第12話 秋が深まって(4)

 「遠くの星からは、わたしたちが、昔、何をやったかを、いま見ることはできる。光が進んで行くのにかかる時間だけ昔のわたしたちを、遠くの星では見ることができる。でもわたしたち自身は見られない。光の速さを追い抜けないかぎり。それは宇宙の膨張速度がどうであっても変わらない」

 そう言ったときの先生が横を向いて見せてくれた笑顔は、先生が生徒に見せている顔とか、一足先に大人になった女のひとが女子高校生に見せている笑顔とかではなかった。

 このひと、だれだっけ?

 未融みゆは一瞬、思った。

 その場所には、今年、初夏のころまで、瑠璃るりがいたのだ。

 「わたしね」

 言い出してから、こんな話を先生にしていいのかな、と思う。

 「うん?」

 でも、沼間ぬま先生は未融が何かを言い出したのにちゃんと気づいていた。

 止めると、へんだ。

 「もし見られるんだったら、あのとき、自分が何をどんなふうに言ったか、確かめたいって思ってることがあるんですよ」

 「うん」

 今日は、歩きかたで何の無理もしていないのに、未融は先生と並んで歩けている。

 先生が合わせてくれているのだろうか?

 「この学校、二年生で文系理系の方向性を決めるプレ選択ってあるんですよね」

 「うん。だからわたしが二年生の文系の地学の担当なのよね」

 よくわかっていらっしゃる。

 「その選択で迷ってる友だちがいて。文系も理系もおもしろそうだからどっちか選ぶなんて無理だよ、なんて言うから、わたしがふと留学にしたら、って言って」

 「ああ」

 沼間先生は軽く息をつくようにすきとおった声で笑った。

 「それって、あの映画のアレだよね。主人公が文系か理系かきかれて、留学にしようかな、とか言うやつ」

 「はいっ」

 「えっと、何だったかな? わりと有名な監督の」

 「ふつう、そう思いますよね!」

 未融は勢いをつけて言った。

 すぐにことばを継ぐ。

 「だからぜったい瑠璃にも……あ、その子にもわかるって思ったんですよ。ネタだ、っていうか、映画見たことがなくても、それが冗談だっていうくらい、わかるだろう、って。ところが、自分が留学決めたのはわたしがそう言ったからだって。わたしがそう言わなかったら留学しなかったのに、って」

 悔しさがよみがえってくる。

 瑠璃に対してこんなに腹が立ったのは、瑠璃がいなくなってからはじめてだ。

 「それで、謝れとか言うんですよ。ひとの留学を冗談で決めるなんてひどいからって。で、謝らなかったんですよ。でも、その子、瑠璃、じゃあ留学やめるかっていったら、終業式ですごい立派なスピーチして、それで留学行って」

 雑木林を抜けた。夕焼けの色がわっと二人へと降ってきた。

 未融と、沼間先生と。

 未融と瑠璃ではなく。

 もう少しで瑠璃が未融を引き離した橋だ。

 「もう会えないんですよ」

 その百三十八億年の宇宙の向こうに行ってしまったみたいに。

 メッセージのかけらすら届かない。

 「瑠璃は向こうの高校卒業するし、瑠璃のことだから、ずっとカナダに残るかも知れないし」

 そこまで言って、言い過ぎたと思った。

 瑠璃に対してではなく、先生に対して。

 だから「あ、自分のことばっかり言って、すみません」と言うつもりだった。

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