第17話 都心のカフェテリアのテラス(4)
「留学行くの、怖かったんだ、ほんとは。すごく怖かった。でも、
得意そうに手を振って見せる。
「それがさ。行ってみたら思ってたよりもっとたいへんで」
振った手で、流している髪をさっと後ろに
「最初の半年なんかさ、まわりぜんぶ英語で、家に帰っても英語で、どっち向いても英語しか書いてないんだよ! もうなんか現実世界にいる感じがしなかった。提携校だから日本人の生徒が何人かいるよね、と思ってたら、ほかに一人もいないしさ。わたしの前の年に来てた子、ホームシックになって帰っちゃったんだって。しかも、街は田舎の街だから、日本人のコミュニティーとかもないわけ。自己主張してればいい社会かっていうと、それはそれで気をつかう社会だしさ。ほんとだまされた、って思った」
「ああ」
どう考えていいのかわからない。
わからないけど、わからないことがすぐに少しずつほぐれてくるのが、大学生になった効用というものだろう。
あのとき、未融は留学がゴールだと考えていた。留学生に選ばれることが優れた生徒である証だと思っていて、その先を考えていなかった。
でも、留学してみれば、「出身高校で成績の優れた生徒でした」の先にいろんなものがある。しかも、そのいろんなものは、日々、次から次へと湧いてくる。日々、いろんなものが消えて行く加速膨張宇宙とは逆に、いろんなものが湧いてくる。止めて、と言っても、止まってはくれない。
目の前にいるエアではないほんものの瑠璃はそれを経験している。
「そんなときさ」
その現実の瑠璃が言った。
「こんなの、最初からだまされて始まったことだ、性格の悪い友だちがさ、冗談で言ったことを真に受けて始めた続きなんだから、現実感なくて当然なんだ、って思って。そう思うことで乗り切ったんだよ」
言って、何の屈託もなく笑う。きゃははは、きゃははは、きゃはははと、リズムをつけて波打つように体全体で笑う。
うわー。
性格悪い。
性格悪さに磨きがかかっている。
宇宙の加速膨張まで考えてしまった自分がばかみたいだ。
「何度も挫折しそうになった」
瑠璃がまじめそうに言っても信じない。
でも、もしかすると、それはほんとうかも知れない。
「もう、前の子とおんなじように、わたしもホームシックになりましたから帰ります、って言おうと思った。でも、挫折したりしたら未融に笑われると思ったら、ほんと、がんばれた。だから、一日じゅう英語なんて耐えられないと思ってたわたしが、フランス語もしゃべれるようになったんだよ」
けっきょく、自慢か!
「で、さ」
気にしないことにした。いや、気にしていないふりをすることにした。
「その瑠璃が、なんでいまここにいるわけ?」
「去年の九月に編入したから。ここの大学に」
はあ。
「ほら、ここの大学、秋入学あるでしょ?」
「うん」
去年のオープンキャンパスでアルバイトで大学説明の手伝いをやったとき、ここの大学は、グローバル化に対応して、九月に入学して四年後の九月に卒業することもできる制度になってます、って言ったなー、と、棒読み調のことばが未融の頭を通り抜ける。
「うちの高校、いや、プリンセス・ジョーンね。プリンセス・ジョーンからだったら試験なしに入れるから」
やっぱり推薦か。
いっしょだ。
でも、去年の九月からいたって……?
それからもう半年、いや、一年の四分の三ぐらいが経つ。
なんで会わないんだ?
おんなじ地球上、おんなじ大学、いやその実態は同じビル内にいて、なぜ?
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