第7話 帰り道(4)

 「はい?」

 眉をひそめて、未融みゆが返す。

 瑠璃るりはもういちど言った。

 「そんな重大なことを冗談で言ったこと、ちゃんと謝れ」

 未融は「うん」と言いそうになった。そして、続けて「ごめん」と言う。その気もちが九十パーセントぐらい未融を支配した。

 でも、残りの十パーセントがある。

 「それじゃ留学にすれば?」

 それは、軽い、ちょっと嫉妬の混じった、ちょっと捨てばちな言いかただったと思う。

 それが冗談であることを感じ取るのは、そんなに難しいことじゃない。

 むしろ、感じ取るほうが普通だと思う。

 なぜか、その十パーセントが勝った。

 「謝らない」

 未融も不機嫌に言い返す。

 瑠璃は、ぱたっと足を止めた。

 未融のほうに体を向け、足を肩幅に開いて、その行く手を遮った。

 未融はぶつかりそうになって、足を止める。

 瑠璃は軽く口を開いている。軽く口を開いて、何か言おうとしている。

 でも、ことばは出て来ない。

 その開いた口の、唇の内側がピンクでつるんとしていてきれいだ。

 そこを突いて、未融が言う。

 「そんなの、冗談だってわからない瑠璃が悪いんでしょ?」

 「瑠璃が」ではなく「瑠璃も」と言うべきだったかな?

 その未融の挑戦に、瑠璃の気もちはことばになってほとばしり出た。

 そのきれいな唇から。

 「わからないよ! だって未融が言うことだもん! 未融は知ってるでしょ? そういうとき、わたしって冗談が通じない子だって!」

 「瑠璃に冗談が通じない瞬間があることぐらい知ってるよ!」

 未融もとっさに言い返した。

 「でも、あのときは、そういう雰囲気じゃなかったじゃない?」

 「雰囲気ってねぇ未融……」

 瑠璃はひとつあえぎ声をはさんだ。

 「あんた雰囲気なんかのせいにするんだ!」

 「は……」

 それは言いがかりだ。

 雰囲気のせいにしているのではない。そういう雰囲気に気づかない瑠璃のせいだ。

 雰囲気のせいではなく、瑠璃のせいだ。どこまでも。

 でも、そう言って、この言い合いに勝てる?

 いや、言い合いに勝って、何かいいことある?

 瑠璃が落ち着くのを待とう……。

 瑠璃は、突然、足を肩幅に開いたまま、両肩をいからせた。

 鞄を肩から提げたまま、両手を腰のところに当てる。

 そして、顔を未融の顔の前まで突き出し、そのきれいな唇を開いた。

 「べぇーっ!」

 言うと、くるんと向こうを向いて、どしどしと地面を踏んで歩き出す。何歩か歩いたところで振り返り

「ついて来ないで!」

と力いっぱい叫ぶ。

 ついて来ないで、だと?

 そんな子どもっぽいことをやっておいて。

 「べぇーっ」とか言って未融の首のところに息を吹きかけておいて。

 しかも、その歩きかたは、威勢がいいようで、あんまり速さは出ないのだ。

 「ついて来てほしくなければ、振り切ってみなよ。ついて行ってあげるから」

 未融も叫んだ。なんでこんなケンカになったかわからないまま、すぐに追撃に移る。

 足を地面からなるべく離さない歩きかたでさっさと歩く。引き離したつもりだった瑠璃はすぐに追いつかれた。

 瑠璃の首筋がぶるぶるぶるっと震えたのがわかる。その背中に垂らした長い髪の向こうで。

 「ふんっ!」

 言うことのネタが切れたらしい。瑠璃はいっそう力をこめて歩く。

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