期末テストと一周年

 十二月の半ば頃。あと一週間で期末テストがあり、二週間もしないうちに冬休みが始まる。そんな寒い時期の事。


「んー……」


 悠は自分の席から、クラスメイトと会話をしている菊川寛人を見つめて唸っていた。


「どうした?」


 唸る悠の机にポンと手を置いて、同じく悠のクラスメイトである黒木周平が声をかけてくる。


「黒木くん」


 悠は顔を上げると、周平の姿を認めた。そして、寛人を見つめて唸っていたその理由を話す。


「もうすぐテストじゃん?」

「ああ、そうだな」

「いつもならこのくらいの時期、菊川くんが頭を抱えながら『小澤、助けてー』って言ってくるんだけど」

「え。今のモノマネうまっ」


 悠がした寛人の声真似は、かなり似ていたらしく周平から感心された。


「そう? ……じゃなくて、今回は菊川くんも白鳥くんも、俺に勉強教えてくれって言ってこないから、不思議なんだ」


 悠はそう言って、少しだけ眉を寄せた。


「いい事じゃねえか」


 周平の言う通り、自分で勉強が出来ているのなら、それはいい事だ。しかし、全く頼られないのもそれはそれで寂しいと思ってしまう。心は複雑だった。


「んー……」


 悠は結局寛人に視線を戻して、小さく唸るのだった。


。。。


 昼休み。悠が今日は紗奈とご飯を食べるとの事で、教室を出ていった。


「菊川」

「黒木。どうしたの?」

「小澤の奴、不審がってたぞ」

「え、嘘。バレたかな?」


 寛人と周平は、悠に内緒でコソコソと何かを企んでいた。だから今回、寛人は悠に勉強を教えてくれ。と頼まなかったのだ。


「バレてはないだろうけど……。もうすぐテストなのに何も言ってこないって、唸ってた」

「えぇ……。俺、隠し事苦手だから極力近づかないようにしてたんだけど、やっぱり変だったかな?」


 寛人はオロオロと手を右往左往させて、挙動不審になっている。これは確かに、不審がられても仕方がない気がする。


「まあ、俺が何とか誤魔化しとくから。そっちはそっちで準備進めてくれ。この後、白鳥も来るだろ?」

「うん。ありがとね」


 周平の言葉に落ち着きを取り戻したようで、寛人はほっと息を着いた。安心している寛人を見た周平は、一瞬口角を上げた後、大袈裟なくらいにため息をついて、言う。


「ったく。失恋した相手の記念日とか、本当は祝いたくねえんだけど」


 寛人達の企みとは、紗奈と悠が付き合って一周年の記念日をみんなで祝おう。というものだった。発案者は菖蒲で、開催日は終業式の前日。午前授業が終わった後の教室を予定している。


 そして、それに協力している周平だが、周平は入学式の日、紗奈に一目惚れをした。その紗奈が悠と付き合っていると知ってショックを受けたし、悠を恨みもした。


 しかし、悠と話してみたら、紗奈が悠を好きになった理由もわかる。と妙に納得してしまったし、映画部の部員である身としては、元天才子役である悠を尊敬もしている。


 だからこそ、周平は悠のクラスメイトとして、友人として、今回のお祝いに協力することにしたのだ。


「俺、黒木はとっくに別の人を好きなのかと……」

「はあ? 確かに、北川のことは諦めてるけど、別に他に好きな人とかもいねえぞ」

「だって、加賀かがさんとよく出かけるって聞いたから」


 加賀百合子ゆりこ。周平とは小中も一緒の学校だったが、会話をするようになったのは紗奈と悠関係がきっかけの最近だ。彼女は紗奈のクラスメイトで、紗奈に恩を感じているらしい。もちろん、彼女も今回のお祝いの協力者だった。


「まあ、あいつとは趣味が合うからなあ」


 だからと言って、失恋したばかりで他の女の子を好きにもなったりしない。周平はそう思いながら、隣の教室からやってきた菖蒲と他の友人達、百合子の顔を見つめるのだった。


。。。


 期末テストも過ぎ、終業式の前日。


 結局、あれからも寛人達からは何の声掛けもなく、テストが過ぎた。悠は友人の成績の心配と、寂しい気持ちで複雑だ。


「小澤、今日残れる?」

「え?」


 登校してきた寛人が、荷物を机に下ろすとほぼ同時にそんな事を言い出した。


「みんなに聞いてみないと……。今日は部活もないから、立花さんや白鳥くんとも一緒に帰る予定だったんだ」


 その答えは寛人の予想通りだった。そしてもちろん、あおいも菖蒲も協力者。なんなら発案した側だ。


「聞いてみるね!」


 と寛人は言ってみたが、答えは既に知っている。この教室でささやかなお祝いができるよう、寛人が上手い事考えたのだ。


「聞いてきたよ!」

「え、早っ」


 寛人が教室を出ていって数十秒。寛人はまた悠の元へと戻ってきた。


「白鳥と北川さんはいいって!」

「私もいいわよ」


 照らし合わせたかのように、あおいは寛人の後ろから声をかけてきた。


「……何か企んでる?」


ギクリ


 勘のいい悠の言葉に、寛人が肩を跳ねさせた。あおいはその隣で口元を押さえて笑っている。


「あらー」


 なんてわざとらしい声を上げながらだ。


「なんなの。もう」

「うふふ。何かしらねえ?」


 あおいはクスクスと笑って、悠を見つめる。悠はそれだけで、これ以上の詮索はしない。するべきでは無いと分かったからだ。


「……よくわかんないけど、とりあえず放課後は教室に残ってればいいんだね」

「ええ。よろしくね」


 あおいはニッコリと笑うと、何も言わないように口を噤んでいた寛人を連れてその場を離れてしまった。


。。。


 そして放課後。悠は寛人達の企み通り、教室に残ってくれている。


「それで、何なの? これ」

「みんなもいると思わなかった……」


 紗奈は戸惑いながら、悠の隣に立っている。この二人の目の前には、菖蒲にあおい。寛人だけでなく、周平に百合子。紗奈と仲良くしている千恵美や美桜、美桜の双子の弟である春馬もいる。


「せーの」

「「一周年、おめでとう!」」


パァン


 という音と共に言われたお祝いの言葉。悠と紗奈は驚いて、唖然としてしまっている。


「正確には明日が記念日だけどな。これ、みんなで作ったんだぜ」

「アルバム……?」


 菖蒲が差し出してきたのは、文庫本サイズの小さなひとつのアルバムだった。


「紗奈ちゃんには私から。柄は一緒だけど、色が少し違うの」

「わ。ありがとう」


 二人はアルバムを受け取ると、中を覗いてみる。みんなが撮ってくれたツーショットの写真や、いつの間に撮られたのか分からない写真まで、小さなサイズのアルバムに切って貼られている。


 写真を見ていれば、やっと現実感が湧いてきた。


「急に祝われると思ってなかったんだけど」

「ビックリしちゃった」


 それでも、やはり友人に祝われるというのは嬉しいものだった。二人は一度顔を見合わせると、照れた様子でみんなにお礼を言う。


「良かったあ。あんまり反応無いからこっちもヒヤヒヤだったよ」

「何が起きたのかわかんなかったんだって」

「アルバム、大事にするね!」


 紗奈はギュッとアルバムを大事に抱きしめて、はにかんだ。誰もが見とれてしまうような、可愛らしい笑顔だった。


「それにしても、いつの間にこんなの準備して……」


 悠はそう言いかけて、ハッとした。テスト期間中に声をかけられなかった理由がたった今判明したからだ。


「立花さん達はともかく、菖蒲くんと寛人くんは、こんな事しててテスト無事だったのかなあ?」


 ニコッと笑顔で聞いた悠だが、瞳は全然笑っていなかった。


「た、たた、立花が少し教えてくれた!」

「あと、文化祭にも来てた坂井くんって子にも。立花さんと同じ塾で、しかも草野第一学園の人なんでしょ? 頭いいよね」


 それを聞いて、悠は安心したような寂しいような、やはり複雑な気持ちになってしまうのだった。


。。。


 悠が寛人と菖蒲のテストについて根掘り葉掘り聞いた後、春馬が冷静な態度で菖蒲が持っている袋について指摘した。


「冬だし傷むことはないけど、せっかく買ったんだし早く食べようよ」

「おう。そうだな」

「早く食べよう!」


 菖蒲と寛人はいそいそと、机に袋の中身を広げていく。コンビニで買った一切れのケーキである。それが人数分、机の上に置かれた。


「ケーキまで用意してくれてたの?」

「うわあ。凄い!」


 悠と紗奈は再度驚き、目を丸くしている。


「みんな、本当にありがとう!」

「素直に嬉しいよ」


 改めてお礼を伝えた二人は、みんなが菖蒲と寛人が買ってきてくれたケーキと、周平が買ってきてくれた飲み物を準備してくれるのを眺める。手伝おうと思ったのだが、主役だからと遠慮されてしまった。


「こういうの、照れくさいけど嬉しいね」

「うん。……ふふ。悠くんと付き合って、明日でもう一年経っちゃうんだねえ」

「二年後も三年後も、ずっと一緒にいたいな」

「うん! 私も同じこと考えてた」


 暇を持て余した二人がイチャイチャと会話を始めるので、その空気に周りも照れくさくなってしまう。


「おーい。そういうのは全部終わってから二人っきりでやってくれ」

「今更驚かないけどさ」


 菖蒲と春馬に呆れ顔でそう言われ、紗奈はポっと顔を赤くしてしまう。悠は苦笑して謝った。


 そんな二人を見て、周りもクスクスと微笑ましげに笑ってくれる。千恵美だけは紗奈に抱きつきたくてウズウスしているようだが、今日は我慢すると決めているらしい。じっと耐えていた。


「じゃあ、準備もできた事だし、改めて紗奈ちゃん。悠くん。一周年おめでとう」

「「おめでとう!」」

「ありがとう!」

「こんなに準備してくれて、本当に嬉しいよ」


 改めてお祝いの言葉をもらった二人がお礼を伝え、みんなでケーキを食べながらお喋りを楽しむ。


「白鳥くんが企画してくれたんだって? 今、黒木くんから聞いたよ」

「ああ。まあ、中学からの仲だしなあ」

「ありがとうね」


 悠はそう言って、ふわっと笑う。悠の微笑みは同性である菖蒲もドキリとしてしまうくらい綺麗だ。


「そ、そういや、明日はデートなんだろ? リベンジか?」


 リベンジというのは、去年は人混みを恐れて近くで見ることが出来なかったイルミネーションの事だろう。紗奈達の住む横浜の港でやっている、大規模なイルミネーションだ。紗奈はそのイルミネーションが好きなので、今年こそは二人で見たいと思う。


「イルミネーションはクリスマスに行く予定。明日は紗奈の家に行くよ。俺、義人の部屋には入ったことあるけど、紗奈の部屋に行くのは初めてなんだよね」


 悠の言葉に、菖蒲は軽く頬を染めて顔を顰める。


「惚気んな。小さい頃から知ってる奴がどんどん大人の階段登ってくと、こっちは焦るんだぜ?」


 悠が苦笑すると、菖蒲はジト目で悠の顔をジッと見つめてきた。まだ顔は少し赤いままだった。


「お前も、もっと奥手だと思ってたのにな。家に泊めたんだって?」


 それを聞いて、今度は悠の顔が少々赤らんだ。何故、菖蒲がその事を知っているのだろうか。


「ちょっと待って。俺、それに関しては何も言ってなかったでしょ」


 と、複雑そうに眉をひそめて菖蒲に言う。完全に立場が逆転して、今度は菖蒲の方が苦笑した。


「ごめん。一昨日、うちに来て親父と飲んでた真人おじさんが……。酔っ払っててさ。寂しいって、漏らしてたから」

「そ、そぉ……」

「真人おじさん、酔うと素直になっちゃうらしい。あんなに酔ってるとこ初めて見た」


 悠は基本的に紗奈を溺愛している事を隠したりしない。人前だろうが構わずに紗奈に甘い顔をする。それでも、その手の話題は流石に恥ずかしかった。顔を赤くして、俯いてしまっている。


「なんか悪い……」


 菖蒲が謝った後、悠がジトッと菖蒲を見つめたので、菖蒲はビクッと肩を震わせた。


「菖蒲くん? 悠くんに意地悪しちゃ駄目だからね!」


 紗奈からも責められてしまった菖蒲は、堪らず叫ぶように反論する。


「今はどっちかって言うと、俺の方が責められてるだろ!」

「……白鳥くんのばか」


 悠が拗ねるようにそっぽを向くと、いよいよ紗奈からの視線が痛くなってくる。菖蒲はいたたまれなくなって、俯いてしまった。


「悠くんに何言ったの?」

「紗奈に話したら許さないよ」

「はい……」


 顔を赤くして睨んでくる悠には逆らえない。菖蒲は素直に頷いて、紗奈に謝った。

 

「すまん、紗奈。言えねえ……」


 紗奈は不思議そうに首を傾げていたが、千恵美達に声をかけられると、楽しそうに女子達の輪に戻って行った。


「なんかよくわかんねえけど、喧嘩はすんなよな」


 周平に宥められた菖蒲の隣では、途中から聞こえていたのか困ったように笑っている寛人が悠の背をさすっていた。


「別に白鳥くんを怒ってるわけじゃないけど、流石に恥ずかしい。他の事は惚気けられても、これは言うつもり無かったし……」


 悠はそう言ってから、菖蒲をもう一度ジト目で見つめる。菖蒲はそれを甘んじて受け入れるのだった。




※珍しく朝の更新です。そして長めです。

実は今日は前作、そして私のデビュー作を初めてカクヨムで投稿した日でして、記念として夜九時にこちらと、完結した前作『ナイショの王子様』に一話ずつ投稿致します。

よろしくお願いします!

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