第18話 都心のカフェテリアのテラス(5)
「入学してさ、もちろん
図書館っていっても、この建物の四階から七階までだけど。
四階からは五階の書架のところの廊下が見えるので、そこを歩いて行くのが見えた、ということだろう。
書架で本を探しているときに、下の階にだれがいるかなんか、気にしないから。
「それが、ぴしっ、って、白いスーツ着てさ。もうびっくりしたよ。すごいしっかりした大人の女って雰囲気だったけど、あれ、どう見ても未融だな、って。でも、そこで追いかけても追いつけなかった。あと自習室とか食堂とかでも見かけたけど、声かけて届く距離でもなかったから。学部も違うみたいだったから、なかなか会えないよね、ってため息ついて、ここのカフェテリアに座ってたら、いきなり未融がカフェラテ持って現れて座ってさ。気づくかな、と思って黙ってたら、ぜんぜん気づかないから。それで、ペットボトルの蓋を転がしたら気がつくよね、と思って、転がしたら、やっぱり気づいてくれた!」
それで、くくくくくっと目を細めて笑う。
こんなコケティッシュな表情は、昔はしなかった。
ふと気がつく。
いま、未融のほうが半年先輩だ。しかも、去年九月入学ならば、瑠璃はまた一年生だ。未融は二年生。
優位。
未融が瑠璃に対してはじめて握ったアドバンテージだ。
「で、どこの学部にいるの?」
先輩風を吹かせつつ、きく。
でも瑠璃は気にせず答えた。
「文学部。国文学科」
国文学というのは、日本文学のことだろう。
何それ?
「英文とかフランス文とかじゃなくて?」
文学部の学科がどうなっているかなんてこれまで関心なかったから、ぜんぜんわからないんだけど。
「うん」
少しだけふくよかになった顔で、瑠璃はうなずく。
「わざわざ英語の国に留学して、フランス語もしゃべれるようになったのに?」
「うん」
唇を閉じて、謎めいた笑みを見せてくれる。
あのころみたいに、唇の内側の健康なピンク色を無防備に見せてくれる瑠璃ではなくなった。それは残念だ。
「向こうで卒業する前に、日本に俳句っていうのがあります、って紹介したんだよね。で、さ。ねぇねぇ、ひどいんだよ」
瑠璃が
「そこの高校の子たちさ、Haikuっていう詩の型は知ってるのに、それが日本のものだって知らないんだよ! で、そうなったらずんずん説明してやる、って思ったんだけど、気がついたらわたしがあんまり知らなくて。ネットでいろいろ調べて切り貼りして、季語とかの仕組みとかも調べて、なんとか
「いやいや、瑠璃ならさ」
「はずかしかった」なんて瑠璃がすなおに言うのがはずかしくて。
いや、未融がはずかしがる義理はないのだが、なぜかはずかしくて。
そこで「エア瑠璃」ならどうするだろう、って思った。
思って、言いかけたことを続ける。
「そこで、自分をはずかしがるとかじゃなくて、あんたたちこそどんだけシェイクスピア知ってるの、とか反対にきいてさ、チャレンジとかやると思うんだよ」
「あ」
瑠璃は不意を突かれたらしい。
「そうか!」
感心している。
「そうやればよかったんだ……そうか……」
未融の言うことにそんなに感心するなんて。
あの、未融が謝らなかったからと、意地で早歩きして、走って逃げた、あの瑠璃だろうか?
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