音久からの相談

 ある日の休日。今日は珍しく、悠と菖蒲が中学時代の友人である坂井さかい音久おとひさに呼び出されて、カフェレストラン〈ほしのねこ〉にランチに来ていた。


「坂井くんが誘ってくれるの、珍しいね」

「何かあったのか?」


 悠と菖蒲の言葉に、音久は頬を染めて言いにくそうに身体を揺らす。そんな音久の反応に、二人は察する。


 最近の音久と、音久に中学卒業時からずっとアプローチをかけ続けている立花あおいの進展を近くで見てきた二人だからこそ、すぐにわかった。彼がこういう顔をしている時は、あおい関係でしかない。


「近々、うちの学校でも文化祭があるんだけど……知ってる?」


 悠と菖蒲の高校は谷塚高校という私立高校だが、音久が通っている学校は谷塚高校よりもワンランク上の、草野くさの第一だいいち学園がくえんという大きな学校で、私立の中高一貫校だった。音久は高校からの編入である。


「うん。立花さん本人から聞いたよ。坂井くんの方から誘ったんだろ?」


 先日にあった文化祭の打ち上げにて、悠が「紗奈とは文化祭であんまり一緒に回れなかったんだよね」と愚痴を漏らしたところ、あおいから「来週末に草野第一学園でも文化祭があるらしいよ」と教えて貰ったのだ。


「俺も紗奈と遊びに行くつもりだよ」


 打ち上げの後にチャットで誘ってみたら、快く了承して貰えた。悠はつい思い出し笑いをしてしまったので、隣にいた菖蒲に文句を言われてしまう。


「白鳥くんも瀬奈せなを誘って行ったら? あいつ、白鳥くんにかなり懐いてるでしょ」


 瀬奈と言うのは、悠の母方の従姉妹の名前だ。瀬奈は現在中学三年生で、志望校が悠達の通っている谷塚高校なものだから、以前悠の学友を紹介して仲良くなった。


「え? あー…よく通話しながらゲームとかしてるしなあ」


 特に菖蒲とは頻繁にやり取りをしているようだ。


「瀬奈ってガサツだしだらしないところもあるけど、素直でいい子だよ。白鳥くんと趣味も合うだろ? 年齢もひとつしか違わないしさ。どう?」

「どうって……」


 菖蒲がほんのりと頬を染めたので、悠はもしかしたら本当に結ばれる可能性もあるのかも。と思い始める。


 ただ、瀬奈に恋愛感情が理解できるのかどうかが心配だ。相手が瀬奈に好意を持っていても、瀬奈はそれに気づかずただの友達だからと近い距離で接してしまう可能性が高い。悠はそれを想像して苦い顔をする。


「な、何?」

「ああ。いや。勧めといてなんだけど、瀬奈の相手は大変そうだなあ……と」

「どうして? 木村さん、魅力的じゃないか」

「君には立花さんがいるでしょ」


 悠が間髪入れずにそう言うと、音久はポッと赤くなって、またモジモジと身体を揺らす。


「あの、実はその事で相談が……」


 音久が話を切り出すと、悠と菖蒲は会話を止め、大人しく音久に耳を傾ける。


「俺は去年よりも立花さんの事が気になってる。夏祭りの後からは、俺からも遊びに誘ったり…し、してるんだけど」


 音久はそこまで言うと、グッと拳を握りしめ、苦しげな表情で俯いた。


「それでも、俺は未だに自分の気持ちがわからないんだ。立花さんといるのは楽しいし、彼女の傍は落ち着く。でも、恋をしているのかと聞かれると、わからないんだ」

「俺はとっくに好きなんだと思ってたけど」

「えっ!?」


 菖蒲の言葉に驚いて、音久は顔を上げる。


「お、小澤くんもそう見える?」

「……さあね。確かに二人は仲睦まじく見えるけど、俺は坂井くんじゃないから。気持ちまではわからないなあ」


 悠がそう言うと、音久はしゅんと落ち込んだ。悲しげに目を伏せて、また俯いてしまう。


「立花さんは積極的にアプローチをかけてくれるから、心臓がドキドキする事ばかりなんだけど。他の女の子に告白された時もドキドキはするし……。本当に恋心なのかなって、そうな気もするし、違う気もするんだよね」

「告白されるの?」

「え、そこ?」


 菖蒲の驚いたポイントに、悠がツッコミを入れる。


「だ、だって。中学時代は俺の仲間だったのに……」


 と菖蒲が嘆く。菖蒲はそんなにモテるタイプでは無い。中学時代の音久も、どちらかと言えばからかわれるタイプで、モテるとは言えなかった。


「坂井くん、高校に入ってから身長伸びたし、顔立ちは元々綺麗だもんね」

「今の俺、モテる奴らに囲まれてる……?」


 菖蒲が肩を落とすので、悠と音久は苦笑しつつ、菖蒲を慰める。


「それで、坂井くん。話の続きを聞いてもいいかな」

「うん。えっと……。結局、俺は立花さんをどう思ってるのかわからないって話なんだけど」

「うん」


 悠が相槌を打つと、立ち直った菖蒲がまた別の質問をしてきた。


「なあ、音久って他の女子の告白も保留にしてんの?」


 それに対し、音久は首を横に振って否定する。


「ううん。返事を保留にしてるのは立花さんだけ。でも……。最初は、それって特別な感情があるからなのかなって思ったりしたけど、ちょっと違うなって」

「違うって言うと?」


 悠が聞き返すと、音久はこくんとひとつ頷いてから、言葉を続ける。


「立花さんの事、大切に思ってる。そこまではわかってるんだ。でもね、あの…怒らないで欲しいんだけど、俺は多分、相手が紗奈ちゃんでも保留にしたと思う」

「ん……」


 紗奈への気持ちがないことは分かっている。だから悠も怒ったりはしない。が、例え話でも口に出されると少々複雑な気分だった。


「あの、ごめんね。俺の立花さんへの気持ちって、小澤くんとか菖蒲くんとか、友達といる時みたいな親愛の気持ちとも同じな気がしてて」

「うん」

「だからって、立花さんに感じるみたいな動悸は、別に菖蒲くんにも…もちろん、紗奈ちゃんにもしないし。だから恋愛的な意味では立花さんをどう思ってるのかなって……悩んで…………」


 音久はそこまで話すと、また俯いてしまった。憂いを帯びた瞳は伏せられて、悲しげだ。


「じゃあ、文化祭で回る時に、無理やり恋愛っぽい事をしてみたら?」

「えっ!?」


 悠がそう提案すると、音久が照れた顔をバッと上げた。悠を見つめる瞳には困惑の色が浮かんでいる。


「つ、付き合ってもないのに。何しろっていうの……」


 音久の赤くなった頬を見て、悠はクスッと優しく笑う。悠は音久の手を握ると、優しく言った。


「ほら。手を繋ぐくらないなら、まだハードルも低いんじゃない? 友達だってやるし」


 これは握手だけど。と口には出さないが考える。


 音久は少しだけ考える素振りを見せたが、すぐに悠の手を軽く握り返して、頷いた。


「うん……。やってみる」

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