第16話 都心のカフェテリアのテラス(3)
ペットボトルの蓋が転がってきて、
その手に、都会の白い太陽が当たる。
それだけ日光を受けただけでも、都会の夏の太陽は熱い。
はっとして未融はその手を止める。ペットボトルの蓋はそのまま手の下をすり抜けた。
ぱちっ、と音がして、だれかがそのペットボトルの蓋を拾った。
なんだ。落とし主が自分で拾うんだったら、未融が拾わなくてよかったんだ。
そう思って、その蓋を拾った相手のほうに顔を上げる。相手はすかさず言った。
「謝れ」
その相手がだれか見当もつけられないうちに、未融は反射的に
「ごめん」
と言ってしまう。「なんで謝らないといけない?」と気づいたのはそのあとだった。
うわ。
性格の悪いやつがいるものだ。この大学にも。
だいたい、ペットボトルの蓋を落としたのはその相手で、拾ってやろうとした自分が、なんで謝らないといけない……。
その相手は、白い顔で、じっと未融の顔を見ていた。
あごの線、つるんつるんの肌、でも、ちょっとふくよかになって、あの印象の強い目はあのころほどは目立たなくなっている。瞳のふしぎな青色も落ち着いた色に変わっていた。
お化粧はしているのだろうけど、自然なピンク色だった肌は、いまは大人っぽい白いすきとおるような肌になっていた。
長い髪はぜんぶ縛ってポニーテールにするのではなく、後ろに流している。
「わたしも謝る。ごめん」
自動発声をセットしたばかりの機械が言うように相手は言った。
いまどきの機械は、AIというもののおかげで、もっと表情豊かに話すものなのだが。
それは、まちがいなく、
未融は、椅子を置き直して、そこにいきなり現れた瑠璃の正面に体を向けた。
でも、どうしてここに?
それをきく時間を空けてくれない。そういうところは瑠璃は変わっていない。
「ほらあのときすなおに謝っておけば三年も時間
とテンション高く言う。
着ている服はあのシンプルな制服ではない。
いや、いまもシンプルだけど、白いシャツの襟と袖のところに入ったチェック柄のラインがおしゃれだ。そして、やっぱり、胸の起伏からシャツのしわまで、非の打ち所がない。
非の打ち所のない容姿をしていた高校生は、非の打ち所のない二十歳ぐらいの女に成長している。
非の打ち所はないが、成長した瑠璃の体にはその服は少し幼く見えた。そう見えるのはわかっていてのこの服装だろう。
「いや」
未融はまた意地を張る。宇宙の地平線の向こうからよくわからない原理で戻って来た相手には、それぐらいしてもいいと思った。
「三年経ったからいいんだよ。そのあいだ、エア瑠璃を相手に、わたし、がんばったんだから」
「何それ?」
「だから、エアギターとかあるじゃん? あれの瑠璃版。もしここに瑠璃がいればどうするだろう、何を言うだろう、って考えてさ」
「うわ。それ、ひどい! ひとを空気扱いするのぉ?」
瑠璃もくくくっと笑った。
こんなすなおな笑いかたは、高校生のころの瑠璃はしなかったものだ。
「でもなんかおもしろい」
でも言っていることの質はたいして変わらない。
説明するか、むすっとして見せてやるか。
その判断のひまも、瑠璃は与えてくれなかった。
「でも、わたしもそうだったよ」
得意そうに、瑠璃はつーんと顔をそらして見せる。
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