めて背負う。最後に手土産の紅茶セットを持って、リビングに顔を出した。
「あの……。い、行ってくるね!」
紗奈は緊張気味に家族に挨拶をした。
「迷惑かけないようにね」
「何かあったらすぐに連絡すること。まあ、向こうにも同じ事伝えてるから大丈夫だと思うけど」
「うん」
紗奈は両親の顔を見て、少しだけ緊張が和らいだ。優しく送りだしてくれる両親に安心したのだ。
「……いってらっしゃい」
両親は快く送り出してくれようとしているのだが、弟の義人は少しだけ不貞腐れていた。実は昨日の夜からずっと、「ねーねだけずるい」と言われてしまっていたのだ。
「義人くん、ごめんね。今度は一緒に遊ぼうね」
「ん。ねーね、気をつけて行ってね」
「ありがとう!」
最後に義人の頭を優しく撫でた紗奈は、改めて「行ってきます」と挨拶をしてマンションを出る。
「はぁ……。緊張する……」
悠の家に近づくにつれて、紗奈の鼓動はどんどん早まっていく。悠の両親に挨拶をして、手土産を渡して、それから……。なんて考えているうちに、あっという間に悠の家の前に着いてしまった。
「……えいっ」
これ以上悩んでも仕方が無いので、紗奈は思い切ってインターホンを押した。押して数十秒で、悠が玄関に迎えに出てくれる。
「いらっしゃい。紗奈」
「お、お邪魔します……。あの、
紗奈が聞くと、悠が頭をかいて今朝の出来事を話してくれた。今朝、唐突に二人で旅行に行ってくると言われたらしい。二人の初めてのお泊まりだから、気を遣ってくれたのだろう。
「そっか……。二人きりなんだね」
「うん。そうだね……」
紗奈は少し緊張が和らいだような、逆に緊張するような。変な気分になって悠の家に入る。
「とりあえず、いつも通り俺の部屋で待っててよ。お茶とお菓子持ってくるから」
「あ、うん。私もお茶…じゃなくて、えっと、紅茶のセットを持ってきたの。これ……!」
「ありがとう」
「おじさんとおばさんが帰ってきたら、みんなで飲んで」
「うん。大事に飲むよ」
紗奈はほっと胸を撫で下ろすと、長い廊下を真っ直ぐ歩いて、悠の部屋に入る。いつもと変わらない悠の部屋だ。そう思ったら、やっと気持ちが落ち着いてきた。
「お待たせ。荷物、隅の方にテキトーに置いておきなよ。コートは貰っちゃうね」
「ありがとう」
お菓子を食べながらまったり過ごすのはいつもと変わらない。紗奈は悠の部屋で、いつもと同じように過ごしている。
「この前の続き、面白かった。ありがとう」
紗奈は、この前も悠の部屋で読んでいたラブコメのライトノベルを読み終えた。悠に本を返そうと、差し出している。
「主人公の男の子、鈍感さんだけどちゃんと結ばれて良かったね」
悠が本を受け取ってくれたので、紗奈は読んだ感想を話した。
「ああ。ストーリー上仕方ないけど、あれだけアピールされててもハッキリ言わないと気づかないって、凄いよな」
「焦れったいけど、ドキドキしながら読めたよ」
本の感想を一通り話し終えたら、この後はどう過ごそうかと悩む。いつもは放課後にお邪魔することが多いので、そんなに長居はしない。休みの日のデートは外が多いし、せっかくの泊まりなのにいつも通りでもいいのかな。とも思ってしまう。
「本が読み終わったなら映画でも見る? ほら、うちには色々な映画があるし」
「うん。今日は何を見るの?」
「んー……。何がいい?」
悠の部屋にはテレビがない。この家にあるテレビは、リビングか将司が趣味で作ったシアタールームにだけ置いてある。
紗奈は悠の後ろを着いて歩き、シアタールームに入った。
「この間は悠くんの出演作品ばっかり見たから、今日は将司おじさんの作品も見てみたいわ」
紗奈がこの部屋に来るのは二度目だ。前にもこの部屋で映画デートをした。その時は悠もといラキが出ている映画ばかりを見たので、今日は悠の父親である将司の出ている映画が見たいと思った。
「オッケー。待ってて」
悠が映画DVDを見繕っている間、紗奈は大きなソファに掛かっている毛布を二枚、用意しておいた。シアタールームは思いのほか暖かいが、もしも寒くなってもこの毛布があれば大丈夫だろう。
「父さん主演の人情映画か、父さん主演のホラー作品。脇役で出てるやつもあるよ。あと、母さんから借りたんだけど、これは紗奈も知ってるかも」
「え?」
有名な作品だろうか。と思って紗奈がパッケージを見る。それは、どこかで見覚えのあるマスコットキャラクターと、若々しい将司の姿が写ったパッケージだった。
「このキャラクター可愛い! 真陽おばさんの本に出てきそう」
「うん。それ、父さんが俳優デビューした時の作品で、母さんの作品の実写映画」
「すっごく見たい!」
「言うと思った」
目をキラキラと輝やかせた紗奈が可愛いので、悠は母に借りてきた自分を心の中で褒めてやった。
「これ、うちの両親が初めて出会った思い出の作品でもあるんだよ」
「素敵!」
紗奈は早くその映画が見たくってウズウズする。悠はそんな紗奈を見てクスッと優しく笑った後、DVDをプレイヤーに入れて再生してくれた。
。。。
暫くは映画に集中して、無言で画面を見つめていた。しかし、この作品は中高生向けで恋愛もの。焦れ焦れで甘くて、なんだかムズムズしてしまう、甘酸っぱい青春ものだった。
(私も、今日はせっかくお泊まりだし……。悠くんとこんな風にイチャイチャしてみたいな)
紗奈は画面の向こうのカップルが羨ましくなってしまって、もじもじと指を遊ばせながら悠の方をチラッと覗いてみた。悠はいつもと同じで涼しい顔をしてる。
紗奈は自分ばかりが緊張しているように感じて、更にドキッとしてしまう。
「…………わっ!?」
紗奈が自分から積極的に行動してみよう。と悠の手に触れると、悠は大袈裟に驚いた。悠の驚いた声と引っ込めた手に驚いて、紗奈も目を丸くする。
「あ。ご、ごめん。集中しちゃってた」
悠がそう言えば紗奈は納得するが、やはり悠本人が納得出来なかった。集中していた。と言うのは悠がついた嘘だからだ。
暫くお互いに無言でいたが、悠の方から先に口を開いて、紗奈がさ迷わせていた手を軽く握る。
「今の嘘」
紗奈は悠の手を両手で握り返す。しっかりと握り返してくれたので、悠も紗奈の手をきつく握りしめた。悠がゆっくりと、もう一度口を開く。
「本当は、紗奈が今日家に泊まるんだなって……意識しちゃってた」
「悠くん、いつもと同じ顔してたから。お泊まりも余裕なんだと思ってた」
紗奈がそう言うと、悠はまさか。と首を横に振って苦笑する。
「そんな事ないよ。この間の俺の浮かれただらしない顔、忘れた?」
「ちょっぴり幼い悠くんも、可愛くて好きだよ?」
「……紗奈は俺の顔が好きだから、良いように見えるだけでしょ」
悠は不貞腐れるようにそう言った。そして、すぐに紗奈に反論されてしまう。
「悠くんだって、私がどんな顔してても可愛いって言う癖に」
「まあ、確かに言うなあ」
「ほら」
会話を重ねていくと、段々緊張がほぐれていく。二人はクスクスと笑いあって、手を繋いだまま映画を楽しんだ。
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