文化祭の打ち上げ…?

 文化祭の片付けも綺麗さっぱり終わって、次の日。この日は代休で、北川きたがわ紗奈さなのクラスでは文化祭の打ち上げと称してみんなでカラオケに遊びに来ていた。


「「お疲れ様ー!」」

「「お疲れ様ー!!」」


 幹事をしてくれているクラス委員の人達の挨拶に合わせて、紗奈達はそれぞれ取ってきた飲み物を掲げて乾杯をする。料理もクラス委員がテキトーに頼んでくれた。


「特に北川さんのおかげで、他校生と大学生の男達が寄ってきてくれたよなー」

「え? そうなの……?」


 客層について、紗奈は特に意識していなかった。言われて初めて、確かに男性客が多めだったかも。と思う。紗奈達のクラスの出し物は焼き鳥屋なのだし、女性よりも男性に人気が出るのは自分のおかげとは言えないのでは無いのではないか。とも思った。


「あ、でも彼氏……。小澤おざわが来てた時は女性客が増えたんだよな。やっぱりイケメンってすげえ」

「えへへ。悠くん、かっこいいでしょ?」


 紗奈と、紗奈の恋人である小澤ゆうの仲は、文化祭で行われたカップルコンテストの優勝により、学校全体に知れ渡った。今や紗奈達の通っている谷塚やづか高校の生徒全員が二人の名前を知っている。


「可愛いなあっ。紗奈ちゃん!」

「ひゃっ。チエちゃん……!?」


 紗奈のクラスメイトで、高校で出会って仲良くなった牧本まきもと千恵美ちえみが紗奈に抱きついて、紗奈を驚かせる。紗奈は千恵美を「チエちゃん」とあだ名で呼ぶほど、仲が良かった。


 千恵美が紗奈に抱きつくのは、クラスのみんなにとっても紗奈にとってもいつもの出来事なので、驚いたのは最初だけ。みんなでクスクスと笑っている。


「まあ、小澤のことになると顔がユルユルになるもんな。お前」


 紗奈の幼なじみでクラスメイトの白鳥しらとり菖蒲しょうぶにおでこを小突かれて、紗奈はムッと唇を尖らせる。


「本当に仲がいいんだね」

「コンテストで優勝したんだもん! 当たり前よ。ね? 北川さん?」

「えへへ。ありがとう」


 仲がいい。と言って貰えると嬉しい。紗奈はムッとしていた事など忘れ、更に頬を緩ませてニコニコと笑顔を浮かべている。


「本当におめでとう。紗奈ちゃん!」

「アピール内容とか、ずっと考えてたもんね」

「うんうん。小澤くんのいい所、沢山あって悩むって言ってたしね」

「コンテストの時に着てたドレスも素敵だったよー」


 カップルコンテストの話になると、紗奈はクラスメイト達から一気に祝福を受ける。当然嬉しいには嬉しいのだが、今日はクラスの打ち上げだし、何より照れくさいので、別の話題を探そうとしどろもどろになる。


「小澤くん。昨日髪切って学校に来たんでしょ?」


 悠は実は元子役で、文化祭の前までは目立つのを嫌っていたために、前髪を伸ばして顔を隠していた。文化祭の時に初めて顔を学校全体に晒して、昨日の文化祭の片付けでは髪を切って学校に登校している。

 

「ああ。かっこよかったよね!」


 女子達の興奮は収まらず、これはもうクラスの打ち上げと言うより、紗奈と悠の話題で盛り上がる女子会のようなものになってしまっている。


「女子の気持ちはわからなく無いけど、俺たち完全にアウェイじゃんな」

「小澤悠、かっこよかったもんなあ……」


 男子達がしょんぼりしてしまっているので、紗奈は更に慌ててしまう。


「あの、えっと……」

「文化祭の後、俺の家も小澤の話題だったんだよ。うちの親、ファンだったんだって」

「あ、それうちも。俺は覚えてないんだけどさ、昔に俺、ラキの映画を見てモノマネとかしてたらしいんだよね!」


「ラキ」というのが、悠の子役時代の芸名だ。天才子役と言われていた悠は、とある事故が原因で精神を病み、引退してしまった。そんな悠を覚えている生徒は少ないが、生徒達の両親は悠の事をよく覚えていた。


 いつの間にか男子達まで悠の話題で盛り上がっていて、完全にクラスの打ち上げの目的が無くなってしまった。文化祭の話題など、今や完全に消え去っている。


「そ、そろそろこの話やめて、せっかくカラオケなんだし歌おうよ。ね?」


 紗奈が戸惑ったままに誘導して、なんとか打ち上げに軌道修正をする。


「なあなあ、あの歌なんて言ったっけ?」


 クラスメイトの一人が、中村なかむら慎吾しんごと言う軽音部の男子生徒に声をかける。


「なになにー?」

「ほら、文化祭で小澤が歌ってやつ」


 カップルコンテストの直前、軽音部がステージを使って演奏をしていたのだが、慎吾のグループはボーカルが熱を出して倒れてしまい、急遽近くにいた悠に代役として歌ってもらったのだ。


 いきなり悠を代役に立てて成功したのは、文化祭で悠が歌った曲と言うのが、悠の父親でありシンガーソングライターの将司まさしが作詞作曲した曲だからである。


「ああ。すっげえ歌うまかったよな」

「みんな小澤くんの歌声に聞き入ってたもんね」


 紗奈は悠の名前を聞いて、あれっと首を傾げる。軌道修正できたと思っていたが、まだ悠の話題から離れていなかったようだ。


「マイラブだよー。英語表記で」

「おー。あれ、またあの声で聞きたいよなあ」

「北川さんは歌える?」

「ううん。私、将司おじさんの曲あんまり知らない」


 悠とカラオケに行った回数だって、片手で数え切れるほどしかない。


「悠くんが将司おじさんの歌を歌う時って、大体菖蒲くんが勝手に入れちゃった時だし」


 紗奈が菖蒲をジト目で見ると、菖蒲は頭を軽くかいて別の話題をふる。


「そういや、あの曲ってプロポーズの曲なんだろ? よかったなー。紗奈ー」

「すっごく棒読みだよ。菖蒲くんのばかっ」


 紗奈が菖蒲の文句を言っている間も、クラスメイト達は文化祭……で初めて素顔を見せた悠の話題で盛り上がっているのだった。

 

。。。


 一方、紗奈達と同じ日付けにクラスの打ち上げがある悠は、待ち合わせ場所に着くと既に来ていたクラスメイトの一人に声をかける。


「おはよう」

「お? お……あー、小澤。おはよ」


 一瞬固まったクラスメイトに対し、悠は不思議そうに首を傾げる。すると、目の前の彼が少しだけ気まずそうに頬をかいた。


「いや。一瞬、なんで話しかけてくるんだこのイケメンって思ったわ。小澤の顔、まだ慣れねえ」


 と言われ、悠も苦笑するしか無かった。周りにチラホラいたクラスメイト達も悠に気づくのに遅れたようで、共感している。


「なんか、ごめんね」

「いや、こっちこそ悪い」

「早く慣れるように頑張ろーぜ。俺も誰だこのイケメンって思っちゃったもん」


 文化祭でシフトを共にしていたクラス委員の立石たていしにも誰かわからなかったと言われ、悠は本当に苦笑することしか出来ないのだった。


「小澤くん。おはよう」

立花たちばなさん。おはよう」


 悠に声をかけたのは立花あおいという女子生徒で、悠とは同じ中学校出身である。悠の恋人である紗奈とあおいは仲良しで、紗奈を通して悠も自然と会話をするようになった、悠にとっても大切な友人だった。


 あおいは少々青みがかった黒髪で内巻きのショートボブの少女である。控えめではあるが上品な美しさも兼ね備えているので、密かにクラスの男子生徒から人気を集めている。が、学年首席の才女でもあるので、恐れ多いのかアピールを受けているところはあまり見かけない。


「ごめんなさいね。急に用事で先に行くなんて言って」


 中学生の頃も同じ学区だった悠とあおいは最寄り駅も一緒で、普段から学校にも一緒に登校している。しかし、今日はあおいが家の用事があるそうで、一緒には来なかったのだった。


「ううん。気にしないで。用事はもう平気?」

「ええ。用事自体は昨日の夜の話なの。昨日はその用事のあった親戚の家に泊まったから、直接ここに来たのよ」

「ああ。そういう事」


 悠とあおいが会話をしていると、最後の一人が待ち合わせ場所についたらしい。これから予約しているレストランに向かうとのことで、クラス委員達があまり広がって歩かないように。と注意を促してくれた。


「おはよう」

「あ、最後って君だったの」

「おはよう。菊川きくかわくん」


 一番最後に待ち合わせ場所にやってきた生徒は、悠が高校に入って初めてできた新しい友人である菊川きくかわ寛人ひろとだった。彼は少し遠くの中学出身らしく、学校でもたまに遅刻ギリギリに来ることがある生徒である。


 彼は茶髪だが、光の加減によっては金にも見えるという珍しい髪色をしていて、顔立ちもかなり整っている。ただ、天然なところもあり勉学、運動どちらも苦手というポンコツな部分もあるので、あまりモテない。マスコットキャラクター的な存在として遠くから愛でられているという、少々不憫な存在だった。


「ついた着いた。じゃあ、シフト時間ごとにテーブル席についてもらおうかな。昨日も言ったけど、二時間の食べ放題でお店の半分を貸し切りにさせてもらっているけど、他のお客さんもいるから、迷惑にはならないようにね」

「「はーい」」


 費用は昨日のうちに参加表明と共に提出していて、クラス委員の生徒が今、まとめて前払いで払ってくれた。


 それぞれが席に着くと、同じシフトに入っていた寛人とあおい、それから文化祭の準備期間で仲良くなった黒木くろき周平しゅうへいが悠のそばに座ってくれた。


「バイキング形式らしいし、取りに行こうぜ」

「あ、うん」


 好きに料理を取って、全員が改めて席に着く。すると、クラス委員の立石が乾杯の合図をしてくれる。


「「お疲れ様ー!」」


 乾杯が済めば、後は食事に文化祭の話題に、他愛もない世間話が続く。


「やっぱり今回の功労者は小澤じゃね?」


 クラス委員の立石がそう言ったので、悠は食べる手を止めて首を捻った。

 

「功労者は立石くん達クラス委員でしょ?」

「俺も小澤だと思うぜ?」


 立石に続いて周平も、悠が功労者だと言った。


「何で?」

「そりゃあ、小澤が一番集客に貢献したからだよ。あの独特な絵も大人気だったしな」


 悠のクラスは執事喫茶だった。執事服に身を包んだ悠は、容姿の良さと元子役と言う演技力のおかげで大人気となった。そして、紙コップに絵や文字を書くと言うサービスにて、美術が苦手な悠の独特な絵が何故か話題となり、更に人を集めたのだった。


「でも、裏方の人達が頑張ったから集まったお客さん達を満足させることが出来たんだよ?」

「なんだよ。謙虚な奴だなあ」


 周平に軽く背を叩かれ、悠は困ったように笑う。その場面を見ていた女子生徒達が黄色い声を上げたので、今度はビクリと身体を揺らしてしまった。


「俺達もお前の顔に慣れるからさあ。お前も、女子の視線や声に慣れろよな」


 と他の男子生徒達にも軽い口調でそう言われ、悠は控えめに頷いた。


「頑張るよ……」


 文化祭の話はクラスの話題を飛び越えて、どのクラスの出し物が面白かった。とか、美味しい食べ物を売っているお店があった。等の話に発展する。


「あ、俺は映画部見に行ったぜ」

「私も行ったよ。黒木くんって、演技が上手なんだね」

「私達、シフトが終わった後は体育館にいたから……。小澤くんも協力したのよね」


 悠と周平が仲良くなったきっかけは、周平の所属する映画部の出し物に、悠も協力したからだった。悠は元子役で、演技の才能がある。映画製作の知識もある。という事で、映画部の部長に頼まれて文化祭の間だけ、悠は映画部にお邪魔してアドバイスや演技指導なんかをしていた。


「あれ、スペシャルサンクスのやつ。笑ったわあ。めっちゃデカい文字で書かれてたよな!」


 映画部が完成させた映画のエンディングロールで、主演であり、監督まで務めた映画部部長の名前よりも大きな文字で悠の名前が流れた時、悠は恥ずかしくて赤面してしまった。今でもそれを指摘されると恥ずかしくなる。悠の顔はほんのりと赤くなった。


「演技も、小澤が手本を見せてくれたから上手くいったんだ。とっくに引退してるって言っても、やっぱり小澤はそこらの俳優よりよっぽど凄いぜ!」


 周平は誇らしげに胸を叩いて、悠を褒め称える。悠の顔が更に赤くなってしまった。


「あんな演技をした黒木くんから言われるんだもん……。よっぽどだよね」

「なあ、小澤ってまた役者に戻りたいとか思ったりしないの?」


 とある男子生徒が不意にそう言ったから、悠が子役を辞めた原因を知っている生徒達が慌てた顔をする。今発言した男子の隣にいた女子生徒なんか、肘で彼の脇腹を思い切り突いていた。


 涼しい顔をしているのは、当の本人だけである。


「うん。演技は好きだけど、一番じゃないからもうやらないかな」


 悠はサラリとそう言った。悠の隣に座っていた寛人の表情が緩み、他の生徒達もほっと安堵している。


「芸能界に今更いい印象なんて中々戻ってこないしねえ」

「小澤くん……」


 あおいは中学時代から悠を知っている。今でこそサラッと口にしているが、以前までトラウマを刺激されると発作で過呼吸を起こしていたのも知っている。実際に見てもいるので、不安そうに口元を抑えて、悠を見つめた。


「いい印象はないけど、呼吸を乱すほどのことでもないし、映画も昔は見れなかったけど、今は紗奈と映画デート出来るくらいには克服してるから。立花さん、心配してくれてありがとう」

「え、ええ……」


 あおいがほっと息を吐いたその瞬間、悠は男子生徒達からブーイングを受ける。


「さり気なく惚気入れてんじゃねえっ」

「羨ましいっ」


 あおいや寛人は苦笑し、周りの女子生徒達は呆れ顔で悠に野次を飛ばす男子達を見つめていた。


「えー? 話の流れじゃん。いいでしょ。別に。ついでに、俺のは紗奈だって話もする?」


 文化祭以前は前髪で顔を隠すほどに自分に自信がなかった悠が、今では羨む生徒達をからかうように笑顔を見せている。それが友人として嬉しくもあり、前までの謙虚な悠が恋しいとも思ってしまうあおいなのであった。


「結構変わったよね」

「最近じゃあ、紗奈ちゃんへのスキンシップも積極的にするようになったもの」


 そんな会話をしながら、あおいと寛人は悠の楽しそうな顔を見つめる。そして、紗奈と悠が二人並んで仲睦まじくしている様子を思い浮かべるのだった。

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