記念日
次の日の終業式が終わった後、悠は家に一度帰った後、約束通り紗奈の家に遊びに来た。
エントランスで紗奈の部屋番号のインターホンを押し、由美がロックを解除してくれる。最近は真人にご飯に誘われることが増えたので、最初は紗奈の両親に開けてもらうことに緊張していた悠も、もう慣れたものだった。
「いらっしゃい。悠くん」
余程楽しみにしていたのか、今日は部屋の前に出てきた紗奈が待っていてくれていた。
「紗奈。寒いんだから中で待ってれば良かったのに」
悠はそう言いながら、紗奈の首に巻いていたマフラーをかける。紗奈が去年のクリスマスプレゼントに編んでくれた、手編みのマフラーだ。
「悠くん、このマフラー使ってくれてるんだね」
「うん。汚すのが嫌で、学校とか遠出の時にはつけてないけど」
学校にはつけて行かないが、悠はちょっとした用事で出かける時にはよく紗奈に編んでもらったマフラーを身につけている。
「嬉しい……」
紗奈はモフっとマフラーで緩んだ口元を隠す。目が嬉しそうに細まったので、全然表情は隠せていなかった。悠はそんな紗奈を愛おしそうに見つめて、優しく微笑む。
紗奈は悠が首にかけてくれたマフラーをそのままに、悠を家の中に招き入れる。
「お邪魔します」
「いらっしゃい。悠くん」
「にーに!」
リビングに一度顔を出した悠は、そこにいた由美と義人に声をかける。真人は大学があるのでいなかった。
「義人」
「にーに、遊ぼ」
「こらこら。悠お兄ちゃんは、今日は紗奈に会いに来たのよ?」
由美はさっきも同じ話を義人にしたらしく、苦笑いで義人を咎める。
「ごめんな。義人」
義人は明らかにしょんぼりしてしまっている。由美からも今日は駄目だと言われたが、もしかしたら優しい悠に直接聞いたら許してもらえるかも。と思ったようだ。
「今日はねーねとにーにの特別な日なんだ。だから、本当にごめんね。義人」
悠はそう言って、しょんぼりと肩を落とす義人の頭を優しく撫でる。
「……うん。僕もごめんなさい」
わがままを言ったことを素直に謝った義人の頭を、由美も優しく撫でてやった。
「義人くん、お姉ちゃんもごめんね。今日はお姉ちゃんに譲ってくれる?」
「うん。ねーね、いつも先ににーにと遊ばせてくれてありがとう」
「義人くん……!」
紗奈は感激して、義人の手をぎゅっと両手で握りしめる。名残惜しそうに手を離したら、義人が紗奈の部屋に向かう二人を手を振って見送ってくれた。
二人もそれに応えて手を振り返すと、やっと紗奈の部屋に入る。
「好きなクッションに座って」
「ありがとう」
悠は今年の祭りで取って紗奈に渡した、猫のクッションを見つめて小さく笑う。そして目の前のテーブルに視線をずらした。
ミニテーブルの上には既にお菓子が用意されていて、ミニポットとお茶のカップもそれぞれ置いてあった。
「用意してくれてたんだ。ありがとう」
悠はクッションに座ると、紗奈にお礼を言う。
「うん。楽しみで早めに準備しちゃった」
「ふふ。紗奈のそういう素直なところ、可愛いよね」
悠はクスクス笑ってから、改めて紗奈の部屋を軽く見渡した。恋人とはいえ、あまり女性の部屋をジロジロ見る訳にはいかない。が、気になってしまうのも事実だった。
しかし、本人である紗奈は悠を見つめて少しだけ照れくさそうにしているが、同時にはにかんでもいる。嫌がってはいないらしかった。
「あのマグカップ、使ってくれてるんだね」
去年の今日。少し早いクリスマスプレゼントとして、悠が紗奈に贈った猫のマグカップだ。大切にしてくれているようで嬉しい。と悠は思った。
「うん! 試験勉強も、これでココアを飲みながらしてたんだよ。このマグカップを見る度に、悠くんに応援してもらってるみたいで頑張れるの!」
紗奈は机の上に置いてある猫のマグカップを手に取って、満面の笑みを見せてくれた。悠は紗奈の可愛らしい笑顔にドキリと胸を高鳴らせる。
「そっか。そんなに喜んで貰えて嬉しいよ」
悠はそう言うと、持っていた手提げカバンから小さな包みを取り出した。
「今日はクリスマスじゃなくて記念日のだけど……。これ、受け取ってくれる?」
「嬉しい! 待ってて、私も用意してあるの」
悠から貰った包みをを受け取った紗奈は、それを大事に両手に包んでそのままいそいそと、棚の置いてある方へ移動する。ベッド付近に置いてある棚には、去年悠がUFOキャッチャーで取ったうさぎのぬいぐるみや、悠とお揃いで持っているデディベアもいて賑やかだった。
「慌てなくていいからね」
「あ…、えへへ。早く渡したくて……」
紗奈は恥ずかしそうに縮こまると、棚の引き出しからひとつの包みを取り出した。悠が渡したプレゼントよりも少しだけ大きい箱に入ったプレゼントだった。
「ありがとう、紗奈。開けてもいいかな?」
「うん。私も開けていい?」
「もちろん」
お互いに包みを解いて、中身を覗く。紗奈からのプレゼントはレザーのキーケースで、悠からのプレゼントはクマモチーフの指輪だった。
「革じゃん。こんなにいいもの、高かったでしょ?」
「そ、そんなにいいところのじゃないの……。ごめんね」
「ううん、逆に安心したよ。ありがとうな」
「悠くん、指輪ありがとう。すごく可愛い! つけてみていいかな?」
紗奈が去年のホワイトデーに悠から貰ったネックレスもクマモチーフだ。それに合わせて指輪もクマにしてくれたのだろうか。紗奈は嬉しくて、ジーッと指輪の小さなクマを見つめる。
「もちろんだよ。俺がつけてあげてもいい?」
「うん」
悠は紗奈から指輪を受け取ると、紗奈の左手の人差し指にはめてあげた。
「良かった。紗奈の指のサイズ、何となくでしか知らなかったから……」
ちゃんと紗奈の指にはまったようで、悠は安堵する。紗奈の人差し指は、大体悠の小指程度の太さなのだ。恥ずかしかったが、悠は自分の指にはめて確かめながらサイズを選んだ。
「可愛くて素敵。ありがとう、悠くん。大事にするわ」
「こちらこそ。長く大事に使う」
悠はレザーのキーケースをしっかりと握り、紗奈を見つめる。お互いに目を合わせて笑い合うと、満足したのか一旦座り直すことにした。
「紗奈。小さいけどケーキを持ってきたんだ。良かったら一緒に食べよう」
悠は紗奈の誕生日にも同じ店でケーキを買っていた。東京にある、悠の知り合いが経営しているケーキ屋のものだ。
小さめだがホールのケーキ。きっと、後で義人や紗奈の両親も食べれるように選んでくれたのだろう。チョコで出来たプレートには、『Thank you』の文字がある。文字の隣には、紗奈だろうか。カチューシャを身につけたデフォルメ化された女の子のイラストが描かれている。
「ここのケーキ屋さん、悠くんのお知り合いの人がやってるお店のだよね。今日のために用意してくれたの、凄く嬉しい! プレートのこの絵も可愛いし」
「絵は記念日用って言ったら、サービスしてくれたんだ。それに、今日のためにって言うなら紗奈もだよ。このクッキーは紗奈の手作りだろ?」
ミニテーブルの上に置いてあるクッキーは、昨日の夜に紗奈が一生懸命作ったものだ。お店に売られているものと変わらぬ綺麗な出来栄えだが、紗奈のお菓子をよく食べる悠は、見るだけで紗奈の手作りだとわかった。
「ふふ。特別な日だから、絶対にクッキーが良かったの」
「俺が初めて貰った紗奈の手作りだもんな。クッキーは」
「うん。覚えててくれたんだね」
「そりゃあ、大切な人との思い出だからね」
紗奈と悠はまた笑い合う。お互いがお互いのために用意したプレゼントも、ケーキにクッキーも。全てが嬉しいし、愛おしい。お互いにそう感じている。
今日は新しい思い出が増えた。昨日みんなに祝ってくれたことも、もちろん大切な思い出だ。
どんどん増えていく思い出。それを胸に刻み込みながら、二人は今日を祝う。
※最近頻繁に更新してきた本作ですが、暫くは他の作品の執筆を進めるためお休み致します。どうしても今日の日にこのお話を投稿したくて、ずっと他作品を疎かにしてしまっていましたので……。よければ見捨てず長い目で待ってやってください。よろしくお願い致します。
また、くどいようですがこの一年間、たくさんの方々に作品を読んでもらえてとても嬉しいです。反応も沢山いただけました。本当にありがとうございました! そして、これからもよろしくお願い致します。
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