ナイショをやめた王子様

朱空てぃ

カフェでの振り返り的なお喋り

※こちらは前作主人公の紗奈さなと彼女の幼なじみである菖蒲しょうぶの会話形式で進む、ナイショの王子様の振り返り。のようなものになっています。ご了承ください。




 とある休日の昼下がり。北川きたがわ紗奈さなは幼なじみである白鳥しらとり菖蒲しょうぶと、行きつけのカフェでたまたま鉢合わせたので、一緒にお茶をすることにした。


「文化祭、お疲れ」

「うん。お疲れ様!」


 つい先日、二人の通う谷塚やづか高校で、入学して初めての文化祭があった。


ゆうくんと出会ってから、本当に色々なことがあったなあ……」


 と、紗奈が天井を見上げてぼんやりと呟いた。


 紗奈が思い浮かべている相手は小澤おざわゆう。中学時代から付き合っている、紗奈の恋人である。


「来月で一年経つのか。早いな」

「うん。本当に……」


 悠の顔を思い浮かべる紗奈は可愛らしい。菖蒲はそう思った。


 紗奈の容姿は、見れば誰もが美人だ。と口を揃えていうくらいに整っている。目はパッチリしていて、まつ毛も長い。肌も瑞々しくて色白で、幼く見える丸みのある頬は、両手で包み込めるくらいに小さい。鼻も口も小さめだから、バランスもよく見える。髪はふわふわとウェーブした天然パーマで、頭には紗奈の弟が誕生日にくれた、真ん中で交差した太めのカチューシャを身につけている。


 菖蒲の感想は幼なじみの贔屓目ではなく、紗奈は本当に美人で可愛いのだ。


「そういや、俺が小澤のことを話したのもが初めてだっけ?」


 今二人がいるカフェ〈ほしのねこ〉で、紗奈は悠の名前を知った。去年の秋頃に菖蒲から教えてもらったのだ。


「懐かしいね」

「色々な意味でだし、思い出として振り返ってみるか?」

「それいいね!」


 紗奈と菖蒲はお互いに顔を見合わせると、クスクス笑って会話を続ける。


「お前とあいつが出会ったのも去年だよな。去年の九月。確かあいつの誕生日なんだっけ?」

「うん。忘れ物を取りに来た私と、親に言われて遅くまで残っていた悠くんが教室の前でぶつかっちゃったの」


 悠の両親はサプライズ好きで、その日は悠の誕生日を祝うため遅い時間に帰ってくるように言いつけがあったそうだ。そしてその日の放課後、違うクラスの二人が、たまたまタイミングが合って衝突してしまったのが始まりだった。


「その時に悠くんが落とした羊のシィちゃんを返しに教室に行って、みんなにからかわれちゃった」


 羊のシィとは、悠が持っているぬいぐるみキーホルダーのことである。男が持つにしては可愛らしいデフォルメ化されたキャラクターである羊のシィは、彼にとって小説家である悠の母親が自分のために作ってくれた作品のキャラクターであり、とても大切なものなのだった。


「お前、モテるもんな」


 そのキーホルダーを返すために後日悠の教室に行ったところ、紗奈と悠は両クラスでちょっとした噂になってしまった。


「んで、この店で俺が小澤の話をしたんだったな」

「学校のみんなにからかわれた事、心配してくれたんだよね? ありがとうね」

「おうよ」


 菖蒲は得意げに親指を立てて、真っ白な歯を見せた。菖蒲は幼少の頃から、よく紗奈の世話を焼いてくれる。お互いに支え合って生きてきた兄弟のような、親友のような存在だった。


 紗奈は菖蒲に笑顔を返すと、話を続ける。


「二度目の出会いはうちの近所の公園で、降りられなくなった猫を助けてもらったの」


 紗奈が木に登って野生の猫を助けようとしているところを、通りがかった悠が助けてくれたのが二度目の二人の出会いだった。


「んで、あっさり惚れちまったと」

「だ、だって……。お顔がタイプだったから……」

「出たよ。面食いめ」


 悠は出会った当初、長い前髪で顔を隠していた。猫を助けてもらった際にたまたま悠の顔が見えてしまって、その顔が紗奈のタイプだったから、紗奈は悠が気になって気になって仕方なくなってしまったのだった。


「顔だけじゃないもん。悠くんは猫を助けてくれたし? 貸したハンカチも血で汚れたからって、新しいのを買ってプレゼントしてくれたしさ。優しいもん」


 紗奈はプクッと頬を膨らませ、反論した。


 悠は当時、猫を助ける際に手を引っかかれて怪我をしている。その時に紗奈が渡したハンカチのお礼に、悠は新しい花柄のハンカチをプレゼントしてくれたのだった。


「そうだったな。そのプレゼントも、このカフェで貰ったんだよな。そん時も俺は巻き込まれて、紗奈があいつと仲良くなるために協力してやったんだ」


 菖蒲を巻き込んで、紗奈は悠と仲良くなるために手紙を書いた。人生初のラブレターだ。その結果、紗奈は悠からチャットアプリのIDを教えて貰う事に成功し、会話も増えた。


 紗奈は悠にどんどん惹かれていったが、悠は実は、とある闇を抱えていた。


「あいつ、お前と自分が両想いだって気づいた後も、自信がなくてグダグダ言ってたんだよなあ……」

「え?」

「感謝しろよー? 俺が後押ししてやったから、あいつはお前をデートに誘ったんだ」


 悠は、面食いである紗奈が見ただけで好きになってしまうくらい、整った容姿をしている。だと言うのに、長い前髪で顔を隠しているのには訳があった。


 紗奈と悠が再度噂になった際、菖蒲は悠のその訳と言うのを聞き出した。


「元子役で、嫌がらせを受けていたあいつは、紗奈はなんで自分なんかを好きになったんだろうって……悩んでた。もしも、紗奈が同情で自分を好きになったのなら、もしも好きなところが見た目だけだったら、付き合った後に、思っていた人じゃなかったって幻滅されたら、どうしようって……自信が無いって嘆いてた」

「悠くんはじゃないもん……」


 紗奈が落ち込んだ顔をすると、菖蒲は困ったように小さく笑って、紗奈の背を軽く叩いてくる。


「わかってるよ! とにかく、落ち込んでたあいつに、お前はもっと紗奈と会話しろーって。ついでに、お前の好きな港のイルミネーションでクリスマスデートして来いよって、後押ししてやったわけだ!」

「えっ!? そんなこと言ったの!?」


 確かに去年の十二月、紗奈は自分が小さい頃から好きだったイルミネーションに誘ってもらった。クリスマスではなかったが……。


「で、上手くいっただろ?」


 そう。そのイルミネーションで、紗奈と悠は晴れて付き合うことになったのだ。からかわれることを懸念して学校のみんなには内緒だったが、中学生活最後の三学期は紗奈にとっても悠にとっても、とても幸せな時間だった。


「で、同じ学校に入学して、新しい友達が出来て、ついでに紗奈を狙う嫌ーな男にも会って、あいつは関係を隠したままじゃないられないって努力を始めた」


 菖蒲がそう言うと、紗奈が嬉しそうにはにかむ。紗奈は努力家の悠が好きだ。人のために頑張ることが出来る、優しい悠のことが、大大大好きだ。


「私の友達に会ってみたいって、そう言ってくれた時はすごく嬉しかった……」


 悠は紗奈の友達に素性を話す……とまではいかなかったが、顔を隠さずに会ってくれた。紗奈の恋人だと主張してくれた。それが嬉しかった。


「体育祭では怪我をした紗奈のために三百メートル走りきって優勝したし、今回の文化祭でも紗奈のためにカップルコンテストに出ただろ? すげぇよな」


 嫌がらせを受けていた影響もあって、人に注目されるのが苦手だった悠。悠は紗奈のために、本当にたくさんのことを頑張ってくれた。


「それだけじゃなくて、悠くんは自分に嫌がらせをしていた人ともちゃんと話をした。過去の因縁と決別したの。それってすごいよね」

「それも紗奈のためだろ? 紗奈と堂々と付き合うために、過去の因縁を断ち切って強くなった。紗奈と付き合ってるって事を内緒にするのもやめた。本当にすげえ奴だよ。あいつは」

「えへへ」


 悠は菖蒲の言うように、いつまでも紗奈との関係を秘密のままにはしておけない。と過去のトラウマを克服するために嫌がらせをしていた張本人に会った。


 実を言うと悠のトラウマの一番の原因は、その相手にいる事にある。それなのに、悠はしっかり嫌がらせの相手と話して、かなりあっさりとその因縁を断ち切ってしまった。


「最近のあいつ、学校でも紗奈に甘いもんな」

「え、えへへへ。嬉しいけど、恥ずかしい……」


 過去を断ち切った悠は、人目も気にせず紗奈を可愛がっている。もう、全然内緒の王子様なんかじゃなかった。


「まあ、俺は明るいあいつの方が好きだけど」


 菖蒲はそう言って、ニカッと笑顔を見せる。紗奈も、楽しそうに笑っている悠が好きだ。注目を浴びたり囲まれたりするのが苦手だった悠が、たくさんの友達に囲まれて嬉しそうにしているのを見ると、こちらまで嬉しい気持ちになる。


「それに、紗奈を狙う奴もいなくなったし!」


 美人で目立つ紗奈は、かなりモテた。さっき菖蒲が言っていた『嫌な男』も、紗奈に強引に迫っていた。


 それが嫌で悠が覚悟を決めた。という背景も実はあったりする……。


 そんな嫌な男とも、文化祭で関係を断ち切ったと言っていいだろう。今はクラスメイトである。


「でも、今度は悠くんがモテモテになっちゃった」


 文化祭で、悠は自分の素性を全校生徒にバラしている。悠の恐ろしく整った容姿も、元人気子役であることもバレている。今は紗奈がモテるという事よりも、悠の人気の方が心配だった。再三言うが、面食いである紗奈が一目惚れをするほどに悠はイケメンなのだ。人気どころか、たくさんの女子生徒に狙われても不思議ではない。


「だから、今度は私が頑張らなきゃだよ。悠くんにずーっと私だけ見ててもらえるように、努力するの」

「あはは。あいつが目移りするなんて思えないけど。応援してるよ」

「うん!」


 紗奈はグッと拳を握って、気合を入れるポーズを見せる。


「ケーキも食ったし、あんまり長居しても悪いから、そろそろ帰るか」

「うん。あ、店長。クッキー持ち帰りで二つ貰ってもいいですか?」

「もちろん。包むから待ってて」


 明日は日曜日。紗奈と悠のデートの日だ。一つは悠と一緒に食べよう。そう思いながら、紗奈はニコニコと嬉しそうに笑顔を浮かべているのだった。

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