第10話 秋が深まって(2)

 沼間ぬま先生は地学の先生だ。

 若い。

 非常勤講師という種類の先生で、いつもこの学校にいる先生ではないという。

 沼間先生も同じ場所の、ただし左から三番めの自動販売機で飲み物を買い、それをもって歩き出す。もちろん蓋を落としたりというみっともないことはしない。

 しないけど。

 ホットのいちごミルク?

 それって、おいしいのだろうか?

 「福井ふくいさん、だったよね?」

 「あ、はい。文進二クラスの福井未融みゆです」

 未融は答える。こういうとき、自分の言いかたはどうしてもつっけんどんだと感じる。

 瑠璃るりならば。

 いや、またよけいなことを考えた。

 「わたしの授業ってどう?」

 先生がきいた。

 道は雑木林に入っている。

 二人で仲よく、ホット飲料の缶をもって並んで歩いているが、先生は先生だ。

 「わかりにくくない?」

 言って、沼間先生は横を向いて未融の顔を見た。

 ほんとうに心配そうだ。

 「そんなことないです!」

 力強く否定する。

 「すごくわかりやすくて、ていねいで」

 きいて、先生は、くすっと笑った。

 こんな感じで短く笑うのが、この先生の癖なのかな。

 「ありがとう」

 でも、「わかりやすくて、ていねい」って。

 先生に「わかりにくくない?」ときかれたら、たいていはそう答えるよな。

 瑠璃なら……という考えが来そうなのを追い払って、未融は言う。

 「あの。あれがいちばん好きです。あの、土星のがずっと土星の周りにくっついていて、うっかりしたら落としてしまいそうなのに、土星はうっかりして環を落っことしたりもしないで、っていう」

 この話で、たしかに教室はみんな笑った。

 「ああ、あれ?」

 先生は、こんどは、短く、ではなく、ほっとしたように笑った。いちごミルクのホットを一口飲む。

 「あれはほんとにふしぎって思ったのよね。もちろん重力は土星の中心のほうに働くからはずれて落ちるなんてことは絶対にないんだけど、あれ、土星の大きさに較べたらほんとうに薄い環なのよ。ほとんどのところは、何メートルとかいう分厚さで、一番分厚いところを含めても、ここから学校までのあいだに、あの環の分厚さがぜんぶおさまってしまうくらい」

 ふうん、と思った。あまり実感は湧かない。

 「そんなのが、針金で支えたりもしないで、それでばらばらにもならないできれいな円い形で、よくずっともってるな、って」

 「ふしぎ、って?」

 未融がきく。甘いミルクコーヒーを一口飲む。

 さっきは手に持てないほど熱かったのに、もう唇にはぬるいくらいだ。

 「どうしてああなってるかって、わからないんですか?」

 「わかってる」

 先生の答えは速かった。

 「力学的に説明はできるけど、しようか? 説明」

 「いや、いいです」

 きっぱり断る。

 力学とかよくわからない。

 だから文系にしたのだ。

 先生が眉を寄せる。もしかすると、先生の説明が悪いから、と、先生は思ったのかも知れない。

 ああ、いまみたいなことになるから、と思う。

 瑠璃なら……。

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