初めてのお泊まり【夜】
あれから、映画を二本ほど見た。そのどれもが将司の出演映画である。
「紗奈。夕飯はどうしようか? 冷蔵庫の食材は好きに使っていいとは言われてるけど……。それか、どこか食べに行こうか?」
DVDを片付けた後、悠は伸びをして姿勢を正していた紗奈に聞いた。
「それなら私、悠くんと一緒にお料理してみたいな」
悠との料理は、紗奈がずっとしてみたいと思っていた事のひとつだった。
「俺、簡単なものしか作れないけど大丈夫?」
「私もまだ教えて貰ってる途中だから。簡単な物を作ろ?」
「うん。それなら、一緒に作ろうか」
悠がそう返事をすると、紗奈は大袈裟なくらいに喜んだ。可愛らしくはにかんで、更にこんなことを言う。
「えへへ。クラスが違うから、家庭科で調理実習があっても一緒の班になれないでしょ? だから、こうやって一緒にお料理するの夢だったんだあ」
「ふふ。そんな可愛い夢があったの?」
悠は愛おしそうに微笑むと、紗奈の頭を優しく撫でる。紗奈は心地良さそうに目を細めて、笑みを深くした。
「俺も料理勉強するから、今度一緒に料理する時はもっと色々な料理を作ろう」
「うん! 楽しみだね!」
。。。
紗奈と悠が一緒に作った料理は、簡単かつメジャーな料理。生姜焼きと味噌汁だ。
「「いただきます」」
二人で手を合わせて、同時にご飯を口に運ぶ。
「紗奈が言ってた通りに味付けしたら、いつもよりもお肉が柔らかくなった」
「えへへ。お母さんが教えてくれたの」
「へえ、流石だなあ」
紗奈と作った料理が美味しすぎて、悠の食べる手が全く止まらない。紗奈は悠が美味しそうに食べている姿を見て嬉しそうにはにかみつつ、よく噛んでゆっくりとご飯を食べた。
「「ごちそうさまでした」」
「本っ当に美味しかった」
「えへへ」
「エプロン姿も似合ってたし」
「悠くんだって。素敵だったよ」
悠がずっと料理と紗奈を褒めるので、紗奈もずっとニコニコと本当に嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「あ、そうだ。お皿洗ってるうちにお風呂沸かさなきゃ。紗奈、先に入っていいから準備しといでよ」
「私が先でいいの……?」
「うん。紗奈は女の子だし、お風呂から出たあとも色々するでしょ?」
悠は、お風呂上がりの母の行動をよく知っている。パックをしたり化粧品を顔に塗ったり。とにかく大変なのだ。
「じゃあ……。ありがとう、悠くん」
お皿洗いも、洗う方とすすぐ方で上手く分担し、一緒にこなした。二人分の食器はすぐに洗い終わったので、お風呂が湧くまでの時間、リビングでまったりとテレビを見て過ごしている。
「あの猫ちゃん可愛いー!」
今見ている番組は、動物がたくさん出てくるバラエティー番組だ。視聴者から送られた飼い猫、飼い犬の可愛い仕草や面白仕草の映像を見て、動物を飼っているタレントや芸人達がリアクションをしている。
「そういえば、将司おじさんはこういう番組には出ないの?」
「昔はよく出てたけど、ここ最近は全然」
「そうなんだ」
さっきまで将司が出ている映画を見ていたから、紗奈は普段の父親らしい将司ではなく、芸能人の将司をもっと見てみたいと思った。
「でも、今後少しずつこういう番組にも出るようになるかもね」
「え? そうなの?」
「父さんのメディア露出が減ったのは、少なからず俺を守るためでもあっただろうから。俺の事を必要以上に隠す必要が無くなった今はたくさん出れると思うよ」
悠はそう言って、小さく笑う。
「そっか……。ふふ。たくさんテレビに出るようになったら、そのうち看板番組とか出来ちゃったりして!?」
「えー? んー……旅番組とか?」
何となく悠の頭に浮かんだのは、将司がのほほんとした笑顔で食べ歩きをしている姿だった。旅行好きな将司だから、何となくイメージがしやすかったのだ。
「歌番組じゃないんだ?」
「あはは」
紗奈達がテレビそっちのけで会話をしていると、お風呂が沸いた音がリビングまで聞こえてきた。
「じゃあ、本当に先にお湯貰っちゃうね。あと、ボディーソープも。ありがとう」
紗奈はお風呂に入れる準備をしている途中、今朝も鞄の中身を確認したはずなのに、ボディーソープを忘れてきてしまったという事実に気づいた。そのため、悠のものを貸してもらうことになっている。
「うん。寒いから、ゆっくり入ってちゃんと温まってくるんだよ」
「はーい」
紗奈がお風呂に向かうと、悠も自分の寝巻きを取り出して近くに準備しておく。寒い冬の時期なので、暖かいモコモコ生地のスウェットだ。部屋着と兼用である。
「やっぱり猫いいなあ」
テレビを眺めながら、悠は紗奈がお風呂から出てくるのを待った。
。。。
お風呂で充分に温まった後、紗奈は身体を拭いて脱衣所に戻ると、
「……あれ?」
紗奈は目当てのものが見つからなかったので、服を着てリビングに戻る。ワシャワシャと髪をタオルで拭いて、悠に声をかけた。
「悠くん。お風呂、ありがとう」
「あ、おかえり。あれ? ドライヤー……」
紗奈は脱衣所でドライヤーを見つけることができず、髪をタオルで拭いて乾かしていた。
「母さん、旅行に持っていったのか。ちょっと待ってて」
悠は一度リビングを出ていくと、真陽の部屋に入ってドライヤーを持ってきてくれた。
「おいで、紗奈。髪乾かしてあげる」
悠はコンセントを差して、カーペットの上に膝立ちになり、紗奈を誘導した。紗奈は遠慮がちに悠の前に正座して、横目にチラッと悠を見上げる。
「ん?」
「ううんっ。ありがとう……」
紗奈はサッと前を向いて、肩にかけていたタオルで緩んだ口元を隠す。悠に甘やかされるのが嬉しかった。
「紗奈の髪、やっぱりふわふわだね。手触りが気持ちいい」
悠が優しく手で紗奈の髪をといてくれる。紗奈の髪はふわふわとウェーブしているのだが、絡まるということはなく、スっと指が綺麗に通る。
「お風呂上がりだからだよ。朝は寝癖ついちゃって、大変なんだよ?」
「そうなの? 前にここで寝かせた時は、そんなことなかったけど」
「だって、あれはそんなに長く眠ってなかった」
紗奈がプクっと頬を膨らませるから、悠は思わずクスッと笑みを零した。以前、旅行帰りで時差ボケを起こしていた紗奈を、悠は無理矢理寝かしつけた事があるのだ。それを思いだしたせいで、紗奈は拗ねてしまっている。
「なんか、紗奈からうちの石鹸の匂いがするの、不思議な感じするね」
「あ、えへへ。悠くんの匂いなんだなって、私も不思議な感じ。ドキドキしちゃう」
紗奈はすぐに機嫌を直して、照れくさそうにはにかんだ。単純な紗奈も、やはり可愛らしい。悠は紗奈の髪を念入りにドライヤーにかけながら、そんな事を思った。
「そう言えば、そのドライヤーって誰の?」
「母さんの。部屋から拝借してきた」
「真陽おばさん、お部屋にもドライヤーを置いてるんだね」
紗奈は感心してそう言った。美意識が高いんだなあ。なんて、ぼんやりと真陽の顔を思い出している。しかし、理由は美意識が高いわけでもなんでもない。悠が苦笑して、作家としての真陽の生活を教えてくれた。
「母さんは執筆作業でたまに部屋に引きこもるからね。あの部屋だけでもある程度生活出来るように、作業部屋の隣にシャワールームを取り付けたんだよ。なのに、結局あんまり使ってないし」
「そ、そうだったんだ……」
紗奈は初めて悠の家に来た時と似た感覚に陥る。
悠の家はとても広いのだ。平屋で二階が無い分、土地を広々と使っている。長い廊下もだが、悠の部屋も真陽の部屋も広い。シアタールームの他に書庫があると聞いたことがあるし、将司のレコーディング用の高そうな機材が置いてある部屋もあるらしい。
(なんか、お金持ちって感じだあ……)
紗奈は最初こそ悠に甘やかしてもらってドキドキと胸を高鳴らせていたのだが、今は別の意味でドキドキしてしまっていた。
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