第11話 秋が深まって(3)
「でも、今日の授業もおもしろかったです。過去がどんどん見えなくなるとか、逆に見えてくるとか」
「おもしろいでしょ?」
並んで歩きながら、先生は、そのホットいちごミルクのおかげか、喉が潤ったような声で言った。
「それで、いま、人類の技術って、宇宙の見えるところぎりぎりまでそろそろ見えるようになってるのよね」
「いや、それは覚えてますけど」
授業で、この先生があたりまえのことのように言っていた。
でも「それ、ほんとなんですか?」ときくと、この先生は気にする。
この先生の授業はとてもわかりやすい。わかりやすいから、未融がわかっているかというと、わかっていないのだけど、それでも先生ができるだけわかりやすく授業をしようとしているのはわかる。
この学校の生徒相手なら、もうちょっと不親切でもいいのに、と思うくらいだ。
だまったまま、ホットミルクコーヒーとホットいちごミルクを持って、しばらく歩く。
先生は未融が何か言うのを待っていてくれているようだ。
「でも、人類がですよ? 宇宙の果て、って言ったら、なんかとんでもなく遠いじゃないですか?」
「果て、っていうより、見えるはずのところぎりぎりまでね」
先生は笑った。
「授業でも言ったけど、わたしたちは光で宇宙を見ていて、その光の速さは無限じゃない。そして、宇宙ができる前には光はなかった。ここまでは、いい?」
「遠くを見ると昔が見えるって、そういう話でしょ?」
なまいきに言い返す。先生はうんとうなずいた。
「宇宙ができた百三十八億年より前に出た光っていうのはないから、わたしたちは、光が百三十八億年かけて進む距離より遠くは、たとえそこまで宇宙が広がっていたとしても、見ることはできない。それも、いい?」
「あ、はい」
とは言うけど、このへんでわからなくなりかけている。
先生は短く声を立てて、上品に笑った。
見抜かれたかも知れない。
「で、いまの人類には、百三十八億年前に出た光まで見えるようになってきた。いまの人類の技術の最先端を結集すれば、その百三十八音年前から来た光でも受け取れるようになった、って、そういうことなんだよね」
「はい」
「でも、このまま宇宙膨張の再加速が進むと、技術がどうなってもそこまで見えなくなっちゃう。光が進む速さよりもはやく、宇宙空間そのものが広がってしまうから。だから、わたしたちが、宇宙の始まりがどうだったかを考えて、それがほんとうかどうかを確かめられるのはいまのうちだけ」
「はい」
どうしてそうなるのか、理屈は忘れた。
忘れたというより、最初から関心がない。
それでも、その話は覚えている。
「でも」
先生は続けた。
先生はたぶん二十歳台でこっちは十代、その女子二人で並んで帰りながら、恋の話もアイドルの話もしないで地学の話をずっとしているというのが、なんだかくすぐったい。
「でも、それよりももっと身近で、もっと絶対に見られないものがあってね」
「なんですか? それは」
引き込まれるように未融がきく。
「わたしたち自身が、昔、何をやったか」
先生は、そこで、うん、とうなずいた。
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