女同士の闘い【前編】

※今回、少々過激というか、逆セクハラ的で男主人公が不快感を顕にする程度の不気味な描写があります。ご注意ください。




 文化祭が終わってから、紗奈達の通う谷塚高校では大きく変わったことがある。


「小澤くん。さっきの授業で分からないところがあったんだけど」

「ねえ、小澤くん。お母さんの小説読んだよー!」


 文化祭の前までは地味で目立たない男子生徒を演じていた悠だが、文化祭で素顔を見せた事により、紗奈という恋人がいるにも関わらず大人気となってしまったのだ。


 悠に声をかける生徒は彼のクラスメイトだけではない。他のクラスや先輩達もたまに悠に声をかけている。


「むぅ……」


 あおいに借りていた英和辞書を返すために二組に来ていた紗奈は、女子生徒達に囲まれる悠を見つめてむくれている。


「おーい。小澤!」

「あ、何なに!?」


 入口付近にいた男子生徒が声をかけると、悠は急いでその生徒の元に向かう。彼は内心、女子生徒から逃れられたことに安堵しているのだった。


「いや。特に用はないんだけど、彼女来てるよ」

「え?」


 男子生徒が指さした方向を見ると、そこには確かに愛しい恋人さながいる。


「紗奈!」

「悠くん、大人気だ……」


 紗奈は未だにむくれた顔をしていて、悠を責めるようにジーッと見つめる。


「う。ごめん……」

「謝らなくてもいいんだよ。いいんだけど……。私の悠くんなのに…………」


 プクッと頬を膨らませて悠を見上げた紗奈は、誰の目から見ても可愛らしい。周囲にいた男子生徒達が紗奈に注目するので、悠は紗奈の頬をムニっと両手で隠すように包んだ。


「なぁに?」


 紗奈が不思議そうに悠を見つめる。悠は照れくさそうな小声で、紗奈に言った。


「妬いてる紗奈は可愛いけど、他の人が注目するのはこっちも妬いてしまうと言いますか……」

「んふふ。お互い様だから、私も機嫌直してあげる」


 紗奈は悠の頬に触れている手に自分の手を乗せて、ニコニコと笑った。悠と触れ合った事で、本当に機嫌を直してくれたようだ。悠はホッとすると同時に、やはり可愛いすぎる彼女が注目されている事にやきもきしてしまうのだった。


。。。


 放課後。今日の悠は日直なので、紗奈の部活がない日なのに遅くまで教室に残っている。


「後は戸締りだけだし、俺がやっとくから奥山おくやまさんは部活に行っていいよ」

「ありがとう! じゃ、日誌だけ持ってくね! また明日ー!!」

「うん、またね。部活頑張って」


 悠と同じく日直の奥山は、悠にお礼を伝えるとすぐに教室を出ていった。彼女はバレー部で、もうすぐ大会があるらしい。最近は悠の友人である一組の藤瀬ふじせ春馬はるまも大会のために忙しそうにしている。彼もバレー部なのだ。


 悠は開いていた窓を閉じたあと、最後にベランダへの扉を確認する。悠は放課後にいつも内鍵を開けてベランダに出てしまっているが、本来は日直がこのベランダも戸締りをするのだ。


「よしっ」


 全ての戸締りが終了した後、悠は帰り支度を始める。紗奈を待たせているだろうから、素早く物を鞄に詰め込んだ。


 帰り支度を済ませて隣の一組の教室を覗いた悠だが、そこに紗奈はいなかった。


「あれ?」

「あ、小澤」


 その代わりに、あまり会いたくない人物が教室に残っていた。


「えっと、橋川はしかわさんだっけ?」


 橋川はしかわ真梨瑠まりる。彼女は目で見てわかりやすいギャルで、メイクも服装も派手な女子生徒だ。悠が、紗奈に嫌がらせをしているのでは無いかと疑っている女子でもある。


 その理由は、紗奈の事を好きだった男子生徒、山寺やまでら桐斗きりとにある。橋川真梨瑠は、山寺桐斗の事を好きだった過去があるのだ。


 山寺桐斗という男子は、以前から紗奈に執着を見せていた。かなりイケメンでモテる桐斗の誘いをことごとく断る紗奈は、文化祭で悠との関係を改めて周囲に認めさせるまで、周囲からあまりよく思われていなかったのだった。


 そんな中、紗奈は水をかけられたり、階段で後ろから誰かに押されたりなどの嫌がらせを度々されていた。その犯人が、山寺桐斗に好意を持っていて紗奈の事を嫌っている橋川真梨瑠なのでは無いか。と、悠はずっと疑っている。


 それに、彼女は桐斗のために、悠と紗奈の仲を引き裂こうとした事がある。悠を誘惑してきたのだ。その出来事も、悠が彼女を疑う大きな原因の一つだった。


 そんな彼女は、文化祭でも悠に対して「好きになった」と言い出した。その時も拒絶したのだが、今の彼女を見ていると、まだ諦めていないのだとわかる。


「紗奈がどこにいるか知らない?」


 悠は彼女からの熱い視線を無視して、紗奈の居場所を聞いた。紗奈の鞄はまだあるので、帰っていない事は確かなようだ。


 悠は紗奈の席に置いてある鞄に近づく。紗奈の物に何かしていないだろうか。と疑っていたのだ。そんな悠の後ろに、真梨瑠が迫ってきていた。


「ちょっと。前にも言ったけど、そういうのやめてくれる?」

「別に今カノと別れてって言ってるわけじゃないじゃん。私とは遊びでいいんだって」


 真梨瑠の軽い一言に、悠は思わず不機嫌が顔に出てしまう。


「だから。それが嫌なんだって。俺は紗奈以外の子と付き合う気も、ましてや遊びだなんて不誠実なこともする気は無いんだ。そもそも俺は正直、そういう事を言う君とは友人関係にすらなりたくないし」


 そう言い返した悠に、真梨瑠は一層迫ってくる。それも、普段から第二ボタンまで開けているワイシャツを更に開けながらだ。


「え」


 悠は戸惑いながら、後ろに一歩下がった。


「何考えてるの……。その気はないって言ったじゃん」


 気持ちが悪い。それが正直な悠の感想だった。彼女を押しのければこの場から逃げるのは簡単だが、そうしないのは、もしかしたら紗奈がここにいない理由も彼女にあるのでは無いか。と疑っているからだった。


「ねえ。紗奈はどこにいるの?」


 ワイシャツのボタンは全て外されていて、彼女の肌が見えている。じわじわと迫ってくる彼女に悠が陥落することは無いが、悠とて性別は男だった。視線が彼女の肌に向かっていくのを、嫌悪感を覚えながらも自覚していた。


「あの女よりも大きいっしょ? 触ってもいいんだよ?」

「嫌だ。気持ち悪い……」


 小さな声で呟く悠だが、真梨瑠は止まらない。悠を壁まで追い詰めて、恐怖に汗ばむ悠の腕を掴んだ。


「やめろって!」


 悠は思わず、彼女の手を振り払う。しかし、拒絶され続けてもなお、真梨瑠は気味の悪い笑顔を浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る